|
目的は白馬三山の縦走。梅雨時期にもかかわらず天気は快晴、少々寝不足だったが体調は良く、充実した山行になりそうな予感がした。
平日ということもあり、登山者は私のほか数名を見るのみ。ピッケルを携え、6本爪のアイゼンを装着した私は、黙々と雪渓を登りつめる。
杓子岳からはひっきりなしに落石がある。音も無く雪面を転がり落ちてくる大小の岩石を避けるため、常に斜面を見つめながらの
登高は、私の神経をひどく疲れさせた。
小雪渓の急斜面でスリップした私は、ピッケルのピックを雪面に打ち込み、滑落停止の姿勢に入る。…停まった。
村営小屋のテント場にテントを張ろうとするが、急に雲行きが怪しくなり強風にテントが煽られる。苦労してなんとか設営を終え、
空身で白馬岳山頂を目指すが、疲労した身体は思うように動かない。
頂上には私ひとり。夕闇迫る剱岳の威容を心ゆくまで堪能し、テントに戻る。明日の晴天を願うが、どうやらかなわぬ夢となりそうだ。
翌朝、テントを揺する風で目が覚めた。外を見ると、強風に加えて雨混じりの濃厚なガス。
予定通り鑓ヶ岳へ向かうか、このまま下山すべきか大いに迷う。朝食後、風が少し弱まったのを機に、予定の縦走コースへ向かうことを決意。
これが大きな過ちだった。
杓子岳付近にさしかかったとき、西の空に雷鳴を聞く。時間はまだ午前中だ、何故こんなに早く…
雷鳴にせきたてられるようにして、鑓ヶ岳へと急ぐ。このあたりには雷よけになるような岩陰がなく、身を隠す場所がない。
鑓ヶ岳の頂上では立ち止まりもせず、標石を横目で眺めて通り過ぎた。むろん写真など撮る余裕もない。
鑓温泉分岐まで小走りに下り、やっとのことで下降に入る。雨は小降りになったがガスは相変わらず濃く、視界は10〜20mしかない。
鑓温泉に向け歩き出してわずか数分、登山道は雪田に消えた。シーズン前のこの時期、トレースなどあろうはずもない。晴れていれば進路を
見極めて進むこともできようが、この濃霧では地図とコンパスに頼るほかはない。幸い現在地ははっきりしている。とにかく東へ向かえば
鑓温泉に辿り着くはずだ…
コンパスの針を見つめながら雪の急斜面を下ること2時間、なんとか鑓温泉まで辿り着き、ここで今日初めて人に会う。
猿倉から登ってきた人たちで、今日はここで温泉に入り、明日下山するという。小屋はまだ建設されていないので、皆テントを張っている。
この人たちから猿倉までの道の状況を聞くと、杓子沢のあたりで斜面が崩落して道が消えているため、小日向のコルから三白平へ下り、
そのまま沢沿いにここまで登ってきた、とのこと。
「猿倉へ下るんだったら、俺たちの通ったトレースを逆に辿るといいよ」と教えてもらったので、三白平から小日向のコルへ直登することにする。
鑓温泉で行動食を口にし、少し長めの休憩をとったのち下山を開始する。
歩き始めるまでは、先人の言に従うつもりでいたが、雪渓のトラバースを続けるうち、登山道が「消えている」という箇所を見たくなり、予定を
変更して杓子沢へ向かう。
かなり急な雪の斜面のトラバースを続け、大量のデブリが残る杓子沢に到着すると、傾斜60度ほどの斜面が大きく崩落し、登山道が50mくらいの
範囲で完全に寸断されている。やはりここは避けるべきか…
しばらく迷ったのち、ここを通過することを諦めて杓子沢を下りはじめる。やがて急斜面が終わると、雪面に先人のトレースを発見した。
トレースは雪面を抜け、灌木地帯に続いている。しかしここは三白平、ルートではない。沢があり、湿原があり、そして滝がある。
いつしかトレースは薄くなり、やがて消えた。
地図とコンパス、そして腕時計の高度計により、現在地の把握につとめる。目標は小日向のコルだが、灌木とヤブに妨げられ目視はできない。
5万分の一の地図では細かな地形が判別できず、傾斜の感じと標高で現在地を仮定し、北へ向かって直登することにした。
直登にかかってすぐ、「北に向かえばなんとかなるだろう」との考えが甘かったことに気付く。急斜面は猛烈なヤブで、しかも笹が多いため
足元が滑って滑落しそうになる。登っても登っても視界は得られず、喉の渇きと疲労だけが募ってゆく。水筒の水はとうに尽き、雪田の雪を
ピッケルで掘って口に入れ、渇きをごまかす。ゴミだらけの雪だが、今はそんなことにかまっていられない。
気付けば時計は夕方の5時を示している。まだ道にぶつからない。だんだんと焦りが出てくる。
そろそろ体力が尽きようとするころ、急に視界が開け、窪地に出た。水がたまって池のようになっている。地図を出して照合すると、ここは
小日向山の西側にある凹地であることが分かり、狂喜する。北へ直登していたつもりが、どうやら東に寄って登り過ぎていたようだ。
凹地から西に少し下ると、10分も歩かないうちに小日向のコルの標識に辿り着いた。全身の力が抜け、その場にへたり込む。
ここから猿倉までは2時間弱の行程だが、もう1歩も動く気力がない。幸い周囲は雪田であり、水は確保できそうなのでここにテントを張る。
テントを張り終え、雪を融かして水をつくりガブガブ飲む。食料はたくさん持っているが、食欲はまったくない。
とにかく横になり、寝てしまいたかった。夜の闇の中、杓子岳からの落石の音を聞きながら、いつの間にか眠りに落ちた。
翌朝、天候は相変わらずガス。しかし、コルから猿倉へ向かうルートにはトレースがしっかりついており、もう迷うことはない。
雨とガスに濡れてずっしりと重くなった装備を背負い、歩きはじめる。
昨日の疲れが身体の芯に残っており、足元がふらつく。なんでもないところで何度も転倒し、泥だらけになりながら下降をつづけ、ヒザが
ガクガクになったころ、鑓温泉分岐に到着した。
…これは、実際に私が体験したことをありのままに書いたものです。山の知識・経験も少ないのに、気持ちばかりが先へ先へと向いていた
ころの苦い経験です。
これからの自分を戒めるために、日記とは少し意味合いが違うかもしれませんが文章に残しておこうと思い、書いてみました。
何年たっても、このときの苦しさと恐ろしさは忘れないと思います。残雪期の山を侮ってはいけないですね。乱文失礼いたしました。
貴重な体験を分けて頂きありがとうございます
出来れば、山行記録にこの文章と簡単なルートだけでも、日付は仮でも構わないので(たくさん昔の記録にはあります)書いて頂けないでしょうか
このまま日記に埋もれるのは(日記は検索がかかりにくいのです…)もったいなさ過ぎます
わがままですが、よろしくお願い申し上げます
komadoriさん
情けない日記をお読みいただいたうえ、コメントまでいただきありがとうございます。
この体験、実はそんなに大昔の出来事ではないんです。
目的であった白馬三山の縦走は達成できたものの、そのプロセスがあまりにも
お粗末であり、記録にするのはいかがなものか…と躊躇しておりました。
写真も少しばかりあるので、ご要望にお応えして記録にしてみようかと思います。
暖かいお言葉、ありがとうございました。
コメントを編集
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する