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2020年07月25日 21:23祖谷全体に公開

祖谷街道 開通後 百年。 1920年(大正9年)開通

祖谷街道 開通後 百年。 1920年(大正9年)開通

山深い 四国山地の中にあって 平家隠れ里伝説の祖谷地方。

2020年は 池田方面からの交通路 祖谷街道が開通して ちょうど百年。

この間 この祖谷街道が この地域の発展に 果たした役割は とても大きい。

いま 思いおこすと その昔 祖谷トンネルもなく 落合峠 小島峠 見ノ越も 車両は通れず 唯一 出合 経由の祖谷街道だけが 祖谷地方への 交通路だった。

その昔 山登りに 池田 出合経由で祖谷に入ると ともかく 長く狭い道路を延々と運転しなくてはならず 行きも帰りも 時間もかかり とても苦労したが、いまは 道路も改良され とても走りやすくなった。

その狭い 道でも 大正9年開通のときは 「巾3mの大道」の画期的な道だった。

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祖谷街道 1920年(大正9年)に開通

「祖谷川沿いを走る祖谷街道(現在の国道439号、山城東祖谷山線)は池田から出合発電所、西祖谷、落合を経由して久保まで至る祖谷街道として、明治35年から開発され、大正9年に開通した。

これにより交通の利便性が向上し、祖谷地方における物資の流通が盛んとなる一方、かずら橋は その主な役割を終えた。」

落合集落の説明看板から引用

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■祖谷街道ができるまでの交通路

『東祖谷山村に於ける交通の變遷』福井好行(徳島大学)によると
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjhg1948/3/3/3_3_68/_pdf/-char/en

1 西北方面 水ノ口峠、 落合峠+桟敷峠

落合と加茂山三庄 間 背負運搬人「仲持ち」毎日10人ぐらい。

2 東北方面 見ノ越、小島峠 (菅生、名頃から)

3 土佐方面 京柱峠、谷道峠、躄峠(天狗峠) 荒廃

冬でも 歩いて峠越して 辻 三加茂と 往復するのは とても 苦労し大変。

昔の人は よく歩いたものだと つくづく思う。

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「此様に不便であつた東祖谷山にも、文字通り一新の時が来た。それは故藤川一宮氏の主唱によつて、大正9年完成した県道祖谷街道の開通である。三縄、東、西 祖谷山 三村組合事業として、祖谷川の北岸を「白地の渡し」から久保に至る51km、巾3mの大道を作り、現在では薪炭木材を満載したトラツクがドンドン走り、池田から毎日3回、(7時、9時、後2時半)の往復バスが通つて近代文化流入の便が与えられた。更に昭和7年には、「久保」から奥地「名頃」まで約2kmの林用軌道が設けられ、茲に祖谷川に沿うて村内を東西に走る幹線道路が出来た訳である。」『東祖谷山村に於ける交通の變遷』福井好行(徳島大学)

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjhg1948/3/3/3_3_68/_pdf/-char/en

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私が知る範囲で 昭和40年以降で 祖谷街道で 大きな出来事など

■東祖谷山村 大西の 大崩壊

国土交通省 四国山地砂防事務所のWEBサイトから引用
昭和40年(1965)9月10日、台風23号により、剣山で458ミリを観測するなど山間部で豪雨があり、東祖谷山村大西で がけ崩れが起こり、崩壊土量12万立米、県道決壊300mに及ぶ大崩壊が発生。これを契機に、県道は対岸に移設。

■見ノ越トンネル 1966年 114m

■祖谷トンネル 1974年 4月3日開通 967m

当初は 有料だったが、開通後24年へて 1998年8月1日から無料になった。

昔は 出合 経由の道が 本道だったが 1998年の無料化以降は 大歩危 祖谷トンネル経由が 本流になった。

■京上トンネル 2001年4月20日開通 1023m

通行量が多く 道路混雑しやすい 狭い 京上集落をさけた バイパス。平成13年4月20日開通。

祖谷トンネル より長い 長さでありながら はじめから 無料で開通。この間の 時代の変化を感じる。

■龍宮トンネル 2003年 6月18日開通 505m

目がくらむような 断崖絶壁がつづく 「マンプ」と呼ばれる 大岩が 道路上を 覆いかぶさった きわめて危険な箇所を バイパスするトンネル。平成15年6月18日開通。

■下瀬トンネル 2013年9月7日開通 141m

下瀬で439号の道路が大きく崩壊、全面通行止になり 2007年8月〜2008年5月 まで 9ヶ月余りもの あいだ 狭い対岸での迂回路通行が続いた。

平成19年(2007年)8月 大規模な崩壊があり、路肩が崩れ 岩盤が裂けて 川に落ちた。

迂回路は 道幅狭く 屈曲多く せまい うえに 未舗装区間も あって 雪や 雨が降ると 超ドロドロになり とても苦労した。

下瀬トンネルは 崩壊箇所をバイパスして 楽に通過できる。

https://blog.goo.ne.jp/shumiyama/e/b7215b330669cf3105f7f70dfba6b398

https://youtu.be/SCn6cK2fFxU




https://youtu.be/2bnw2z6I02A



IkedaCableNetwark株式会社 池田ケーブルネットワーク様の動画


■落合2号トンネル 227m (工事中) 2020年5月着工 2021年度完成予定。

当初の落合バイパスは 1号、2号、3号トンネルの 3本のトンネル計画だったが その後 3つトンネル のうち  1号は「下瀬トンネル」となり後に開通、 2号トンネルは現道の線形改良 拡幅開削に変更になり、トンネルは 計2本になり、当初計画の 3号トンネルが改めて「2号トンネル」(仮称)に なった。


当初の落合バイパス計画は トンネル3本

(仮称)「2号トンネル」は のちに トンネルの正式名がつくはずだが 京柱峠を越えた 国道439号の高知県大豊町には すでに同様の名前の「落合バイパス トンネル」が すでにあり さて正式に どんな名称に なるか気になるところだ。

■「落合2号トンネル」工事中

落合 バイパス 1号 2号 トンネル



IkedaCableNetwark株式会社 池田ケーブルネットワーク様の動画

■京柱トンネル 未定

着工など 全く 未定です。おそらく 大豊町に結ぶトンネルは かなり先の将来の ことになるでしょう。

■京田トンネル 276m(工事中) 山城東祖谷山線

国道32号祖谷口から出合方面へ 山城東祖谷山線に入ってすぐ
大きく屈曲した現道を ショートカットする京田トンネル。

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【趣深山ブログ】

https://blog.goo.ne.jp/shumiyama/e/dd42f28bbdcff9c2c79cdee3a892f0fe

【参考文献】

阿波学会 研究紀要
https://library.tokushima-ec.ed.jp//digital/webkiyou/18/1819.htm

https://library.tokushima-ec.ed.jp//digital/webkiyou/k_list.htm

「東祖谷山村における交通路の変遷」 福井好行
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjhg1948/3/3/3_3_68/_pdf/-char/en
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この日記へのコメント

登録日: 2013/9/15
投稿数: 1247
2020/7/25 22:18
 RE: 祖谷街道 開通後 百年。 1920年(大正9年)開通
隧道はどん詰まりだった集落に風穴を開け、交通に革命をもたらしたはずだ。
 廃道探索家・よっきれん氏の言葉です

そう、隧道は集落をのっこす労働・峠からの解放、、
おいらは休暇の行動がチャリンコベースなので、本文にあるような祖谷トンネルみたいなところをよく通り、バイパストンネルは通りません(;´▽`A``

長大なトンネルが掘られると昔ながらのトンネルの交通量が減るのでうれしくあったりもしますw

> 昔の人は よく歩いたものだと つくづく思う。
同感です。。


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