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記録ID: 288441
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アルパインクライミング
谷川・武尊

春の一ノ倉沢55年前の南稜の初登攀

1957年04月04日 〜 1957年04月09日
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sptaka その他1人
GPS
127:00
距離
52.3km
登り
5,078m
下り
5,080m

コースタイム

4/4 一ノ倉沢 東尾根
4/5 一ノ倉沢 一、二ノ沢中間稜
4/6 コップスラブから一ノ倉尾根末端峰
4/7 芝倉沢スキー
4/8 一ノ倉沢 南稜 積雪初登
4/9 下山
アクセス

感想

春の一ノ倉沢 昭和32年(1957年)4月4日〜9日 立田実
 (注=立田実さん1937~1982 肝炎で病死 の幻の記録の一つである。しかも19歳の少年時代の記録だ。
谷川岳の登山史で、積雪期の一ノ倉南稜は誰が初登なのかと話題になったのが、この立田氏の四月の南稜登攀である。4月は積雪期に入らないという理由で、翌年の3月に登攀した南博人さんの記録が残る。
 しかし春の単独初登とは、豪快な登山だ。一週間ほど一人で土合に入って、毎日登っていた。途中水上や湯檜曽に下りて居酒屋で息抜きしても、また土合のテントに一人戻るという、その登山姿勢も図太いものだ(湯檜曽までは列車で移動するが、水上までは歩けた)。いくら山好きとはいっても、こうなると半端な登山ではない。記録を再現した。カッコ内は筆者の注釈を入れた)

(4月4日 一ノ倉一ノ沢から東尾根〜西黒尾根下山)
ループトンネルに入ったなと思いながら、うとうとしているうちに、土合駅に着いた。二日前に四国の山旅から帰って来たばかりのせいか、辺りが真っ白なのに驚く。やはり上越は雪が多いなと感心する。荷を駅に預け、サブで5時出発する。
 例年より雪は多く、駅の辺りで1mほどある。ワカンを付けて旧道を進む。今日は一ノ倉の状態を知るために、比較的容易な一ノ沢から東尾根に向かう。マチガ出合いで小憩する。天気はよく稜線は眩しいほど白い。前方の白毛門は真っ白な中にも、さすがに春の色が濃く、デブリの跡がみられる。歩きにくい雪の上を7時一ノ倉出合いに着く。不気味な岩壁が私を見下ろす。一点のガスもなく、晴れ上がっている。雪の白と岩の黒がよく調和している。雪は腐って歩きにくい。
 コップ、衝立スラブからのデブリが、一ノ沢出合まで来ている。7時半、アイゼンに替え一ノ沢を登り始める。沢内はデブリの跡もない。潜りながら登る。右股を見ながら振り返ると、一ノ倉の尾根の上に幽ノ沢右股が望見された。雪面を喘ぎながら登り、9時シンセンのコルに着く。朝飯を食い、東尾根に登攀を開始する。一ノ倉沢側にトラバース気味に進む。ベタ雪でブクブク潜り、ものすごく急な斜面をダイレクトに登りだす。汗だくになる頃、マチガ沢が見下ろせた。岩が所々に出ていたが、アイゼンのまま行く。潜り気味の主稜を登る。この辺り雪庇のため、気をつけながら登行する。一ノ倉本谷など見ながら行く。二ノ沢の右股上部の急な雪面をトラバースして、十分ほどで巨大な雪庇に塞がれた。谷川嬢に嫌われることを避け、マチガ寄りにステップを切る。そおっと切るが黙っていたから手を雪に力一杯入れ、ヘゲしてヘゲるかとばかりに、強引に1時に這い上がる。越後の山が見える。
 1時半オキを後に、西黒尾根を下山する。雲ひとつない天気だ。尻セードで左右にそれながらも快適に下る。憬雪小屋(けいせつこや=ラクダのコルにあった)は雪の下に埋まって見えない。鉄塔よりストレートに、西黒出合まで滑る。3時駅に着き荷を受け取る(土合駅には駅員も常駐して、荷物預かりも行っていた)。七輪、練炭まで入っているから重く、堰堤付近の小屋の前に(白毛門登山口の駐車スペース辺り)、ツエルトを張る。

(4月5日 一ノ倉沢 一・二ノ沢中間稜)
 トンネルから出てきた解放されたような汽車の汽笛に起こされる。天気は上々だ。スキーで湯檜曽川沿いの、のどかな流れの淵を進み、9時新道出合着。沢の中をゆっくりと登り、9時半一ノ沢を過ぎたところで、左の斜面にスキーをデポする。ワカンで本谷内部に入る。本谷には二本のシュルンドが走っている。滝沢下部は完全に埋まっている。二ノ沢はデブリの跡が全然見られなかった。「魔の岩壁」の感十分である。2時間ほどで偵察を終える。
 飯を食い、11時半夏にヒョングリを巻くために登る左の小尾根に入る。雪は相変わらずベタベタでブクブク潜りながら登る。左から急カーブしている小さな沢を雪崩に注意しながら登る。ラッセルに悩まされながらも、ピッチを上げた。12時半、灌木に掴まりながら、岩の出ているところに出た。振り返ると正面に巨大な衝立岩が、黒々とその名のごとく衝立っている。アイゼンのまま岩の露出している急な斜面を慎重な登攀を続ける。上部のバットレス状のところをトラバース気味に巻き上がると、東尾根主稜に出た。とき2時半。昨日と同じところを登ろうと思ったが、下ることに決める。
 雪の上をしばらく行き、小さな岩峰状の上から見ると、垂直に近い感じの傾斜で、シンセンのコルまで真下に落ちている。急な腐れ雪の中を潜りながら、階段を下がるように、3時半コルに着く。一ノ沢を尻セードでジャンプしながら、超スピード十分ほどで出合に着いた。ベース着5時。夜までスキーを楽しむ(過去に土合には斜面を切り開いただけのスキー場があった。リフトはない)。

(4月6日 衝立前沢〜一ノ倉尾根末端〜下山)
 今日もモルゲンロートと共に始まる。7時ゆっくりと一ノ倉に向かう。9時一ノ沢真っ白い衝立前沢の左の樹林ある尾根に入る。ブッシュに足を取られ登る。
 コップ岩壁が朝日を浴びて輝いている。基部は未だ雪の下だ。αルンゼがその右に食い込んでいる。βルンゼは、ルンゼ内にシュルンドが二、三ケ所ある。略奪点(尾根が平坦地に消えて、沢の源流と同じ位置になる)は雪に略奪されていたのか、分からない。雪のはげたところもあり、11時頃αルンゼの右岩峰の下に着く。ここから右の小さなルンゼの下を慎重にトラバースする。所々雪は剥がれ、草付きが出ていた。二つ目の岩峰も過ぎ、最後の岩峰の雪面を登る。一瞬足の基部の雪が滑り、音を立てて落ちていく。アイゼンを脱ぎ、岩登りを始める。雪から出た灌木に掴まり、岩峰の上に立つ。一ノ倉尾根の一番手前の岩峰である。
 幽ノ沢が重々と見えた。12時頃を後に下る。左側を少し下ったところで10mのザイルを出し、岩に掛けて下る。こんなことを二三度繰り返しながら、雪の尾根に出る。衝立前沢の一つ手前の沢(衝立前々沢)の右側の、木立のある尾根を下る。沢の中は雪も崩れ落ち、スラブや草付きが出ていた。1時半本谷に着く。3時BC着。5時水上に行く。7時半星の出ている土合駅に着く。汽車が重苦しそうに、トンネルに入っていった。ビール瓶に付いていたあぶり出しを、ローソクの火であぶった「あんがい、あまちゃんね」。

(4月7日 幽ノ沢〜芝倉沢スキー)
 朝、腐らせないように雪の棚に入れておいた、肉類、カマボコが無い。味噌の上に生々しい爪の跡がある。キツネか何かがワカモト(盗む)した。時価にして5,6百円の損害だ。今日は日曜日だから登攀はやめること(他パーティがいるため)にして、9時頃スキーで幽ノ沢に行く。途中でD会のクイさんに会う。一ノ倉出合で小休する。今日も雲一つない天気である。私は谷川岳に単身きて、雨に降られたことがない。谷川嬢(山は女神さまが支配すると言われる)は二百人もの若い男を飲み込んだ娘とは思えないほど素直だ。俺に気があるらしい。
 幽ノ沢出合の手前で、島田さん、ハルオちゃんたちに会った。シールを付けて沢に入る。1時間ほど入り、壁の見える小高いところに登る。幽ノ沢も一ノ倉同様に、登攀の対象としては、早すぎると思う。一ノ倉岳から堅炭岩までが、スイスアルプスのように広がっていた。後、芝倉沢でスキーをやり、夕焼けの中を6時にBCに着く。素足で春の雪の上を、ダムに水を汲みに行く。

(4月8日 一ノ倉南稜〈積雪期の初登攀〉)
 7時出発。今日も晴れだ。8時半一ノ倉一ノ沢出合着。デブリを越え、烏帽子沢に着く。烏帽子沢のスラブは、岩が所々出ていて雪が不安定で、本谷を登る。シュルンドが烏帽子側に走っているため、二ノ沢側から進む。
 小さな雪崩がシュルンドを越えて落ちていく。滝沢のデルタ辺りから本谷を横切る。南稜の取り付きまでの急な雪面を、ステップを切り切り登る。二ルンゼ、三ルンゼが急激に競り上がる。岩稜の下に着き、雪の切れた垂直な所を越え、雪に埋もれた南稜テラスの上に着く。
 アイゼンを脱ぎ、10時半頃登攀にかかる。夏ルートを登り、濡れた岩稜を10mくらい登ると、雪の付いた斜めの小さなテラスに着く。雪の上を少し右にトラバースして、クラックを登る。狭いためピッケルが引っかかって困った。ホールドの岩の雪を除かせながら、慎重に登る。水滴がポタポタと顔を流れる。どうにか登り切り、テラスから右に上がり気味に、雪のバンドをヘゲ(剥が)す。
 フェイス状の岩壁の基部に着く。岩は水に濡れている割に、冷たくなかった。奥壁上部にある雪が、ポシャポシャと溶け流れ、風で霧になり、全身に降る。11時半、雪のベットリある斜面に出た。六ルンゼ左股の洞穴が、黒々と魔女のような口を開けている。
 ルンゼ内は雪がギッシリ詰まっている。小休後、南稜通しに取り付いてみたが、上部草付きの状態がモロに悪いのではないかと思いやめる。チムニー状の雪の中を、注意深く雪を蹴りながら登る。右側のビショビショの壁にルートを取り強引に登攀。烏帽子岩の見える不安定な急斜面の上に立った。とき12時半。草付きが所々出ていて、グシャグシャのヌルヌルの中をビクビクしながら登る。雪に手を掛けたその時、五十貫くらいの雪塊がズルズル落ちていった。思わずホキッとする。雪の上をコソ泥のように登る姿は、きっと滑稽であったろう。草付き野郎を蹴飛ばしたくなる。腫れものにでも触るような登攀が続く。うんざりする頃、1時半、一ノ倉尾根に出る。
 狭い尾根上でも雪は少なくない。本谷の逆デルタを見ながら登る。頂上近くの斜面は雪が潜る。グチャグチャしながら、一ノ倉岳の傾き気味の雪庇に着く。割に簡単に乗越した後、ポッカリと傾いて出来た穴に3mほど落ちてホキッとする。2時半頂上に着く。オキの耳に向かって下る。連日の快晴のため雪がぬかって、すこぶる歩きにくい。3時半オキに着く。
 岩壁の水が溶けて流れる所で、水を飲もうと顔を近づけると、雪の中に古銭を見つける。神の恵みと頂戴する。何か良心に触るので、そばにあった祠の中の雪を取り除いてやる。飯を食い4時出発する。
 膝まで潜る腐れ雪の中を、トマの耳に着く。ベンチが出ていたから、肩のキジ場窓から小屋へ入るよりはと思い、この上に寝そべる。
 5時頂きを後に、尻セードで西黒沢を滑り降りる。振り返ると山々がバラ色に輝いていた。7時BCに着く。7時半湯沢に行く。町の中で女の子にヘゲシ屋を聞くと、店の前まで連れて行ってくれたから、ビールを奢ると言ったら、笑いながら行った。湯に入り、ほろ酔い気分の内に、2時土合に着く。青い月が山の端にあった。

(4月9日 下山)
 こんなところに何日もいる自分がみじめに思え、帰ることにする。午前中土合のスキー場で滑る。雪はだいぶ減った。昼の汽車で水上に降りる。橋の上から谷川岳がむせんで見えた。晴天も今日が最後であろう。四国の山旅のように私の19歳の春に相応しい、マブな出来事はなかったが、楽しい山行であった。5時の汽車で上野に向かう。20数時間でまた、穂高に入る自分の身を、苦笑しながら車中の人となる。(終わり)

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