南アルプス 冬季甲斐駒ヶ岳 赤石沢/坊主尾根から

コースタイム
30日:2100mコル[3:20]→[4:00]赤石沢大滝[5:45]→赤石沢奥壁第一バンド[10:10]→甲斐駒ヶ岳山頂[17:00]→2100mコル[21:30]
31日:2100mコル[8:30]→ヤニクボの頭[10:20]→坊主尾根取り付き[13:45]
天候 | 29日 曇り、風強い 30日 快晴 31日 吹雪 |
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過去天気図(気象庁) | 2024年12月の天気図 |
コース状況/ 危険箇所等 |
一般登山道ではありません |
写真
感想
●山行概要
坊主尾根〜大武川支流の赤石沢とつないで、冬季の甲斐駒ヶ岳に登頂した記録
●感想
毎年恒例のMDTさんとの年末山行。
今年は甲斐駒ヶ岳の赤石沢から奥壁へ継続する、スケールの大きな冬季登攀に挑戦してきました。最初は奥壁の名クラシック・左ルンゼを登る予定でしたが、坊主尾根から入山し、赤石沢から継続できそう?と提案したところ、MDTさんも「大変そうだけど面白いアイデア!」と賛成し決定。山行直前はあまりの行程の長さ、未知の要素の多さから、余計な提案しなきゃ良かったかな、と少しナイーブになったり…
結果としては、左ルンゼの登攀は叶いませんでしたが、登山道や既存ルートにほとんど触れることなく甲斐駒に登頂し、なんだか格調高い登山になったと思います。
特に2日目は赤石沢の氷瀑や、奥壁基部のラッセル、坊主尾根の下降に想定以上に苦しめられ、18時間という長時間行動時間でどうにかテントに生還。登攀あり、ラッセルあり、ヤブ漕ぎ読図ありの大充実(やり過ぎ?)の一日でした。結果的には成功して一安心ですが、危険を感じる場面も多かったので、下記に記しておきます。
・替えの手袋
ラッセルで手袋を濡らしてしまい、凍傷になりかけました。インナーは替えを持っていましたが、アウターがテムレスで保水してしまうため、あまり意味がなく…
幸い穏やかな日だったので大丈夫でしたが、凡ミスで指を失うところでした。
・赤石沢大滝の登攀
登山体系には50mと書いてある滝ですが、実際は50mロープで丸々2ピッチ以上あり、100mクラスだったと思われます。当初はMDTさんがスクリュー6本で処理する予定でした。
しかし、暗い中取り付いてみると、ロープが足りず、滝の上部からビレイ解除のコール。トポより少し大きいようなので滝の上まで頼む、と2ピッチ目を自分が担当。支点用を差し引いて、3本のスクリュー(あれ、少ない?)を握りしめて登り始めました。後で分かったことですが、1本は登攀中に落とし、もう1本はザックの中に紛れ込んでおり、結果的に4本のスクリューでした。すぐに落ち口だろうと思われた赤石沢大滝は、登っても登っても傾斜が緩まず、結果的に3本のスクリューで50m近くロープを伸ばしました。暗闇なので高度感はありませんでしたが、落ちていたらと思うと本当にゾッとします。自分は登攀がヘタなので、その可能性は大いにありました。このような危険な状況に陥った原因として、時間的な焦りが挙げられます。
赤石沢大滝は、長い行程の最初にある登攀対象であり、夜明け前になるべく素早く処理する必要がありました。まず、暗闇がスクリューを落とし、それにビレイヤーが気付かないという凡ミスを生みました。スクリュー数や滝の全容の把握も、明るければ簡単でした。次に、時間的な焦りが、なるべくロープを伸ばし、少ないピッチで滝を処理をしなくてはという、リスクの高い行動に駆り立てました。スクリューが少ないのならピッチを細かく切れば良かった話です。そして、本の事前情報から、「あと少し登れば滝は終わるはずだ」という、楽観的な考えを生み、ズルズルとロープを伸ばしてしまったのだと思います。
・赤石沢奥壁基部での雪崩
まず、奥壁の第一バンドで、雪面に走った不自然な亀裂を2か所確認しました。その後、緩傾斜部に沿ってラッセルしている際、「ビシッ」と雪面に亀裂が入る音を2回聞きました。さらにラッセルを続けると、自分の1m横を雪崩がかすめました。そして、ついには自分の足元で小規模な雪崩が発生し、バランスを崩す体験をしました。山行中は「雪崩に好かれてるみたいです」とか、「あっぶねー」とか明るく振る舞っていましたが、自分のすぐ横をかすめた雪崩が、岩壁を流れ落ち、奥壁にこだましたあの轟音は今も耳から離れません。一歩間違えば自分がああなっていたのだという、確かな事実を脳に植え付けられたようでした。
反省点を書きましたが、このクラスの山行を実行する人が、いまさら何を言っているのか、と思われるでしょう。冒険のために、ある程度命を危険にさらすことは、アルパインクライマーなら常識だからです。しかし、この「ある程度」というのが罠であるように思います。身体能力や登攀技術に優れていれば、「ある程度」のレベルは上がります。普通では考えられないような登山を計画し、遂行できるようになります。山を自由に動き回れる爽快感、周囲の人には出来ない冒険をする優越感、何より死に直結するようなピンチを日々の努力で克服する命の躍動感は、麻薬のような快楽を脳に与えます。しかし、どれだけ優れたクライマーであっても、人体が脆いことに変わりはありません。
少しずつ、私の山登りに対するモチベーションは下がっています。それは、単に飽きたというだけではなく、今以上の努力や経験値を蓄積して、自分の本能が設定した”一線”を踏み越えることに対する嫌悪感から来ているのだと自覚しました。これ以上、命を危険にさらすような遊びはするべきではない、と本能的に思っているのです。もちろん、自分なんかより遥かに高いレベルで挑戦している人はいくらでも居ます。今回の山行だってMDTさんに付いて行っただけと言った方が正しいでしょう。
しかし、自分にはこの辺りが引き際でないか、とどうしても思ってしまうのです。
本山行が成功したことは自分にとって嬉しい限りですし、パートナーのMDTさんにも、これ以上ないくらい感謝しています。しかし、これからの山登りとの向き合い方は、よく考えなくてはいけないと思いました。
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