奥久慈男体山 正面岩壁基部 祠直登ルート (バリエーションルート)
- GPS
- 09:21
- 距離
- 12.2km
- 登り
- 910m
- 下り
- 917m
コースタイム
- 山行
- 6:41
- 休憩
- 2:38
- 合計
- 9:19
天候 | くもり、ときどきはれ、ちょっとだけ雨 |
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過去天気図(気象庁) | 2022年01月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
|
コース状況/ 危険箇所等 |
死ぬかもしれません。 |
写真
装備
備考 | ピッケル(土つき急斜面はホールドを取れないので必需品です) ピッケルリーシュ アプローチシューズ(取り付き前にハイキングシューズから履き替え) ヘルメット(出張った岩や潅木に頭をぶつけるので必需品です) ザイル30m ハーネス、 スリング90cm2本、120cm2本(潅木にビレイをとって休息するときに重宝しました) エイト環 安全環つきカラビナ3枚 カラビナ4枚 ファーストエイド 行動食 水 スマホGPS |
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感想
長年の夢であったところの、祠の裏から登頂するという夢をかなえてくださった男体山の神様に感謝いたします。
ーーー以下は自分のためのメモーーー
■写真を見ていたら
奥久慈男体山の正面は絶壁になっている。あれが登れたらどんなに格好いいだろう。あの垂直の岩を攀じて祠の裏に飛び出したらどんなに爽快だろうと妄想してしまう。
しかしながら崩れやすいれき岩質の岩では、例えプロの登山家がコンビを組んで登ろうとしても、ハーケンやボルトを打ったりしながら登ることも不可能なのではないか。いやもしかしたらドリルを持っていってボルトを打ちながらだったら登れるかも?しかしヘタレでいんちきな自分にできることは、頂上から懸垂下降しながら固定ロープを残置して、登り返すことくらいかなと考えていた。
そんな妄想を楽しみながら正面岩壁の写真をズームして眺めていた。松の木らしい潅木帯が中央から健脚コース側に延びている。そして潅木帯の先、祠が乗っている山頂の岩場の下は草地のようだ。もしかするとこの草地までは本格的な登はんなしでも行けるかもしれない。そしてさらに、もしかすると祠の裏に飛び出せるいんちきルートを発見できるかもしれない。そう考えると例によっていてもたってもいられなくなり。昼休みは写真を何度も眺めては山欲を募らせていった。
■アプローチも楽しい
1月22日の土曜日にやるつもりが、道具のメンテに思いのほか時間を取られてしまい、山欲を募らせていたわりには厳寒にもめげてしまって見送り、翌日曜日の朝、朝日が昇るのを待って出発した。日が上がってからの移動だから奥久慈の山々に興奮しながらのドライブだ。盛金富士が美しい。そして何よりも上高塚山の前衛峰から伸びる弓反りの稜線が目に入ると、気分は最高潮、今日もガッツリ歩くぞという気持ちになる。
西金駅に車を停めた。線路の先に見える幻の滝(勝手に西金の滝と呼んでいる)は氷瀑化していた。久慈川に「しが」(流氷)は流れているのだろうか、袋田の滝はずいぶんと氷瀑化しているらしい。目だし帽をかぶり、靴下ミトンをはめて出発だ。前衛峰の弓反りラインから上高塚山へのスカイラインが美しい。そして118号線を横断してすぐに奥久慈岩稜に釘づけになる。もうここでお茶して引き返してもいいのではと思うくらいのお気に入りの瞬間だ。
湯沢の分岐を過ぎ、林道を静かに歩いていく。湯沢川もずいぶんと凍結している。ところどころ土手の湧き水がつらら化しているのを見るのも面白い。ナウマンゾウの足跡の看板の向こうに見える奥久慈岩稜は、なんとなく鼻面をこっちに向けたナウマンゾウの伏せ姿に似てないこともないな。などと最近の発見に気分をよくして高度を稼いでいく。体が温まり、さらに指先の冷え冷えも解消してきたころ、いつものように目の前に盟主男体山が飛び込んできた。
もしかしたら今迄で一番きついことをやるのかもしれないのに男体山を見て格別な興奮を覚えないことに若干の不安を感じた。少々バリエーションルートずれし始めてきたのか。こういうときは怪我をするので気持ちを引き締めなければならない。大円地山荘前で安全を祈願して入山した。健脚コース下部を黙々と歩き、秋にはもみじが素晴しい割れヘルメットの谷(筆者勝手に命名、ここの標識にかつて割れたヘルメットがかぶせてあった)に到着した。ここから一般のルートを離れる。谷を少しだけつめて目立たなくなったところで薮こぎのレインウエアを着込み、ヘルメット、ハーネス他登はん具を身につけ、アプローチシューズに履き替え、ピッケルを持って準備完了。心の準備も完了した。
■アプローチ
結構前の懸念事項は、果たして写真の松の木の潅木帯にたどり着けるのかどうかという点であった。正面岩壁のふもとを歩くことは実は初めてではない。2015年の暮れに始めて座禅岩(筆者勝手に命名)をやったときは、座禅岩のコル(筆者勝手に命名)から健脚コースへ向けてトラバースを試みている。そのときにはかなり下のほうにしょっぱい岩場があり、それらを避けるように下りながら健脚コースへの合流を図った記憶がある。あっさりと序盤で撤退という可能性もあると考えていた。
谷をさらにつめると饅頭を伏せたような巨岩があらわれた。今回初めて気がついたがこの巨岩のあたりで谷は二股に分かれ、右俣下流から見て右側)は座禅岩のコルへ、左俣(下流から見て左側)はまっすぐに山頂直下に伸びていることがわかった。無難なのは経験のある右側だが、どうせ山頂直下を目指すのだし、新しい谷を歩いてみるのも楽しいと考えて左俣をつめることに決めた。
座禅岩のコルへ続く右俣は枯葉が深く覆った土付きの斜面が続くが。それに対して左俣は取り付きの巨岩に象徴されるような岩がごろごろしていた。そして薄いとはいえ藪もけっこううるさい。ウエアをがりがりとひっかく。茨城県というだけあっていばらも多い。ホールドの取れる岩を選び、藪の薄いところをうまく選び、滑落のリスクを下げながら高度を稼いでいく。
人工物などほとんどないのだが、こんなところで残置スリングを発見した。切れかかっているかなり古いものだ。同じことを考える人はいるものだな。ぶなの木ルンゼ(筆者勝手に命名)のテープマーク、やせ尾根ルート(筆者勝手に命名)の残置ロープに続いて、先駆者の存在に笑みがこぼれてしまった。
このスリング、今は明らかに不必要なところに固定されている。もともとはここについていたのではなくて、別の箇所で固定されていたものが、潅木ごと土砂崩れとともに流されてきたのかもしれない。
それを裏付けるように、高度を稼ぐに伴って、谷を埋める巨岩や砂利が新しくなってきた。ここは落石と土砂崩れの巣なののだろう。特に砂礫の上を歩くときは足許が崩れやすく、枯葉つきの右俣をつめたときとは別の難しさがあった。
■圧巻の正面岩壁
藪が薄くなったなと感じたときとほとんど同時だっただろうか。目の前に巨大な岩の壁が現れた。潅木もほとんどなく頂上稜線へ向けて一気に立ち上がっている。
右側を見れば、健脚コースからは良く見える石窟がほとんど手の届くところといいたくなるほどの身近に口をあけている。真正面頭上には、山頂から良く見える垂直に開かれた凹角とオーバーハング。
一般コースからは鋼の塔のように見える正面岩壁の垂壁は、ここから見ると奥久慈共通のれき岩質であることがはっきりわかる。鉄分の影響であろうか、このあたりの岩壁は赤黒く鈍いつやがあり、そのことが正面岩壁を鋼の塔のように感じさせている原因なのかもしれない。
左側を見ると浅いU字のおいしそうな岩谷が3段くらいの枯れたなめ滝みたいになってずっと上部まで続いている。登はんを続けるならここだろうということでぐんぐん高度を上げていったのであるが、あと少しというところで身体がすくんでしまった。
■撤退 当初予定のルートへ転進
ここは奥久慈岩稜である。れき岩質の岩肌はもろくぽろぽろと崩れやすい。ハンドホールドを取ってもはがれ、フットホールドも足を置くたびにぱらぱらと谷底にれきが落ちていく。恐らくホールドに立ちこもうとしたり、ハンドホールドで身体を引き寄せようとするとホールドが壊れて滑落するだろう。
ところどころある靴幅くらいの浅い岩棚をたどりながら高度を上げる。だんだん悪くなってくる。崩れる手元足元の岩に、自分が谷底にすべり、転げ落ちていく状況が空想されて背筋がすうっと寒くなる。
手足を岩に張り付けるようにして、というより、這いつくばるのではなくてあえて岩の上に立ち上がれば、靴のフリクションが利いて却って安定するかもしれないが3点支持ではなくて二足歩行だから靴底だけに命を託すことになる。それが正解だったのかもしれないが、初心者的感覚では一見バランスの悪い体勢を敢えてとるだけの度胸がなかった。
60度くらいの斜面をあと2mほど登れば斜度がゆるくなり、岩面もごつごつが大きくて歩きやすいのに。何とかうまく突破できないかと探るがルートが見つからなかった。決められないときに無理に突っ込むのは滑落のパターンだ。
そのうちにジャケットにぱらぱらと雪がつき始めた。いけない、西から天気は下り坂。ここで雨になったら危険度はさらに増す。本当に楽しそうな岩の谷が続くので残念なのだが、撤退しよう。でも撤退といってもこの崩れそうな足許をクライムダウンするのは前進することに匹敵するくらい難しいのでは。降りられるのか。
左側をには藪の急斜面がある。急斜面の上には松の木の潅木帯が見える。魅力的な岩の谷に興奮していて忘れていた写真で見た潅木帯だ。写真から予想していた通り一気に高度を稼げそうだ。ただしここから直接トラバースするには斜度がありすぎる。亀裂にたまった土から生えた草の帯が続いているが、安全地帯といえるほどの幅はないようだ。とりあえず降りて登り返すしかないだろう。
左へ少しトラバースすると、土付きの溝が5mくらい下から始まっている。その下は草薮だ。そちらへ側なら最悪クライウムダウン中に最悪滑落しても溝か、草薮で止まるだろう。トラバース自体がリスクだが、3、4歩で枯れススキの浅い岩棚に出る。急ぐしかないな。最後の勇気を振り絞って、そして靴を信じて足裏全体で立つようにして移動を決行した。着いた。
そしてクライムダウンだ。要領を得たのか、斜度が下がったのか、勇気のせいか、安定してクライムダウンして土溝まで降りることができた。土溝まで安定して降りると変な自信と欲が出てくる。今まで降りてきた岩の谷がずいぶんと簡単そうに見える。雨が降るとなめ滝になるのだろうか?3段くらいの岩の段差があってさらにその先に岩の谷が気持ちよさそうに続いている。登り返そうかとも思ったが、欲張りすぎると命を落とす。低リスクの潅木帯を見つけたのだからそちらにしよう。後ろ髪を引かれながらも前進を優先した。
草むらになにやら水道管のようなパイプが落ちていた。もしやと思って近づくと。予想通り、奥久慈名物の灰皿だった。頂上稜線から墜落してきたものだろう。自分が喫煙者だったらここに立てて、実際に灰皿に吸殻は残さないまでも、一本つけているところだろう。他に一斗缶のさびづいた切れ端なども落ちていたがそこまで大きなものは回収できない。
■藪登はん
草薮から潅木帯へ登り返した。土付き急斜面はピッケルとつま先のけり込みが利くので、地味だが簡単に松の木までたどり着いた。撤退を決めた箇所がかなり下に見える。多少藪にさえぎられるがここから見る正面岩壁の迫力もなかなかなものだ。岩窟がほとんど目の高さに見えてくる。岩谷をうまく通過できれば、三角点の近くまで土付きのルンゼが走っている。もしかするとあそこはできるのかもしれない。などと危険な妄想を楽しみながら薮をこぐ。
一方左側はスパッと切れ落ちている。足元が藪で安定しているからと油断すると墜落だろう。絶壁の先にはいつもの奥久慈山稜の景色が静かに広がっている。快晴の昨日とは対照的に今日は曇りがちだが、先ほどちらついた雪もやみ、時々薄日が差すのどかな天気になった。潅木の枝をうまくかわしながら快適に高度を稼いだ。岩でセミになっていた時間の長さとは裏腹にあっという間に写真で見た草原に着いた。
草原はススキ、しばしば茨、そして案外たくさん生えている若い樹木の斜面だった。そのずっと先に山頂が見える。山頂直下へ向かって薮をこいだ。斜度も結構あり、樹木交じりのススキの藪は楽にかき分けられるものでもない。ホールドが豊富に取れることはありがたいがなかなか前進できない。ススキが濃くなって薄暗くなってきたのは藪が濃くなってきた証拠ではないか。以前上高塚山へのバリエーションルートをやったときのきつい藪の洗礼を受けているので多少の慣れはあるが斜度は高い。
そんな中で時折岩が出てきたところは岩を使って高度を稼いだ。フットホールドがぽろぽろ落ちるので悪いのだが藪の中の岩なので潅木をつかんで登れるのでさほど危険ではない。藪の薄さが有難かった。
■山頂直下は壁だった
掻き分けていたススキがだんだん薄くなってきた。前方に樹林帯を透かして岩塔が目に入ってきた。山頂の岩塔だろう。ここも写真で見た通りの岩塔のようだ。薮こぎから土付きしゃめの急登に変わってきた。樹木がタラノキや茨が増えてきて、簡単につかめない。ここではピッケルがありがたい。手を刺さないように、そして滑落に気をつけながら岩の根元までやってきた。垂直の壁。直登は不可能だ。右側、赤土のルンゼ側に回ったらどうだろう。潅木を交わしながら、墜落のリスクを極力減らしながら回り込んでみる。詳しい様子は見えないが、取り付きはともかくさらに進むとオーバーハング気味だ。足許はほとんど崖だ。これ以上危険を冒して近づいても報われないだろう。戻ることにした。
ルート探索中ごみを拾い集めた。筆者は遭難よけのおまじないとして、登はん中でもごみ拾いを心がけている。山頂直下ではカン、ガラスが多かった。頂上でコーラで乾杯してから投げ落としたのだろうか。今はペットボトルが便利だから、カンや瓶の飲料を担ぐ人はいないから、かなり古いものなのだろう。急斜面なのでごみを拾うと潅木にスリングでセルフビレイし、ザックもビレイしてから中のごみ袋へ入れるという動作を続けなければならない。さすがにペースが落ちすぎるので、腰にゴミ袋を下げてみたが、藪で簡単に敗れてしまうことがわかり、男体山の神様に再度清掃に来ることを誓ってこれ以上の収集を断念した。
さて直登は無理だから岩塔を左側に巻いて健脚コースへ合流することにしよう。左側に松ノ木が一本生えている。あれは健脚コースの鎖場の終点に生えている松なのではないか。そこまでの様子がどうなっているかは不明だが、少なくとも道を失うことはあるまい。巻きながら登れるところはなるべく登ることにしよう。
■ごほうび
岩塔を巻くと土付きの急斜面が出てきた。ここを登っても健脚コースに合流できるだろう。そして右手に岩の緩斜面が現れた。これはもしかして?岩の緩斜面へルートを取り直した。足許はもろいが潅木が多いから危険は高くない。暫く登高すると、果たして前方に薮を透かして柵が見え、一気に喜びが爆発した。最後の最後で男体山の神様からごほうびを頂いた気持ちになった。
岩場を再度右側に巻いた。なるべく真後ろからゴールしたい。これ以上進むと転落かもしれないというところまで巻いた。祠の右後方45度くらいだろうか。山頂から下をうかがうときに、降りるならここからだろうなと思っていた場所にほとんど近い。
祠裏のお弁当スポットまで残り数メートル。まもなく長い間の夢がかなう。記念撮影の地鶏。そして曇りがちだが曇りがちなゆえに穏やかに見える冬の奥久慈の山々を眺めつつ喜びをかみ締めるとともに、もう一度気を引き締めた。あと2m。ここは岩場の登りだ。登はん中足許のホールドが一度欠けてバランスを崩した。ここのクライムダウンは結構気持ち悪いだろう。しかし今回は大丈夫。祠の裏に立ち上がり、祠の柵をつかんだ。やったー。奥久慈男体山の祠の裏から登頂するという長い間の夢がかなった瞬間だった。
■山頂は穏やかだった
午後3時51分。直登はかなわかったが、懸垂下降して登り返すといういんちきはしないで祠の裏に立つことができたのだ。雲越しの柔らかい光のせいか、景色がやさしく穏やかだ。奥久慈の山並みにも祝福されているように感じた。
祠の正面に回り、ヘルメットとピッケルを置いて長い間手を合わせた。さあ、装備を解いてハイキングモードに戻ろう。ハーネスを解き、薮こぎジャケット、パンツを脱いだ。あちこちパッチだらけの薮こぎパンツ、ジャケットにも感謝したい。ごみでザックがパンパンだからヘルメットはかぶって下山しよう。日没後ヘッドランプをつけるのに便利だろう。
下山はいつもの健脚コース。今回の登頂もここの登り降りの一手一手が積み重なって達成されたのだと思うと感慨深い。
鎖場を通過して静かな割れヘルメットの谷まで降りてきた。静かだ。初めてぶなの木ルンゼをやったときと同じような、鳥の声も風の音もしない静けさ。そのせいでずいぶん遠くの茂みを歩いている動物の足音まで届く。ヘッドランプを点灯し、下部の杉林を慎重に通過し、無事に大円地山荘前まで戻ってきた。男体山に再度一礼して無事を感謝した。さて、西金まで静かに歩こう。
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