山登りに興味を持ったきっかけは、中学生になった頃から一人で長い散歩をするのが好きになったことだろう。
世田谷の上野毛に住んでいて、父親が等々力渓谷などに連れて行ってくれたことが更にそのきっかけになったのかもしれない。
最初は等々力渓谷に一人で行ったり、だんだん足を伸ばして六郷用水沿いに成城学園から狛江のあたり、更には調布や深大寺などへ行った。覚えて居るのは、丁度その頃溝の口から長津田へと延伸された田園都市線に沿って、梶ヶ谷から江田駅まで小さなザック(ナップザックという紐で背負う簡素なもの)にオヤツのミカンなどを入れ一人で歩いたこと。日暮れになって最後はトンネルの向こうに江田駅のホームが見えるところまで来て道が見つからず、強引に藪漕ぎで山越えをして駅に着いたのだが、今も実力をかえりみずバリエーションを好む癖に繋がってくるかもしれない。
そういえば、等々力渓谷でも道のついてない上流側(といっても所詮ドブ川なのだが)に踏み込んで「ここは誰も見てない景色だろう」と満足感に浸っていた事もある。
こんな風に時には半日も郊外を彷徨いていれば、親も心配になり教師に相談もしたらしく面接でその話が出たこともあった。
さすがに交通機関を使って一人で遠くまで行くことは許されず、父親にねだって御岳山、神山(箱根)、日和田山に連れて行ってもらった記憶はある。
それ以前に林間学校の集団登山で結構本格的なハイキングレベルの山に登っていたのだが、それと一人で行く散歩の楽しみとは自分の中では結びつかなかった。
またその頃から、山のガイドブックを手に入れ、いろいろ想像して楽しむようになった。当時はブルーガイド、アルパインガイドという2大叢書があったが、いずれも初級ハイキングからバリエーション、冬山登山まで一冊の中に詰め込んで書かれていた。奥多摩と丹沢のブルーガイドを買ったと思う。その中で丹沢の本には沢登りのガイドが結構でていた。葛葉川、水無川、玄倉川…などという名前はその頃覚えた。中でも上級向きと書いてある玄倉川は何度も「夢に見た」。その時は丹沢には足を踏み入れたことさえなく、単なる妄想だが。
いずれにせよ、沢登りというものがあることを知り、非常に興味を持った。丁度その頃、「丹沢の山と谷」(東京雲稜会編)という本が出た(昭和43年)。これは「山」(尾根歩き)については全体の1/4程でごく簡略な解説しかなく、大半は沢登りの専門書である。まさにピンポイントで興味の中心に的中するものであり、近くの書店に並ぶとすぐに欲しくなり、数日間迷った挙句購入した。迷ったのは高価だったからではない-たしかに山小屋の宿泊料が300円の時の450円だから安くはないが。
実力に相応しない本を持つのが気恥ずかしい気がしたのだ。(考えてみれば私の人生は山に限らず、分不相応な本を買う連続だったような…)。
多少なりともこの本を役立てるのは数年後のことになる。しかし、沢登りへの妄想が亢進した結果、中3-高1の春休み、とんでもない事を仕出かすことになる。(続く)
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