一乗寺川遡行〜瓜生山〜地蔵谷〜てんこ山西尾根〜曼殊院へ


- GPS
- 02:18
- 距離
- 6.6km
- 登り
- 514m
- 下り
- 511m
コースタイム
天候 | 曇り |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2020年07月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
|
コース状況/ 危険箇所等 |
今回のコースはほとんどは一般登山道なし 一乗寺川本流は沢の遡行であるが、水量は少なく登山靴で十分に歩行可能 地蔵谷は踏み跡があるが、しばし不明瞭。また倒木により谷は荒れている。 てんこ山西尾根の古道はマウンテン・バイクの人気コースになってしまっているので通行は要注意。 |
写真
感想
この日は午後からネット会議の予定があるので、午前中に家の近くの山行を考える。瓜生山に端を発し、その北麓を流れる一乗寺川の遡行と瓜生山の東麓の地蔵谷を遡行する山行を考える。アプローチは武田薬品の農場からのスタートとなる。普段は坂端林道の入口まで車で入るのだが、この日は曼殊院まで家内が車で送ってくれる。
武田薬品の農場を過ぎて一乗寺川の細い流れに沿った林道に入るとすぐに二俣の分岐に至る。肝心の本流沿いの林道の入口は倒木で塞がれているが、前回はこの倒木に惑わされて左手の支谷に入る林道を辿ってしまったのだった。倒木を潜って先に進むと沢沿いには意外にも歩きやすい道が続く。周囲は植林ではあるが、樹高の高い檜の木が多く、広々とした林が広がる。地図では一乗寺大谷と記されているので、谷の名称を大谷というのだろう。
ここで写真を撮ろうとしてコンデジを取り出すとどうやらレンズの曇りが取れない。昨日の雨の山行で濡れてリュックの中に入れておいたのが災いしてしまったようだ。
林道を塞ぐ倒木があるので、花崗岩の砂礫が堆積した沢の中を歩いてみる。堰堤が現れたところで林道は終わる。左手の谷との間にはなにやら張り紙がある。近づいてみると、動物を捕まえるための罠が仕掛けられていたので撤去したとのこと、心当たりのある方は連絡を・・・と書いてあるが、その連絡先はどうやら警察らしい。罠を仕掛けた主がわざわざ自首するものだろうか。
先に進むと谷は急に狭くなり、ゴルジュ状となる。花崗岩の砂礫が堆積した沢は水通しに歩くのはさほど困難はない。沢の奥でもう一つ堰堤が現れた。堰堤を左岸から越えるとここでも左手から合流する支谷がある。右手の本流に進むと落差の少ない滑滝が現れる。
源頭部が近くなると谷は二俣に別れる。右俣は下生のない植林のすっきりした谷だが、谷奥に壁のような斜面が見えている。左俣はイワヒメワラビが繁茂する明るい谷だ。二俣の間の小さな谷から左岸の尾根に登ることにする。けもの道を辿って尾根に登ると、歩きやすい自然林の尾根となり、登りつめると瓜生山の山頂のすぐ北東に出る。
瓜生山の山頂でコンデジを取り出してみると、いつの間にかレンズの曇りが取れており、山頂の写真を撮ることが出来る。お陰で、ここからはスマホのバッテリーの残量を気にせず写真を撮ることが出来そうだ。
瓜生山からは白鳥山の方に向かうと最初のコルで谷から上がってくる京都一周トレイルの旧道と合流する。次のコルに達すると右手になだらかな源頭が現れる。地蔵谷の入口に下降する谷の源頭だ。自然林の源頭を下降するとイワヒメワラビの草原の間に苔が広がるようになる。奥貴船や雲取山はともかく、瓜生山でこのような美しい谷相の源頭の光景に出会えるとは嬉しい誤算であった。
やがて谷が狭くなり、傾斜もきつくなり始めたところで、小さな社殿の前に出る。階段伝いに下ると護摩壇が現れる。その奥の小さな社殿の中にはなんと、線刻による不動明王の磨崖仏があるのだった。京都に三十年以上住んでいて、石仏ファンであるつもりであったが、この不動院の磨崖仏をこれまで訪れたことがなかったというのはなんとも不覚という他ない。しかし、この不動明王の磨崖仏の存在はほとんど知られていないようだ。階段を降りてみると不動温泉の入口とある。果たして本当に営業しているのかどうかすらわからないような温泉だ。まさかこの奥に不動明王の磨崖仏があるとは誰も思わないだろう。
不動温泉を後にするといよいよ地蔵谷へと入る。不動温泉のすぐ右手に林道の入り口があるのだが、これがまた建物の駐車場のような感じで、知らなければまさかここが地蔵谷に入る林道とは到底、予想だに出来ないだろう。
林道を辿って谷に入ると、その狭い入口からは想像できないほど広々とした谷が広がっている。谷が右手に向かって大きく湾曲すると、その先に大きな堰堤が現れる。どうやら林道はこの堰堤を建設するためのものであったようだ。堰堤で林道は終わり、堰堤を越えるとここでも花崗岩の砂礫が堆積した沢となる。
自然林の広々とした谷の渓相は予想以上に美しく、一眼レフを置いてきてしまったことを悔やむ。谷を奥に進むと右岸に苔むした石垣が現れ、道の古い歴史を無言で物語る。この地蔵谷の道がかつては滋賀県側の無動寺に登拝するための要路であったことをnagaikazuさんに教えていただいたことを思いだす。この谷を流れる川は無動寺川と呼称されることもこの道の歴史と関連しているのだろう。
谷を上流に辿るにつれ徐々に谷幅が狭くなり、沢には小瀧が現れる。沢には倒木も増える。普段辿るバリエーション・ルートに比べればこの程度の倒木はものの数ではないと高を括ってはいたものの、谷の上流部になると流石に密集する倒木に厭気がさしてくる。石鳥居も近づいてきたところで右岸の斜面に上がると古道が現れる。「三十五丁」と刻まれた丁石が紛れもない道の古さを物語っている。無動寺詣のための古道なのであろう。
古道はすぐにも石鳥居の間に出る。当初は花ヶ谷か黒目ヶ谷を遡行するつもりでいたが、気温が上がってきたせいだろうか、あまりの蒸し暑さに閉口し、このまま下山することにする。てんこ山西尾根の古道は地図に載っておらず登山者が少ないことが災いしたか、マウンテン・バイカーにすっかり人気のルートになってしまったコースではあるが、この日は流石にマウンテンバイクの気配が感じられないので、この古道に入り、坂端林道目指して下ることにする。
自転車の轍を見ながら古道を辿るとすぐにも坂端林道に着地する。曼殊院までは再び家内が迎えに来てくれたので、久しぶりに曼殊院を訪れる。寺に入る前に足元を確認するとなんと靴下には吸血して黒々と膨れ上がったヒルがへばりついているのだった。
気を取り直して院内に入ると、庭園に面した書院には驚くほど心地よい涼気が満ち溢れている。美しい枯山水の庭園の奥では半夏生(ハンゲショウ)が花のような白い葉を誇らしげに見せている。
曼殊院を後に市街に入ると一気に蒸し暑い空気に包まれる。つい今しがたまでいた世界が別世界であったことを思い知るのだった。
コメント
この記録に関連する登山ルート
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Yamaneko0922さん、こんにちは。
一乗寺川大谷の遡行記録拝見しました。あの谷は、あれだけ雨が降っても水かさはあまり増えないのですね。Yamaneko0922さんの写真をみるかぎり、5月に私がたどった時と比べて、さほど水量がかわらないように思います。だとすると、曼殊院側から白鳥山や瓜生山に登る谷沿いルートとして、もっとみなおされてもいいかもしれません。
京都一周トレイルから地蔵谷の不動院に降りるルートがあるのは、ヤマレコの古い記録を見て知っていましたが(私自身は歩いたことはありません)、尾根をたどるのだとばかり思っていました。谷沿いにも下れるのですね。5月に白鳥山南尾根を下った時に、尾根の入り口で迷ってルートをさがしましたが、Yamaneko0922さんのこの記録を見て、その時に見た谷の源頭の記憶を思い出しました。たしかに魅力的な源頭部でした。
地蔵谷から石鳥居にいたる古い参拝路は数年前に歩きましたが、由緒ある古道が無残なかたちで朽ち果てていくのは、残念です。谷沿いの道は、比較的しっかりしていても、林業の衰退によって管理の手が入らなくなってしまったところでは、いったん荒れると、加速度的に悪くなるようです。まだ、尾根道のほうがましですね。
nagaikazuさん ご丁寧なコメント有難うございます。まず今回の山行のきっかけになったのもnagaikazuさんとのメッセージやコメントの応答であり、感謝申し上げます。
>谷沿いルートとして、もっとみなおされてもいいかも・・・
仰る通りですが、nagaikazuさんも辿られた時に谷が狭いゴルジュ状になったところで、沢の中を歩かれたのではないでしょうか?難易度は高くはないと思いますが、一般的なルートになりにくいかと思います。
>たしかに魅力的な源頭部でした
短い区間なのですが、この谷の源頭は実に美しいところだと思いますし、下から辿るのもいいと思います。この界隈でこのように美しい源頭は私は他には大文字山の幻の滝のあたりくらいしか知りません。
>由緒ある古道が無残なかたちで朽ち果てていくのは・・・
実に忍びないですね。最後の倒木集中地帯を通過するのは気合が必要です。でもここは家内を案内したいとも思うところで、季節を変えて訪れたいと思います。秋や冬、ヒルが出現する前の新緑の季節の情景も気になるところです。
梅谷や雲母坂は通ったことがありますが、このエリアは未踏エリアなんです。てんこ山の檜の回廊もいい感じですね。不動明王の磨崖仏もあるとか。
捕獲罠が仕掛けられていたのですか? 撤去されていたとのことですが危ないですね。トラバサミじゃないとは思うんですけど…
曼殊院は、新コロナ禍の拝観規制は無かったんですね。でも人は少なかったよう。
綺麗なお庭ですね。感性が乏しい私には鶴島の五葉松は鶴に見えないんですけどね。
今回初めて?コンデジが登場していたような。雨の日用に買われたのかな?
比叡山の西側、南側斜面の多くの尾根はいずれもバリエーション・ルートとして登り降り可能であり、しかも尾根や沢沿いには古道が通じているところが多く、歴史の深さを感じさせるところが多いのも魅力だと思われます。
>不動明王の磨崖仏
滋賀や奈良には古くから磨崖仏の石像文化が発展したのですが、なぜか京都では発展しなかったんですよね。磨崖仏があると各所で立ち寄るのですが、ここに磨崖仏があるとは驚きでした。
>曼殊院は、新コロナ禍の拝観規制は
そうなんですよ。拝観時間の制限はあったようなんですが、緊急事態宣言のさなかにも来訪できる貴重な寺院の一つでした。
>鶴島の五葉松は鶴に見えない・・・
誰も見えないでしょう。
>今回初めて?
いえ、以前から山行には一台が故障した時のために二台、携えていくことが多いのですが、トレランの時は軽量化のためにコンデジのみということが多いです。実は今回も石鳥居からトレラン・モードに切り替えて比叡山の南斜面のどれかか比叡アルプスを辿るつもりがそこまででかなり時間を消費したのと蒸し暑く感じられて、早々に下山したのでした。
コンデジの1台目は以下の山行で水没して、今のは二台目なのです。ののさんのコメントがありますが、ののさんの復活したコンデジはお元気でしょうか?
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1705952.html
山猫さん、いつもご丁寧にご説明ありがとうございます。
磨崖仏と言えば金勝アルプスの 狛坂磨崖仏が思い浮かぶんですが、京都には発展しなかったのですね。なるほど。
よく行く比良にある「天巧磨崖仏」は自然にできたものとかでこれは違うか… 信楽へ行く道すがらの「富川磨崖仏」は一見の価値ありですよね。すごくおおきな磨崖仏で、たしかライフル射撃場の近くだったかと。他にも色々とあるんでしょうね。
鶴島の五葉松は、鶴を表現してあるということですが視覚的な話じゃないですものね。感性の話じゃなくてそれ以前の話でした。
コンデジは以前からお使いだったんですね。いつもE-M5 Mark IIお使いだったもので、初めて型番を見たような気がしてしまいました。アクシデント用の2台持ちだったんですね。
私はE-M10 Mark IIを買うまでは、ご指摘のコンデジを使っておりました。例の谷にドボンしたやつですが、今でも健在で使えておりますよ。ミラーレス一眼を重たく感じてしまう気分の時は代わりに持って行くんですが、25mm〜600mm対応なんで使い勝手がいいんですよね。でも茶色系の発色や暗めの場面に画像が荒れるので、M10の方が少しだけですがマシな感じです。
日記で書いておりました14-150を買いましたのでメインはM10を使い、サブ機に防水カメラを持って行こうかなと考えております。仕事で使っていたFinePix XPが防湿庫に入ったままになっていたので、これは使えるわと引っ張り出してきました。
光学機械類は防湿庫に入れておくともちがいいですね。40年以上前のニコンも健在です。そうそう、ドボンしたやつも巧いこと乾燥してくれましたしね。
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