【百霊峰 三県境】飯豊山


- GPS
- 17:30
- 距離
- 29.4km
- 登り
- 2,396m
- 下り
- 2,399m
コースタイム
- 山行
- 9:07
- 休憩
- 1:21
- 合計
- 10:28
- 山行
- 5:53
- 休憩
- 0:58
- 合計
- 6:51
天候 | 1日目 ガス時々晴れ 2日目 快晴! |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2022年09月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
御沢野営場の無料駐車場 水洗トイレあり自販機なし 60台スペースという情報だったが 下山時の土曜日には上段のスペースや 管理小屋裏手も開放され 100台以上駐車できていた |
コース状況/ 危険箇所等 |
三国小屋の前後と御秘所と呼ばれる 岩場があるが足場手掛かりは十分ある 姿勢を低くし三点支持で行けば それほど難しくない 水場は以下で取水出来た 横峰と地蔵山の間の峰秀水 切合小屋前 本山小屋テント場下100m 御西小屋東南東100m 携帯電波状況 docomo 御沢野営場 4G1本 三国小屋 4G4本 切合小屋 4G3本 本山小屋 4G2本 小屋内 3G2本 御西小屋 4G2本 登山道で圏外になる場所はなし いいでの湯 4G1本 館内にフリーWi-Fiあり |
写真
ジオグラフィカとグーグルのナビは
どちらもこの辺りを示している
御西小屋から西に60m程の地点
烏帽子岳からの縦走路上に
3本の錆びた鉄パイプと
意味ありげな石組みがあった
ここが新潟福島山形の三県境だ
感想
飯豊山山頂に鎮座する飯豊山神社は
古代から会津 越後 出羽の各方面から
豊作祈願に登拝されていた
県境好きなら一度は訪れてみたい
ヘンテコ県境の成り立ちはかなり複雑だ
大雑把に説明すると
元来 飯豊山地一帯は越後国の豪族
城氏の支配地だったが 平安時代に
会津の磐梯にあった恵日寺に土地を寄進した
その後会津側からの参詣道が整備されて
会津 米沢側からの登拝が盛んになったが
明治維新後の廃藩置県の際
福島県庁が遠すぎるという理由で
飯豊山一帯を新潟県に編入されてしまう
その後 新潟県の実川村が飯豊山神社を
新潟県東蒲原郡の郷社としたいと
申し出た事で福島県一ノ木村が猛反発した
古来飯豊山は越後国の土地であり
県境は分水嶺に引くべきという実川村と
一ノ木村の神社の境内地や参道を整備したのは
我々であると言う主張が対立する
その後何やかんやあって
1908年に両村の代表者立会いのもと
宮城県と長野県の森林管理局の
実地調査が行われ 一ノ木村の主張が
全面的に認められる事となった
こうして世にも奇妙な細長〜い
県境が生まれることとなったのだ
ただ ここで一つの疑問が出てきた
飯豊山神社の参道を福島県とするなら
その先端は飯豊山神社ではないのか
なぜ御西岳まで県境が伸びているのか
よくわからないので現地に行ってみた
何か手掛かりなるような遺構はないか
三県境ポイントをしばらく探したが
残念ながら何も見つからなかった
後日調べてみたところ
現在 御西小屋が建っている辺りに
奥の院があり その参道が伸びていたらしい
飯豊山の西側で県境が広くなっているのは
古道と新道を含んでいるからだとか
辿り着くのが難しい三県境ポイントを
また一つ踏破することが出来た
長丁場だったがアルプスにも劣らない
素晴らしい稜線歩きだった
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