羽後朝日岳 マンダノ沢遡行〜部名垂沢下降
- GPS
- 52:27
- 距離
- 30.1km
- 登り
- 1,689m
- 下り
- 1,693m
コースタイム
- 山行
- 7:17
- 休憩
- 0:36
- 合計
- 7:53
- 山行
- 6:21
- 休憩
- 1:02
- 合計
- 7:23
- 山行
- 4:34
- 休憩
- 0:00
- 合計
- 4:34
天候 | 12日:晴れ時々曇り 13日:晴れ 14日:晴れのち曇り |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2018年08月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
夏瀬温泉にも駐車場があり、こちらからもアクセス可。 |
コース状況/ 危険箇所等 |
堀内沢→マンダノ沢→上天狗沢の順で遡行し、羽後朝日岳に登頂。 登頂後は、部名垂沢左俣から下山した。 メジロアブが多く、林道や堀内沢下流では大群に纏わりつかれて不快だったが、 少し遡行するとアブは減り、特に気にはならなかった。 アブが多いと評判の渓谷であるせいか、お盆休みの最中でも人は少なく、 4日間、この流域で過ごしたが、その間、溪内で人に会う事は一度もなかった。 沢靴はアクアステルス系のラバーソールを使用。 堀内沢、マンダノ沢、部名垂沢での効きは良かったが、 上天狗沢では局所的に滑りが発生しており、足運びには気を使った。 ●堀内沢 八瀧沢・マンダノ沢出合まではほぼ平坦なゴーロが続く。 出合までの距離は長いが、とても景観が良く、ちょっとしたトラブルのせいで、 今回、この沢を2回歩く事になったが、全く苦にならなかった。 難所も無く、遡行は快適。下降も容易。 野営地が多数あり、魚影は豊富。 釣りにも良さそうな沢だった。 (むしろ、釣りの為にあるような沢?) ●マンダノ沢 出合を過ぎてマンダノ沢に入ると渓相が一変。 傾斜が強まり、巨岩帯と滝場が続く。 最初の滝らしい滝(10m滝)から斜上バンドの10m滝までは高巻きメインの 滝場が続き、体力面で結構ハード。 遡行ペースは途端に悪くなる。 ポイントとなる滝は、標高555m付近で現れる2段15m滝。 この滝は右岸の支沢から巻く。 滝の所から眺めると右岸には高壁が聳え立っており、かなりの大高巻きになりそう だが、高壁下部には弱点となる箇所があり、そこを通れば大きく巻かずに済む。 数歩が悪い箇所があり、今回はソロなのでフリーで通過したが、パーティならば ロープを出した方が良さそうだ。 次に控える12m滝も注意すべき滝。 今回は水量が少なかったので、水流左を登り、抜け口で水流を横断し、 右へと移って落ち口へと抜けたが、激しいシャワーとなるので少しでも 水量が増えれば突破は不可能。 その場合は右岸側の乾いた岩から巻けそうだが、見た感じでは状態が悪そう。 ここを巻く際は、ロープを出した方が良いと思う。 この2つの滝以外では、ロープが欲しいと思う場面は特に無かったが、 高巻きに失敗した場合を考えると、ロープは常に出せる状態にしておいた方が良い。 ロープ長は30mあれば、たぶん間に合う。 斜上バンドの10m滝を過ぎれば、渓相は穏やかになり遡行ペースは上がり、 体力的にも楽になる。 滝場を越えた先の標高770m付近には広々とした河原があり、野営に最適。 この河原の奥に流木で埋まった淵があったが、どうやらこれが蛇体淵のようである。 マンダノ沢のシンボルとして有名な淵らしいが、残念ながら大量の流木で 淵と小滝は埋まっており、かつての神秘性は失われていた。 野営適地は他にも点在しており、上天狗沢・下天狗沢の出合が特に良場。 沢から一段上がった樹林内に寝床があり、整地はされている。 初日の野営地は、ここを利用した。 尚、蛇体淵から上天狗沢・下天狗沢出合の中間辺りで熊に遭遇した。 8m程度の近距離遭遇で、熊鈴は付けていたが、沢音でかき消されて効果を 成さなかった模様。 ここだけでは無く、上天狗沢や部名垂沢では真新しいフンが転がっており、 どうやら、この辺の沢一帯は熊の生息地となっているようだ。 不幸な遭遇とならぬよう、気を付けるようにしたい。 ●上天狗沢 標高870m付近の出合を左に進むと上天狗沢、右は下天狗沢となる。 上天狗沢は下天狗沢よりも悪場が少ないそうなので、今回はこちらを遡行した。 (下天狗沢はゴルジュになるらしい。) 上天狗沢に滝は多いが、マンダノ沢と比べて登れる滝が多く、 沢登りとしてはこちらの方が楽しい。 滝は8m〜12m程度のものが多く、大滝クラスは存在しない。 中には登れない滝や難しい滝もあるが、いずれも巻く事が可能。 難解な巻きは無く、殆どは左岸を巻いて通過出来た。 巻きルートは概ね良好だが、一ヵ所だけ悪い巻きの滝があり、ハンマーバイルの ピックを多用し通過した箇所があった。 標高1110m付近で沢の水が枯れ、以降は藪漕ぎ。 最初は草系の植生なので容易に進めるが、1260m付近で沢型が消え、 植生が笹竹に変化し、ここから先の藪漕ぎが辛くなる。 笹薮を漕ぎつつ羽後朝日岳を目指すと、今度は灌木系も現れるので更に辛くなる。 今回は灌木帯を迂回する為、途中でルートを西北西に曲げて山頂を目指したが、 迂回したところで灌木帯は避けられず、結果は同じ。 真っすぐ山頂を目指した方が効率は良かったかもしれない。 標高1330m付近まで登ると湿原に出るので、そこまでが辛抱。 ●羽後朝日岳〜部名垂沢左俣下降点 羽後朝日岳から部名垂沢左俣下降点までは廃道が通っており、それを辿れば 大した藪漕ぎにならず、スムーズに下降点まで行ける。 廃道は稜線通しでは無く、稜線のやや西側へ付けられている。 道は不明瞭なので、途中で何度か道を見失うかと思うが、その際は西面側を 捜索すれば、たぶん道は見つかる。 目印は少しあったが、いずれも風雨で千切れており、あまり当てにはならない。 ルートを探しつつ、廃道を辿ると部名垂沢左俣の下降点へと辿り着く。 (下降点に目印あり) 尚、途中に右俣への下降点目印と思われる千切れたピンクテープがあったが、 右俣は左俣よりも難度が高く、懸垂下降の連続となるらしい。 右俣方向へは踏み跡が付いていないので、間違ってそちらへ向かう事は無いと 思うが、一応注意を。 ●部名垂沢(左俣) 下降点から沢まで明瞭な踏み跡があり、藪漕ぎなくスムーズに降りられる。 沢までのルートは急斜面でかなり滑るので、ピンソール等の滑り止めがあると 下降が安定する。 部名垂沢に滝は多数あるが、いずれの滝場にも最低限のロープが設置されており、 持参したロープを使用しなくても下降は出来る。 マンダノ沢を遡行出来た人であれば、困難な個所はまず無いだろう。 沢上部は急な滝場の下降が続くが、右俣との出合を過ぎると傾斜は和らぎ、 所々で野営出来そうな場所が現れる。 今回は標高770m付近の河原で野営。 整地する必要があったが、落石の危険は無く、多少の増水にも耐えられる。 部名垂沢は渓相が悪いので、マンダノ沢のような心地良い野営は期待できないが、 流木が多く、薪には事欠かない。 焚火好きには満足できる野営地ではなかろうか。 尚、部名垂沢は、かつては羽後朝日岳の登頂ルートとされていたようで、 現在でも、最も容易に登頂できるルートとして利用されているらしい。 だが、ルート内容としては完全に沢登りで、一般登山の範疇を越えている。 剱岳別山尾根等の鎖場ルートよりも遥かに難しく、危険である。 沢の心得の無い人が単独で入渓すれば、遭難するのは確実であろう。 |
その他周辺情報 | 夏瀬温泉で日帰り入浴可 大人一名:540円、日帰り入浴は15時まで。 レストランも営業しており、こちら営業は14時まで。 |
写真
装備
個人装備 |
Tシャツ
長袖インナー
タイツ
ズボン
靴下
グローブ
雨具
日よけ帽子
着替え
登山靴
ザック
サブザック
行動食
調理用食材
飲料
浄水器
コンロ
シェルター
シェラフカバー
エアマット
ガスカートリッジ
地図(地形図)
コンパス
笛
ヘッドランプ
予備電池
GPS
ファーストエイドキット
常備薬
保険証
携帯
時計
タオル
ナイフ
カメラ
ロープ30m
ハーネス
ヘルメット
ロックカラビナ
カラビナ
スリング
ロープスリング
ハンマーバイル
アングルハーケン
渓流シューズ(ラバーソール)
ピンソール
酒(S500・W500)
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感想
マンダノ沢は、和賀山塊の羽後朝日岳を源頭とする沢。
去年のお盆に遡行しようと計画した沢であったが、残念ながら去年のお盆は
東北地方の天気が悪く、中止となってしまった。
だが、今年のお盆は天気良好。
ロングルートの沢登りとなるが、11日〜14日の秋田・岩手方面は好天が続き、
絶好の機会である。
今回こそは、と思い立ち、2泊3日、予備日1日の計画で、
マンダノ沢の遡行を決行。
盆休み初日の11日に山形の自宅を出発し、秋田県の夏瀬ダムへと向かった。
初日の11日は少し雲があったものの、青空が広がり、絶好の沢日和。
スタート地の夏瀬ダム駐車スペースには関東ナンバーの車が一台止まっていた
だけで、入渓者は少なかった。
ダム管理場を出発し、林道を歩き、排砂門に到着。
そこから堀内沢へ入渓し、遡行を開始した。
行く手には、コバルトブルーの堀内沢が広がり、渓相はすこぶる良い。
これほど渓相が良く、且つお盆休みともあれば、さぞや多くの沢人が居るのでは、
と思われたが、人の気配は皆無で、先行者と思われる一筋の足跡が砂地に残るのみ。
こんなにも美渓なのに、なぜ誰も居ないのだろう?
と不思議に感じるが、その理由はすぐに判る。
この沢、とにかくメジロアブが凄い。
アブ達の最盛期を迎えているようで、堀内沢を進むと、いつの間にやら大群の
アブが寄ってきて、私の周囲を取り囲む。
その数はあまりに多く、もしこの状況がずっと続くのであれば、撤退も有り得る、
と思わせる程であった。
実際、あまりのアブの多さに撤退した、というパーティも過去にあったらしい。
一体どうなる事かと危ぶまれたが、しばらく進むとアブは減り、堀内沢の中ほど
まで進むと、アブは殆ど気にならなくなった。
アブが減り、代わりに目にするようになるのはトンボ達。
たぶん、トンボ達が駆逐するので、アブが減るのだろう。
御蔭で、その後の遡行は極めて快適。
澄んだ青が広がる堀内沢の渓流美、そして、渓を泳ぐイワナの姿を楽しみながら、
順調に奥へと進んでいった。
だが、朝日沢出合を越えた先でトラブル発生。
カメラのSDカードが故障し、書き込み不能となってしまった。
これは困ったどうしよう。
カメラは無くても遡行は出来るが・・・
和賀山塊を訪れるのは初めてであり、私にとっては記念すべき山行。
それを写真無しでは、あまりに寂しすぎる。
そして、レコに上げるにしても、写真無しで駄文が連なるだけの記録では、
上げる価値は無いだろう。
幸い予備日があるので、この日は撤退。
今日は下山し、町でSDカードを調達する事とした。
堀内沢を戻り夏瀬ダムへと帰り、一旦渓流を去る。
国道46号、田沢湖付近のローソンでSDカードを購入し、無事トラブルは解決した。
【1日目:8月12日】
さて、前段が長くなってしまったが、日を跨いで仕切り直し。
この日も天気は良く、昨日と同じく堀内沢を進み、八瀧沢・マンダノ沢出合に到着。
出合を左に進み、マンダノ沢へと向かった。
いよいよ、ここから先が本番。
堀内沢はほぼ平坦で滝は無かったが、マンダノ沢へ進むと、傾斜が一気に上がり、
厳しい巨岩帯・滝場が続く。
魚影が所々で見られ、思わず竿を出したくなってくるような淵も現れる。
だが、マンダノ沢は初見の沢であり、この先には通過できるか不安に感じている
箇所が幾つかある。
余裕こいて釣りなどしていたら、後で困った事になりかねないので、
ここは我慢し、滝場の通過に集中した。
最初の滝、10mは右岸の岩壁から容易に突破出来た。
だが、その次の2段15m滝。
これには悩んでしまう。
登る事は出来る滝の様だが、上部が嫌らしいと記録にはある。
登攀ルートを眺めてみるが下部は行けたとしても、確かに上で詰んでしまいそうな
雰囲気がある。
下手に手を出さない方が無難であろう。
滝の登攀は諦め、定石通りに右岸の支沢から巻く事にした。
だが、この滝、巻けるのだろうか?
滝の右岸には高壁が聳え立っており、もし、ここを高巻くとしたら、
相当な大高巻きになりそうである。
100m以上高度を上げて、高壁を乗り越え、100m以上下降して沢へ降り立つ、
そんなとんでもない高巻きになるような予感がするのだが…
不安なところであるが、これまで多くの人が高巻いているのだから、
自分にも可能なはず。
先達者の記録を信じ、高巻きへと取り掛かった。
大高巻きになる、と思われた2段15m滝の巻き、であったが、
それは意外と容易であった。
高壁下部には弱点となる箇所があり、そこを通れば高壁最上部を乗り越えなくても
沢の上流側へ抜ける事が出来るようになっていた。
数歩が悪い箇所はあったが、それほど時間をかけず滝を通過する事が出来た。
こうして、無事2段15m滝を通過できたが、その次の12m滝もなかなか厄介。
この滝は右岸から巻けそうだが、ロープを出さないと危なそう。
なので、水流左から直登したのだが・・・
抜け口が激シャワーで、一見抜けられそうにない。
だが、恐る恐る水流に手を突っ込み探ってみると安定した足場が有る。
そこに足をかけ、対岸の岩を掴み、全身突っ張らせればなんとか行けた。
横断の瞬間、ザックに激しい水流を受け、かなり緊張させられたが、
無事、落ち口まで登り詰め、一安心。
全身ずぶ濡れになり、ザックも水を吸って重くなってしまったので、
落ち口付近で水払いをしてから再出発した。
その後は特に困難な個所は無く、遡行は順調。
時間が遅くなってきたので、野営予定地の蛇体淵はまだかと思いつつ、
先へと進む。
しかし、進んでも、進んでも、蛇体淵と思える淵には辿り着かない。
これはおかしい、と思い、GPSを見てみたら、蛇体淵があると思われる個所を
とっくに通り過ぎていた。
( ゜Д゜)ハァ?
これには面食らった。
蛇体淵は、マンダノ沢のシンボルとも言える神秘的な美しさを持った淵で、
私は実物を見たことは無いが、写真では何度も目にしている。
その印象的な淵を、見逃すはずがない。
・・・いや、まてよ。
そういえば、途中に大量の流木で埋まった荒れた淵があったな。
今思えば、たぶんあの荒れた淵が蛇体淵だったのだろう。
なんという事だ。
今回のマンダノ沢で最も楽しみにしていたのが蛇体淵だったのに、
それは荒れ果てており、更には気付かず通り過ぎてしまっていたとは。。。
悔やまれるところであるが、ここまで来てしまったからには仕方ない。
ここからあと500mも行けば、上天狗沢・下天狗沢出合となり、
そこにも良い野営地がある。
今夜の宿はそこにする事とし、先へと進む。
が、悪い事は続くものである。
少し進むと、大岩が転がるゴーロとなり、そこを通過していると、
大岩の影から真っ黒な足が見えた。
・・・おるな。
今度は熊である。
熊との距離は8m程度で、ずいぶんと近い距離で遭遇してしまった。
熊鈴は一応鳴らしていたのだが、周囲には沢音が鳴り響いており、
鈴の音は効を成さなかったようである。
幸い熊はこちらに背を向けており、私に気が付いていない。
だが、あまりに距離が近いので、ここで熊に気付かれたら襲われかねない。
熊鈴を消音状態にし、ハーネスのガチャ類を手で押さえて音が鳴らないようにし、
隠密モードで、ゆっくりと熊から遠ざかる。
熊は上流方向を向いていたので、見つからぬよう下流へと移動し、距離を取った。
50m程距離を取り、熊を観察してみるが、どうやら沢で餌を探している模様。
地面の匂いを嗅ぎながら、ゆっくりと上流に向かって歩いており、
なかなか沢から離れてくれない。
こういう時、一般登山なら撤退すべきなのだろうが、沢だとそうも行かず。
ここまで来るのに滝場を通過しており、蛇体淵まで撤退するにも容易では無い。
ここは追い払うか。
ザックから、行動食の入った袋を取り出す。
そして、ハンマーバイルを振り上げ、傍らの大岩を思いっきり叩いた。
甲高い打撃音が沢に鳴り響き、熊はこちらに気付き、振り向いた。
熊との距離は十分に離れている。
この距離ならば刺激は少なく、正常な熊であれば、襲ってくる事はまず無い。
だが、人間でいうところのサイコパスみたいな異常な攻撃性を持った熊や、
人を襲う事を覚えた奇行種だったら、そうとも言えず。
だから、もし、襲ってきた場合は、行動食の袋を放ってオトリとして逃げる、
という算段である。
振り向いた熊と目が合い、しばし、気まずい沈黙が流れた。
決して視線は逸らさずに、
駄目押しでもう一度岩を叩いて音を鳴らすと、熊の方から視線を逸らし、
そして、右岸の藪の中へと去って行った。
ふぅ、やれやれだぜ。。。
これまで沢で何度か熊に遭遇した事はあるが、何度経験しても気持ちの
良いものではない。
無事、追い払えたとしても、彼らの生息域を荒らしているような、
嫌な感じの罪悪感を感じるからである。
何はともあれ、また沢に降りて来られては困るので、その後は度々ハンマーで
岩を叩きながら、溪内に音を響かせつつ、上天狗沢・下天狗沢出合の野営地へ
と進んで行った。
色々あったが、無事、上天狗沢・下天狗沢出合に到着。
まだ近くに熊が居るかもしれないので、出来る限り焚火は盛大に行った。
狼煙の如く煙を焚いて、野営地周囲を煙まみれにする。
熊は基本的には煙の匂いを嫌う(タバコの煙も嫌うらしい)ので、
熊避けの意味を込めて、焚火を行った。
干してある衣服にも煙を塗して匂いを付けた。
御蔭で、翌日は煙臭い衣服の匂いに顔をしかめつつの遡行となるのだが、
まぁ、再び熊と遭遇するよりはマシであろう。
激動の一日、という印象が強かったが、夜は穏やか。
その後は何事も無く。
無数の星が瞬く満天の星空の元、静かにマンダノ沢の夜は更けていった。
【2日目:8月13日】
猛暑日が続いた今年のお盆。
それでも尚、沢の朝は寒かった。
シェラフを持たず、シェラフカバーだけなので寒さに耐えきれず、朝4時頃には
目が覚めた。
昨夜は遅くまで焚火をしていたので、もう少し寝たいところだが、こうも寒くては
二度寝が出来ず。
しばらくテント内で寒さに耐えつつ、日が昇るのを待つ。
今日も天気は良く、絶好の沢日和。
だが、今は沢歩きよりも二度寝がしたいものである。
5時を過ぎるとすっかり日は昇り、陽射しが渓内に入ってきて気温が高まり、
ようやく寝れそうな位に暖かくなったので、出発を後らせ二度寝する事にした。
今日の行程はそれ程長くないので、8時位に出発すれば良いだろう。
1時間ほど惰眠を貪り、その後に出発、なんて考えていたのだが…
目が覚めたら8時をとうに過ぎていた。
慌てて朝食、荷物の撤収を行い、出発したのは9時半頃。
予定よりも1時間以上遅れての出発となってしまった。
上天狗沢・下天狗沢出合を出発し、左俣の上天狗沢へと進む。
上天狗沢へ入って直ぐに8m滝が架かり、そこからしばらくは滝場が続いた。
滝の数は多かったが、上天狗沢はマンダノ沢と比べると登れる滝が多く、
沢登りとしてはこちらの方が楽しい。
ソロという手前、巻きメインで進んでいったが、難しい巻きは殆ど無し。
訪れる人が少ないせいか、明瞭な踏み跡は殆ど無かったが、巻きルートに悩むような
個所は殆ど無かった。
昨日歩いた堀内沢、マンダノ沢と同じくコバルトブルーの美しい水流が続き、
上天狗沢も渓相は良い。
2日続けてこのような美しい水流を進めるのは沢屋冥利に尽きる、というもの。
気持ちよく滝場を通過し、源頭へと進んでいった。
だが、楽しい遡行はいつまでも続く訳では無い。
標高1110m付近で沢の水は枯れ、そこから先は藪漕ぎ。
ここからは苦行の行程となった。
始めは草系の藪で、容易に掻きわけて進むことが出来たが、標高1260m付近で
沢型が消え、植生は、密に生えた笹薮地帯へと変貌した。
この笹薮が強烈で、バリケードの如くびっしりと生えており、なかなか先へ進ませて
くれない。
東北の沢は大抵最後はこのような藪漕ぎとなるのだが、この日は猛暑日、
しかも、この羽後朝日岳は1300m程度の標高しかないので、とにかく暑さが堪える。
源頭で満タンにした水筒の水がみるみる減ってゆき、進路上には灌木系の更に手強い藪が
現れ始め、絶望的な気分になってくる。
5m先へ進むだけでも激しく体力を消耗し、このペースでは羽後朝日岳山頂に着くの
はいつになるのか、不安になってくる。
山頂に着く前に、水と体力が尽きてしまうかも・・・
終わりの見えない藪漕ぎがしばらく続き、焦燥感を募らせる。
そんな中、励みとなるのがトンボの姿。
ゆっくりと藪の中を進むと、少しづつであるが、宙を舞うトンボの姿が増えてくる。
トンボは、主に湿原地帯をテリトリーとする。
つまり、トンボが増えてくる、という事は湿原が近づいてきている、という事である。
羽後朝日岳直下には広大な湿原地帯が広がっていると言う。
そこまで行けば、藪漕ぎから解放される。
更に数を増していくトンボの姿に励まされながら、灌木を漕いで、時には木を登って
越えたりしながら先へと進んで行った。
そして、遂に湿原に到着。
そこには無数のトンボが飛び交っており、所々には花が咲いており、
その光景はまるで楽園のように思えた。
花の最盛期は過ぎており、ニッコウキスゲの群生は見られなかったが、それでも尚、
ここまでの辛い行程を思えば価値のある光景である
南方へ視線を移せば、そこに見えるのは和賀山塊の盟主、和賀岳。
標高1400m、とあまり高い山では無いが、その見事な山容にしばし目を奪われた。
藪を抜けた事で安心し、湿原で大休止した後は、いよいよ羽後朝日岳へ。
心地好い花畑の湿原を登り詰め、その頂へと到達した。
羽後朝日岳は登山道が失われた山であるが、その山名板は今でも健在。
質素な山名板ではあるが、ここに至るまでの壮大なルートを思い返すと胸が熱い。
「堀内川源流地点」と山名版には書かれており、それがまた良い。
長大なる堀内川を歩き切ったのだ、という満足感を大いに掻き立てられる銘文だ。
飯豊山、大朝日岳、鳥海山、等々、今年に入って色々な山へ登ったが、
そのどれよりも深い満足感を抱かせる登頂であった。
それにしても、気持ちの良い山頂である。
山頂周囲一帯には花咲く湿原が広がっており、花の最盛期は過ぎている、とは言え、
それでも十分に見応えがある光景である。
これ程見事な花畑が広がる山頂は、東北広し、と言えど、滅多に無いだろう。
その光景から去り難く、山頂にはテントが張れそうなスペースがあるので
「今日はここで一泊しようか。」等と思ってしまう位である。
だが・・・
残念ながら、ここでは焚火は出来ないよなぁ。
それに、ここまでの藪漕ぎで水は殆ど飲み尽くしていたので、野営するにも水が無い。
やはり、沢へ降りるしかないな、と後ろ髪惹かれるような思いで羽後朝日岳を後にする。
下山ルートの部内垂沢へ向かうべく、山頂を後にし稜線を北上。
部名垂沢左俣への下降点へと歩を進めた。
羽後朝日岳を後にし、稜線上を進むと、再び進路上には藪が現れ、進むのが困難に
なった。
あれ、おかしいな?
羽後朝日岳から部名垂沢下降点までは廃道が通っている、と参考にした記録には
あったのだが・・・
稜線上は藪で覆われ、廃道らしきものは見られない。
まさか、年月が経った事で廃道は完全に消失してしまったのではあるまいな?
また藪漕ぎになるのか、と思うと気が重い。
行き詰まってしまったので、振り返り羽後朝日岳を眺めてみると・・・
その稜線を西側に反れた場所に廃道らしきラインが見えた。
ああ、なるほど、そういう事か。
稜線上では無く、少し西側に廃道が走っているのか。
その事に気が付いたので、稜線の西側を捜索してみるとビンゴ。
廃道が見つかり、後はその廃道を辿る事で容易に部名垂沢下降点へ行き着く事が出来た。
稜線から部名垂沢へ続く踏み跡を下るとやがて沢型へ辿り着き、更に下ると水が
現れ、それと同時に滝が出現。
大滝クラスの滝ではあったが、右岸の藪の中にトラロープが設置されており、
それを使用する事で懸垂下降することなく下降が出来た。
その後も落差の大きい滝場が続いたが、最低限のロープが設置されている状態なので、
特に困難な個所は無く、順調に下降は続いた。
この部名垂沢、設置されているロープの御蔭で急な滝場も困難なく下降は出来る。
だが…
とにかく、見所の無い沢である。
これまで歩いて来た、堀内沢、マンダノ沢、上天狗沢、
何れも水流が美しく、見とれてしまうようなスポットが多々ある良渓だったのだが、
部名垂沢に至っては皆無。
一応、沢なのでそれなりに危険な個所は存在し、沢登り感はあるのだが、退屈である。
部名垂(へなたれ)とは珍妙な名前であるが、まさに名前の通り、
という印象を受ける沢であった。
時間も遅くなってきたので、早く野営地に辿り着きたいところであったが、
上部は急な沢地形が長く続くので、適地は中々現れず。
右俣との出合を過ぎたところで傾斜が緩み、標高770m位まで高度を下げたところで、
ようやくテント一張り出来そうな高台を見つけたので、そこを2日目の野営地とした。
渓相はさっぱりで、魚も見かけず、殺風景な野営地である。
だが、流木が多いのは嬉しいところ。
御蔭で盛大に焚火が出来きて、最終日という事で持参した酒も飲みつくす必要がある。
当然ながら、その日も遅くまで焚火をする事となり、深夜0時コースまっしぐら。
最終日の夜も天気が良く、昨夜と同じく空には満天の星空が広がる。
そして、時折流れる流星を数えながらの、楽しい野営となった。
つづく
コメント
この記録に関連する登山ルート
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Luskeさん、おはようございます。
しばらくご無沙汰していました。自分もこの夏数回沢の遡行をしてきましたが、秋田にもあんなにワイルドな沢があるのですね!熊遭遇にもハンマーバイルで岩を叩いて脅かして対応.....見事でした。爆竹を連発で鳴らすという作戦もあります。奴らは銃を怖がるので、それも1つの方法です。
羽後朝日岳から部名垂沢を下降するというのも凄いアイデアです。沢を下降するというのは自分の発想の中にないので、いざというときの参考になりました。
秋田の山中ソロで2泊3日の沢遡行、大したものです。どうもお疲れ様でした。
hareharawaiより
今回訪れた羽後朝日岳、とてもワイルドな山域でした。
登山道が無い山なだけに自然の色が濃厚で、そんな中で3日も過ごせば悟りでも開けそうな気がしてきます。
その分、熊も多く生息しているようで、今回の遭遇にはヒヤリとさせられました。
今回はハンマーで追い払いましたが、なるほど、爆竹は良さそうですね。
万が一の時の保険として、今度持参しようかな、と考えております。
沢を下降するのは登るよりも難度・危険が高いですが、今回利用した部名垂沢であれば、
要所にロープが設置されていますので、比較的容易に下降出来ます。
(と、言っても普通の登山道より遥かに危険ですが・・・)
部名垂沢は見所が無い沢なので退屈な感はありましたが、羽後朝日岳からの下山ルートとしては最も容易で安全なルートなので、有難い沢です。
沢登りは基本、登り一方通行なので、沢を下降する事はあまり無いかもしれませんが、
下降の名ルート、というものも存在します。
この辺の沢ですと、葛根田川の明通沢が、沢下降の名ルートだと私は思います。
葛根田川を遡行し、明通沢を下降して周回するルートなのですが、
メインの葛根田川遡行以上に、明通沢の下降が楽しいです。
関東からは遠い山域なので、なかなか訪れる機会はないかと思いますが、hareharawaiさんにも訪れて頂きたく思う名渓です。
今回のマンダノ沢と共に、葛根田川〜明通沢も、是非オススメしたく思います。
ようこそ!
遅まきながら・・ではありますが、地図や和賀山塊の本を眺めつつ、じっくりと拝読しました。続きも楽しみにしていますよ
自然度の高い和賀山塊を味わい尽くすには、やっぱり沢なんだなあ・・
素晴らしい、そして羨ましいです。
志度内畚は「しとないもっこ」でいいと思います
羽後朝日岳、ようやく訪れる事が出来ました。
堀内沢、マンダノ沢、上天狗沢、いずれも素晴らしい沢でして、
今回の遡行で、和賀山塊の魅力を存分に味わうことが出来ました。
(部内垂沢は・・・、ちょっとコメントに困りますが)
水流の美しさが特に印象的で、このような美しい渓流美が存在する山塊は、
国内でも数少ないでしょう。
今回初めて訪れた山域ですので、大きな事は言えませんが、
やはり、この山塊を味わい尽くすには沢だと、私も思います。
ですが、積雪期も気になるところで、以前、kamadamさんは残雪期に大縦走してましたね。
沢だけでは無く、羽後朝日岳の山頂から眺める稜線も、今回強く印象に残った光景で、
kamadamさんが歩いたルートを、私も歩いてみたいという気持ちが強く湧きました。
志度内畚、「しとないもっこ」、読み方教えて頂きありがとうございます。
今の時期、その山頂を踏むのは難しいですが、雪の残る時期であれば・・・
そんな事を考えながら、志度内畚を眺めておりました。
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