天気が悪いですねえ。私の山行も8日(金)ぐらいから延期に次ぐ延期。夏の計画も大幅に狂い中です(泣)。
さて、日航ジャンボ機事故から今日で29年、30回目の夏を迎えました。
TVのニュースで慰霊登山の様子をやっていましたが、「御巣鷹の尾根」もやはり雨模様ですね。
あの日のことは鮮明に記憶しています。
当時、私は都心の会社でサラリーマンをしていました。
仕事終わりに、仲の良かった先輩と飲みに行きました。ハシゴをするうちつい終電の時間も過ぎてしまい、先輩の家に泊めてもらうことに。
タクシーをつかまえ乗り込んだところ、ラジオが人の名前をフルネームでずーっと読み上げています。延々、です。
先輩と顔を見合わせ、「何だろうね?」。
すると運転手さんが「えーっ、知らないんですか?」。「ジャンボ機が落ちたんですよ。500人くらい乗ったやつが」。
ラジオが読み上げていたのは搭乗者名簿でした。
酔いが一気にさめました。
先輩のマンションに着くや、大急ぎでテレビをつけました。
結局朝方までニュースに見入ってしまい、翌日は睡眠2時間くらいで出勤。
当然会社に行っても事故の話で持ち切り。総務部から「当社の社員は乗っていませんでした」という館内放送があったほどです(ジャンボ機は羽田発・大阪行きで私の会社は大阪支社があり、大阪出張が多かった)。
あれから29年。いずれ「御巣鷹の尾根」を訪れ、慰霊碑に祈りの一つも捧げたいなと思い続けていますが、なかなか実行には至りません。
そうこうするうち山が趣味になったので、今では、「御巣鷹」に行ったらついでに近くの百名山(地図上で一番近いのは両神山)に登ろうかな? という発想になってしまいます。まぁ、これは少々不謹慎なので気が咎めるのですが・・。
【参考】(1)
Wikipediaの「日本航空123便墜落事故」には
『八ヶ岳・横岳より見た秩父山地と墜落地点』と題する写真が載っていて、甲武信ヶ岳、金峰山、御座山といったお馴染の山が一緒に写っていて興味深いです。
【参考】(2)
これは有名な話ですが、ジャンボ機は御巣鷹山という実在の山には落ちていないんですよね。以下はWikipediaの「高天原山」からの抜粋です。
「当山の群馬県側の尾根には1985年8月12日に発生した日本航空123便墜落事故の墜落現場がある。多くの報道では『御巣鷹山に墜落』と伝えられていたが、正確にはこの『高天原山に属する尾根』である。しかしその後、墜落地点である高天原山の尾根は当時の上野村村長であった黒沢丈夫により『御巣鷹の尾根』と命名されている」。
私もその日のことは鮮明に覚えています。情報源は tsukadonさんと同じでラジオでした。
当時、設計事務所で残業が当たり前。ラジオを聞きながらの仕事をしていました。すると午後6時半くらいでしょうか、「日航機が長野県の臼田あたりで不明になった。」と。
素人でもそれはかなり異常な話に聞こえました。東京から大阪に向かっていたならまず伊豆大島上空に出て海の上を西に向かうはず。それが、なぜ長野県上空なのか?
隔壁が壊れて操縦不能となって山梨・長野上空を迷走したということは後日知ったことでした。
墜落場所も当時の第一報では「御巣鷹山」ではなく、群馬のどこかの山という程度だったように覚えています。結局、落ちた場所さえも不確かで、当然救助活動は困難を極めましたね。
あのような事故が二度とないことを祈らずにはいられません。
pasocom 様
こんにちは。コメントありがとうございます。
最近 Wiki 等で知ったことですが、第一報は「御座山付近」に落ちたとなっていたようですね。御座山は今年登って気に入った山ですが、そんなところで名前が登場していたとは・・。
毎年この日になると、ニュースで遺族へのインタビューを流していたりしますが、30年を経てもなお涙ながらに答える方もいて、心が痛みます。
tsukadonさん
初めまして。
昨年、今年と御巣鷹山慰霊登山をして来ました。
私は旅行業界で働いていて、飛行機の事故に対しては、けして他人事ではない重要な事です。
あれから29年、決して風化させててはいけない出来事だと思います。
ヤマレコでは、あまり御巣鷹山の事が出ませんが、tsukadonさんの日記を拝見して、改めて安全の認識を感じました。山も同様ですね‼︎
Kobamasami さん
はじめまして。コメントいただき、ありがとうございます。
慰霊登山、ご苦労さまです。
確かに、ヤマレコでは稀にしか御巣鷹近辺の記録は見かけませんね。
あの周辺は甲武信・金峰・瑞牆・両神と名山が並んでいますが、実際にジャンボ機が落ちた高天原山はもともと登山対象になるような山ではなかったようで・・
まだ訪れてもいない私がエラそうに言えないのですが、決して風化させてはいけない事故ですね。
そうですね、山も安全第一です。自分でケガして気が付きました。
こんにちわ
当時わたしは中古車の仕入れ担当で、東京〜大阪を飛行機で行き来してました。
あの墜落で肝を冷やして新幹線に変えた経緯があります。
もう、三十年になるのですね・・
坂本 九さんの歌声を思い出します
でわでわ
uedayasuji さん
コメントを頂戴し、恐縮です。
そうだったんですか、確かに、あの直後に東京・大阪を飛行機で移動するのは勇気がいったことでしょうね。
坂本九さんは本当に惜しい人でした。ああいったタイプの歌手はその後出てきませんもんね。
奇跡的に生存した4名の女性は元気でお暮しなんでしょうか。ネットで検索してもあまりヒットしませんので、「そっとしておいてあげよう」が徹底しているのでしょうか。それは大変良いことだと思います。
tsukadonさん、こんばんは。
私もあの日のことは良く覚えてます。
夏休みの白根三山縦走から前日に帰って来て
雨でビショビショになったテントを乾かして
ベランダで夕涼みしてたら、あのニュースです。
情報が錯そうして、なかなか墜落現場がわからなかった。
そんな記憶が残ってます。
休み明けに会社に行ったら、大阪に本社がある
お得意様の会社の社員の方があの便に乗られていて、
何人もの社員の方が犠牲になられたのを知って、
ものすごいショックを受けました。
今、思い起こすと、ついこの間のことのようです。
yamahero 様
コメントありがとうございます。
そういえば、複数の社員を失った会社があったと記憶しています。名前は忘れましたが、確か名の通った会社だったかと。
いやー、登山歴がずいぶん長くていらっしゃるんですね。尊敬いたします。
これから何かとご教授いただきたいと思いますので、よろしくお願いします。
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