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肩肘の張っていないナチュラルな文章で綴られています。
大きな山の話だけではなく、冬の低山の魅力が語られています。
関東近郊に住んでいて、冬の奥多摩や丹沢、道志、御坂、大菩薩連嶺などに出かける人には彼のこの紀行文に同感するのではないでしょうか。
著者 大森久雄
1933年東京生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒業。実業之日本社などで、登山・自然・旅関係の雑誌・書籍の編集に携わったのち、編集・執筆を中心に活動。著書に「本のある山旅」など。
丹沢の話で驚いたことがありました。
「山に行くのに下駄を履いていくと言う時代があった。数十年前の丹沢のことだ。丹沢の沢をやる一群の人々ではやっていたという。」
下駄を履いて山を登るとは今では想像もつきません。
今はそんなことをする人はいませんが、山頂に登頂すると自分の名刺を缶に入れてくるのが常識の時代もあったようだから、今我々のしている行動も50年後には理解されないこともあるかも知れません。
今の丹沢は多くの登山者で溢れ、特に表丹沢は笹原と木段、そして裸地化した斜面ばかりで些か興醒めですが、その昔は気持の良いブナ林と多くの高山植物で賑わっていたという。
台風やシカの食害がその理由と良く言われるが、沢山の我々登山者が無遠慮に踏み荒らしたのが一番の原因と彼は言っています。
もう一つこの本に教えて貰ったのは「馬には乗ってみよ 人には添うてみよ」という箴言です。
何事も経験してみなくては本当のところはわからないのだから、やりもしないで批判したり評価したりするべきではない ということらしいです。
或いは「馬のよしあしは乗ってみなければわからず、人柄のよしあしは付き合ってみなければわからない」との解釈もあります。
大森氏は「馬には乗ってみよ 山には登ってみよ」とアレンジして書いています。
山を登りもせず好き嫌いして選ぶのはいいことではありません。百名山や高い山や遠くの山ばかりではなく、近くの低山含めどの山でも、山のことを評価する前に先ずは登ってみなさいということでしょうか。
セザンヌの有名な、サント・ヴィクトワール山の絵についても触れています。
彼は実際に登ってみたらしい。
私は絵には詳しくないが、数十枚書かれた件の絵の色使いが素敵だと思って写真をみたことがあります。こんな油絵を描けたら良いなと思ったこともありました。
サント・ヴィクトワール山はそれほど登るのに大変な山ではないようです。頂上に十字架があってその十字架が作り出す影が素敵だと書かれていました。
この一冊はセザンヌの油絵に描かれている絵の具のような心が洗われる本でした。
写真1:本の表紙
写真2:セザンヌのサント・ヴィクトワール山の絵
馬には乗ってみよ 人には添うてみよ
初めて聞きましたが、奥行きの深い言葉ですね。人は付き合ってみると印象がかわる。でもより添ってみたらまた違うかもしれない。
山も、例えば富士山、あれば見る山と言わずいろんな表情があるのだから決めつけたくないと思います。
心が洗われるような本
24cさんがそのように表現されるなら読んでみたいように思いますが、近頃根気が無いのか本から遠ざかっています
一時的なものならいいのですが
私は荒沢岳下山後、根気ではなくやる気が出てこずに山から遠ざかっています。
一時的なものならいいのですが。
コメントありがとうございました。
雨の休日にて、ヤマレコ日記を眺めていましたら「本のある山旅」が目に留まりました。
私もこの本を所蔵していて発行日は1996年11月1日、だいぶ以前の本ですね。
当時、山の紀行文を読んでは山に行きたい衝動に駆られた記憶も蘇りました。
大森久雄氏の本では、その後に「山の旅 本の旅 登る歓び、読む愉しみ」(平凡社)も出版されこれも味わい深い1冊でした。共に雨の静かな日に格好な山の本です。
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