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写真の月刊登録量の50Mを越えていて写真がUP出来なかったのですが、フリーソフトを利用して写真をリサイズして登録しなおし、容量が空いたのでようやくこの記録の写真をUPすることが出来ました

http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-82506.html
自分でいうのもなんですが


よかったら見てみて下さい
ちなみに使用したソフトは「リサイズ超簡単!Prо」というフリーソフト

なかなか使いやすいソフトでおススメですよん

さて、そんな中今週暇だったので仕事前に図書館へ行き郷土書籍のコーナーをいろいろ見てたら、それこそ先日登った穂高に関する本


有名っちゃ有名な話なんですが、案外知らない方もいると思うのでご紹介

−−−−− キリトリセン −−−−−
重太郎の大ケルン
奥穂高岳は標高三千百九十メートル。富士山、北岳についで日本第三位の高峰であるが、北岳との差は僅か三メートルである。
ここに山小屋を造り、登山道を整備してきた飛騨の山男、今田重太郎は昭和二十五年に山頂に大きなケルンをつくり始めた。重い石を一つ二つと積み上げ、やがてそれは三メートルにもなった。それを見た登山者は重太郎が北岳を追い越す為に山頂をカサ上げしていると笑った。
やがてケルンが出来上がると重太郎は登山者の安全を願いその上に祠を建てた。
「この山頂付近は、これまで随分と人が迷ってナ。それはと言うと、何処が山頂やらハッキリしとらんからでナ。こうしてあれば誰の目にも山頂と良く解るんじゃョ。北岳?そんな山があったんかい・・・・・」
それから三十年、風雪に耐え今も重太郎の大ケルンは健在である
【穂高は生きている 神 憲明 著 より】
で、ちなみに重太郎さんは自分の書いた本「穂高小屋物語」では・・・
「・・・奥穂は一メートルだけしのいで、二位にのしあがった(のしあがる)のである。しかし私は、そういう気がまったくなかったわけではないが・・・・」
と書いてあったりして(笑)
もちろんそのあとは
「・・・わけではないが、決して二位にしたいために積んだのではない。奥穂山頂を少しでも見きわめやすく、安定したものにしたいために行なったのだ。人から「もう北岳より高くなっているよ」と聞いて、「よくも積んだものだ」とわれながら感心したというのが真相である。」
と綴ってますけどね

ただ、これまたみなさん御存じのとうり北岳は測量で3193メートルに改定されてますが


三角点の有無はともかく、もし国土地理院が重太郎の大ケルンのてっぺんを山頂と認定してくれて測量しなおしたらどうなるのかなあ〜
なんてことを飛騨の人間としては何気に気になってしまうのですが、もし奥穂の山頂で大ケルンを目の当たりにしたときはこんなコトを頭の片隅に想いを馳せてみてはいかがでしょう

ちなみに、この重太郎さんの本

図書館では貸出禁止になっていたけど、他にも興味ある話があったしゆっくり読みたくなったので、思わずアマゾンで探して購入してしまったてるさんなのでありました

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