先日木曽駒に行き人気のある山の凄さを改めて痛感しました。
ボクは秋から春先にかけて主に奥多摩から奥秩父東部を歩くのですが、平日に一般道以外を歩くためか、コース上で他のハイカーに出会うことはありません。
極々稀に出会うと「ああ、この人もこのブラボーなコースを歩いているのだなぁ。なんと素晴らしいことだろう。」などと勝手に思いそのあとしばらく悦に入るのです。一瞬の出会い。ただ短い挨拶を交わすだけの出会いなのですが無性に嬉しくなるのです。
そして夏場、暑さから逃れたいこともあって標高を上げアルプスなどに行きます。頻繁に通えない、慣れない山域に行くのです。単独が多く山深いため一般道を外すことは殆どしません。
人に出会うのです。出会いだらけなのです。
でもそれはそれでいいのです。同じ山を趣味にする者同士、普通に挨拶をし、時には会話もします。
ところが・・・
先日の木曽駒はレベルが違っていたのです。
ほとんど竹下通り状態なのです。
コース上立ち止まって「おおっ、なんとブラボーな眺望なのだろう」などと言い自然を愛でようものなら大渋滞です。顰蹙なのです。
そんな中山頂付近、上の方から若者が「こんにちは」と言って降りてきました。ボクも挨拶を返しましたが、それと同時に「何というデンジャラスなことをする若者だろう」とも思ったのです。
彼はこの先、今日の山行が終了するまで体力の続く限り挨拶をし続けなければならないのです。
案の定、彼の姿が見えなくなっても声だけは暫く聞こえてきていました。
最後の方は「こんにちは」が「どーも」とか「ちーす」に代わっていました。
人が多く入り山行中多くの人に出会う山。
そして山行を通して一人の人とも出会うことのない山。
どちらもその山の本質とは関係無いのでしょうが、個人的なその山への感情には大いに関係あるのです。
山好きは、私だけでないのが分かるが、山歩きの団体さんには、勘弁してもらいたいですね〜
1人で、歩けない人、ガイドがないと歩けない人・・・
仕方がないが”登り優先”でも、下って来るハイカーがいたら、お願いだから、道を譲ってくださ〜〜〜い!
旅行会社の方が、読んでいましたら、お願いしますね〜
はじめまして!
私なんぞ、誰も居ない人気のない山ばかり好んで行っておりますです
仲間とともに行く山は、自分の実力以上の山に行けたり、楽しいことも多いのですが、一人で向き合う山は自然や自分自身との対話も楽しめ、また違った喜びがあり大好きです。
だけど、人の多い山は…
好みに合わず
お気持ちは良く分かります
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