黒いキャミソールの彼

キャミソールは、数多ある人間の服飾物のうちでも、
女性が着用することが一般的だと認識しているし、
実際に街中では女性が着用している姿しか見たことがない。
男性が着るとしても、その嗜好の持ち主に限られるし、
着用場所はもっと限られるだろうから、
世間の服飾分布としてはマイノリティに区分されると言えよう。

朝から厳しい日差しだった今朝の通勤電車でも、
比較的若い女性の幾人かがキャミソールを着用していたし、
それは夏にありがちな光景なので、何の感興も覚えなかったのだ。
そう、今朝の通勤電車までは。

会社の最寄り駅のひとつ手前の駅で、
大きな荷物を持った壮年男性が乗車してきた。
円筒状の巨大なスポーツバッグに、
折り畳んだ自転車を収納するための輪行バッグ。
ここまでなら、まあたまに見かける。
ところが、服装はワイシャツにスラックスだった。
まさかその恰好でチャリダー？ないよな・・・、
と見るともなく見ていると、
どうも汗に濡れたワイシャツに違和感を覚えたので、
じっと目を凝らすと、黒い肌着のようなものが透けて見えた。
その肌着は、なぜか胸くらいまでの高さしかなく、
その上に細い紐のようなものが伸び、肩にかかっている。

そう、ワイシャツの中に黒のキャミソールを着ていたのだ。

彼は、ぼくが下車する駅で降りた。
巨大な荷物を大儀そうに担いでホームの上に降ろし、
はあはあと喘いでいる。

その様子は、ぼくの目には相当異様に映ったのだが、
多くの人々は彼の荷物に気を取られるか、
出社を急いでいるためかで、
ワイシャツからくっきりと透けて見える
キャミソールには気付いていないようだった。

ぼくは、黒のキャミソールにワイシャツとスラックス、
それに巨大な円筒状のスポーツバッグに輪行バッグという、
とても不釣り合いな出で立ちの彼をもう少し観察していたかったが、
こんなことで出社を遅刻するのはさすがに憚られたので、
後ろ髪を引かれる思いでその場を立ち去った。

※写真と本文は、まったくとは言わないけれど、ほぼ関係ありません。