駿河の阿野荘の寺という三浦義村のセリフは出ましたが、阿野時元の自決はナレーション(ナレ死というらしい)での結末でした。
私としては沼津市井出の大泉寺の館を追われ、砦である山居付近から逃走、山中での自決シーンを期待していましたが、三谷さんは実衣をターゲットにあててドラマを進めたようです。
しかし自決したという愚管抄の記録を採用していただき、長泉町五輪塔での自決が否定されたわけでなく、また山居砦説も依然生き続けているようでありがたく思っています。
ところで、この山居遺跡についてはある個人の方によって整備されており、大変ありがたく思っております。
日曜であれば入口の造成工事も休工になり、また森林組合が植林の道を整備しておりますので山居の見学は可能です。
長泉町五輪塔はハイキングコースとなっており水神登山口、森林公園登山口より2時間程度で訪れることができますのでぜひ行かれてみてください。
私としてはさらに確証を得るべく頼朝の足跡と北条時政の動向を調べ、阿野時元愛鷹山自決説を裏ずけるべく調べていきます。
山居院を整備してくれている方がいるのですね。ところで、今は産廃のところから普通に歩いて行ける、ということですか?いかがでしょうか。
平日は産廃手前の造成工事のトラックの出入りがありますので指示があれば従ってください。
日曜だけならハイキング気分で普段着でも行けるようになりましたね。
ありがたい事です。
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