御嶽山で亡くなられた多くの犠牲者の方のご冥福をお祈りするとともに、残る不明者についても早期発見を心よりお祈りいたします。
焼岳はあまり紅葉の山というイメージは無かったのですが、とても素晴らしい紅葉を見ることができました。他にも紅葉を楽しむ多くの登山者が登っていました。
自己責任で山に登るということはどういうことなんでしょうか?
今回のような噴火や落石、滑落などでいつ命を落とすか分らない危険と常に隣り合わせにあるということを覚悟して、登るということでしょうか?
それともそういった場面に遭遇した時に、自力下山が困難で助けが来なくても人を恨まず素直に死を受け入れることでしょうか?
または落石とか滑落の原因を整備しなかった行政が悪いと行政へ責任を転嫁しないことでしょうか?
山に誘っても同行してくれる仲間がなかなかいないので、ソロ登山がほとんどですが、百名山を中心に登っているので、誰もいないという場面はあまりなく自己責任についてこれまで真剣に考えたことも無かったです。
でもヒヤリとする場面は、何度か経験しており、死を考えたことはあります。その時は自分は好きな登山をして楽しんでいるのだから、たとえ死んでも後悔はしないだろうし、好きなことをしている最中に死ねるなら、不治の病や、もらい事故、経済苦による自殺、etcなどに比べれば、自分の中では幸せな死に方なんじゃないかと思っています。(※これはあくまで私個人の考えで、御嶽山で被害に遭われた方については、本当にお気の毒であると思っております。)
ただ、家族は納得できないでしょうけど。最愛の人を死に追いやった山なんか無ければ良いのにとか、登らなければ良かったのにとか考えるのが普通ですよね。
これからも答えは出せないまま、不安要素には目をつぶって、楽しいことを追及して登っちゃうんだろうな、きっと。 でもできる対策はしなくっちゃね。