静岡・常光寺山(静岡百山)を周回〜気まぐれな春の雪に大あわて♡〜
![情報量の目安: S](https://yamareco.info/themes/bootstrap3/img/detail_level_S2.png)
- GPS
- 16:00
- 距離
- 21.1km
- 登り
- 1,438m
- 下り
- 1,419m
コースタイム
08:20 林道終点着 08:30発 (0:50)
10:20 常光寺山頂上着 10:55発 (1:50) (登り2:40)
11:45 家老平登山口通過
12:00 山住峠着(山住神社参拝)12:10発
14:25 上村農村公園着 (下り3:20) (合計6:00)
天候 | 晴れ〜雪〜曇り〜雪 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2014年03月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
[復路]上村農村公園P=水窪=浜松浜北IC=新富士IC=NJ宅=新富士IC=用賀IC=東伏見 ■上村(うえむら)農村公園 ・国道152号を北上し、水窪駅を少し過ぎた三叉路を右折(水窪民族資料館の表示あり)。水窪川を渡って対岸の三叉路を右折、駅の手前で道は飯田線を横切り、線路と少し並行するとやがて左にジグザグを切りながらあがっていきます。 ・間もなく沢のわきのごく狭い三叉路となりそこを左に上がりますが、鋭角なため切返しができず、やむなく右に進みバス停広場で折り返しました。鋭角三叉路をやり過ごし、向島の集落内をトラバース気味に斜上すると小広い上村農村公園です。 ・駐車場(7〜8台程度駐車可)がありここを登山口としました。トイレ・東屋もあり、テントも張れます。ここは向市場駅からもアクセスすることができます。 ・「上村農村公園」という表示がどこにもなく戸惑いましたが、よく見たら植込みの中の背の低い石に表示がありました。 ・なお読み方は「かみむら」ではなく「うえむら」です。(そう云わないと地元の人もわかりません) |
コース状況/ 危険箇所等 |
■上村農村公園〜常光寺山 ・指導標等はほとんどなく、GPSがなければ、1/25000地形図と相談しながらの山登りとなります。 ・公園から少し南に行って、「林道上村団地線」と表示のある分岐を左上にあがります。その道をしばらく進み、ヘアピンで折り返した先で、左に林道を分けますのでこれをとります。(分岐には小さな「常光寺山」の標示があります) ・その道が再び南下に折り返すとやがて「変形H型交差点」となります。地形図でみるとココは、押しつぶされたH型をしています。(地形図で標高670m地点) ・このHの左棒上から下がってきてHの横棒(ほんの数mですが)を横切り、右棒下に下がるように南下します。(なお、Hの横棒を横切り、右上にあがる尾根上のルートでも常光寺山頂上には行けるようですが距離は長めです。でもこちらの方がよく踏まれているかも知れません) ・H右下の道を行くと、すぐに左手にあがっていく道がありますが、無視して直進します(この道は航空写真によるといったんジグザグを切ったあと行き止まりのようです) ・道はトラバース気味に尾根を回り込んで北東方向に進み760m付近で終点になります。 ・直進するフミアトもありますが、左上の斜面をあがるフミアトを取ります。 ・標高差にして30m程度あがると、顕著なトラバース道が現れますので(これは先ほどの林道のどこかから分岐しているものでしょうか?)これを取ります。 ・しばらく行くと、左に杭、右に赤布のあるポイントで左上にあがる顕著なフミアトを取ります。(なお、ここは直進するフミアトもあり、われわれもそれに誘われ入り込みました。2〜3分行くと大きな岩がありその基部を過ぎるとフミアトが急に怪しくなりました。目の前に顕著な沢が見えるところです。そこまで行ったら戻ることをお奨めします。岩が目印です) ・顕著な登山道を急登するとやがて空が明るくなり、尾根上に飛び出します。その分岐には小さな消えかかった札がかかっています。尾根上の道はハッキリした登山道になっています。 (さきほどのHの右上の道がここに繋がってきています) ・1分ほどで直進する顕著な登山道を見送り、右折の道にはいります(分岐には「常光寺→」と表示があるので問題ないと思いますが、表示が雪で埋もれていたりすると直進してしまう可能性があります。よくコンパスを見ながら尾根を外さないことでしょう) ・しばらくは左上に尾根を見ながらのトラバースの道が続きますが、高度は少しずつ稼いでいきます。(「トラバースをするために来たのか」なんて冗談がでるところです) ・標高1200m地点で、右下「臼が森」集落への分岐があります。銀色の鉄板に表示があってそれとわかります。直進します。 ・このあたりから自然林に変わり「常光寺山の肩」ともいうべき準平原状の気持ちのよい緩斜面となります。 ・少し登ると、鳥居が倒壊していますが、その扁額には「常光大神」と書いてあります。そこにのぞきへの分岐があり、立ち寄ってみると、排水溝に使う塩化ビニール管でできた無粋な鳥居の向こうに小祠が建っています。ここは、河内浦集落(「こうちうれ」と読みます)から上がってくる修験道の修験者たちがたどった「行者道」の終点だとのことでした。 ・右側に低いこぶをみながら少し登ると1270m周辺は二重稜線となた日本庭園のようなコケの生えたすばらしいところに踊り出ます。指導標が初めてありました。フミアトを拾います。 ・二重稜線の左の尾根にからみながら行くとやがて常光寺奥ノ院です(標高1280m付近)。あまり神社らしい構えではありませんが、下50m位に鳥居がありました。 ・奥ノ院の裏手を回り込み右に斜上して緩い尾根を回り込むと、沢状となります。フミアトがハッキリしません。赤布があるので、それを頼りながら沢状の底をそのままあがります。 (ちょうど1/25000地形図では1300m/1310mの等高線が北に尖っている沢状のところ) ・沢状の途中で赤布がなくなり(きっと正しいルートは右上にあがったと思われますが)そのまま峠状まであがりそこから忠実に尾根上を右上にあがります。 ・このあたりから雪が出現し、急な登りになります。1410mのコブの頂上手前で右側から顕著な道があがってきていました。(どこかで道を見失ったのかも知れませんね) ・そこからはそれこそ高速道路のような道をいったん下り、登ると3等三角点のある頂上です。 ・頂上は北側と南側が伐採されていて展望があります。家老平のカモシカ館も望めます。 ■常光寺山〜山住峠 ・まったく問題がない登山道。 ■山住峠〜上村農村公園P ・林道歩き(約11km)。長い。 ・山住峠〜河内浦(こうちうれ)への下りは林道でしたが、水窪町の人達が山住神社の大祭に登り下りする参詣道があり、山住峠の駐車場のわきから下るとのことです(今回未確認)。 ちなみにこの道は「塩の道」とのこと。途中に「家康公腰掛岩」があって徳川家康が戦勝祈願の際、山住神社に参拝した腰掛けたともいわれています。 ■歩数:34769歩 ■距離:21.2km ■水窪民俗資料館 ・見どころ満載です。入館無料。ただし開館日は土・日・祝のみ(平日は休館) http://kawasuji-tokaido.com/tenryu/848.html ■常光寺山の地形・地質ガイド http://iida-museum.org/user/nature/pics/jokoji.htm ・常光寺山はチャートと石灰岩という岩からできているのだそうです。 ・チャートはほとんど珪素(シリコン)からなる極めて硬い緻密な堆積岩。珪藻・放散虫・海綿といった珪素が多い生物の化石が海底で堆積して固められたもの。 ・常光寺山は「秩父帯」という名前の地層のチャートが分布していて、約2.5億〜 1.8億年前の三畳紀〜ジュラ紀前期に深海の底で放散虫という微生物の殻が堆積しました。 ・浸蝕に耐えた大きな岩が目だっていたのはそういう理屈だったんですね。ナットク! ・常光寺山とナダクマシロ山の鞍部には「仏像構造線」という犬吠埼から南西諸島まで続いている長〜い断層が走っている。(「仏像」なんて変な名前だけどこの断層が発見されたのが四国にある「仏像集落」だったのでこういう名前になった) ・断層の西側、常光寺山側は「秩父層」という2億年も前の地層、断層の東側、ナダ側は「四万十帯」といって1億年前の地層。だからこの断層を横切ることで1億年の時代をワープすることになるのだなんて考えると楽しくなってくる。 ■常光寺山にまつわる面白い話 http://www1.odn.ne.jp/~cam22440/oma-5.htm ・このあたりに伝わる山姥伝説によるとその三男が常光坊という名前なんだそうです。 ■常光寺山 行場巡り http://nagaizumi88jyunrei.web.fc2.com/jyunrei/jyoukouji.pdf |
写真
写真は、ナダへの登りで、振り返った鋭鋒−常光寺山。さすがに静岡百山やなー、キミは。かっこええで。
このあと、NJ氏と水窪の民俗博物館を訪問して、社会のお勉強もさせてもらいました。
感想
久々の三連休なので、以前から話をしていた南アルプス深南部・不動岳に一泊で行こう!なんて話をしていました。
しかし、先般の大雪でみっちり雪が積もっている気配がして少し躊躇。
同行するNJさんもちょっと腰も痛いし、しばらく山も行っていないしとのことだったので、それなら日帰りでということにすぐに話がまとまって、静岡百山である常光寺山に行くことにしました。
スーパー林道の走っている家老平からだと1時間強で登頂できるお手軽な山。
しかし、目指す以上はじっくり常光寺山と相対して登りたいなと思い、麓の水窪駅から登ることにしました。
前日の雨模様とはうってかわって青空。上村農村公園から春を感じながら、地図とにらめっこして進みます。
事前に調べていったこともあって、あまりトラぶらずにすすめました。
頂上直前の二重稜線のあたりは、なかなかの風情。
とても気に入りました。
頂上についてほっこり、カレーラーメンを食べていたら、ちらちらと雪のひとひら、ふたひら。
晴天の日に舞う風花だね…なんて同行のNJさんと話をしていたら、雪雲が突然、われわれを包み、雪は本降りに。
またたく間にわれわれのザック、コンロ、を白くしていきました。
と同時に急激に温度も下がって、手袋をしていても指先がジンジンしだし、とうとう左の人差し指と中指の指先がビー玉のようにカチカチに固まってしまいました。
あわててパッキングをして、雪がしんしんと降る中、家老平(けらだいら)まで急ぎました。
山住神社でもざらざらあられが降って、「山ってこわいなー」なんて二人で話しました。
帰りは11kmある林道をポクポク歩いてくだり、朝の駐車場に無事着きましたが、そこでも着替えていると雪がパラパラと。
午前中のほっこり登山、午後の雪の中の行軍。
この季節の二つの山のカオを見せつけられました。
帰りは、水窪民俗資料館にたちよって社会の勉強?をしました。
水窪周辺は、地頭方と奥領家と山住に地名が分かれています。
地頭という室町・鎌倉幕府の組織の手先と、領家という荘園領主、朝廷へ忠誠を誓うモノとが、”下地中分”で、土地(下地)を分け合ったなどと聞くと、昔、かすかに日本史で習ったことを思い出すわけですが、それが今でも立派に地名として残っているのが面白いところです。奥領家と「奥」がつくのは、水窪周辺の領家の土地はふたつあったので、ひとつは領家、もうひとつは奥領家と名付け、その後者が残ったとのことです。
そういえば、以前、単身赴任していた静岡・吉田町のそばにも地頭方という地名が残っていました。
調べてみると、領家と地頭が隣り合って存在する地名は全国で6カ所もあるとのことです。
なお、山住という地名は、山住神社の神事をつかさどる山住氏の領地ということになりますが、これが結構ひろいんですね。常光寺山もその尾根の両側で領分が違っていたんだそうです。
山行が終わったあと、NJ氏からメールをもらいました。
『久し振りの山行でした。期待していたよりずっと大きな満足感を味わうことができました。(中略)常光寺山はもっと気楽な山と考えていましたが、どうしてそれなりの反応を返してくれましたね。いつものこと、と言えばそれまでですが低山・里山と言えど自然の山は人をちっぽけな存在にする圧倒的な力を感じさせますね。それでも雪の舞う山中でひたすら歩を進めていた時、偉大な自然に溶け込んでいくような錯覚を覚えることも出来ました。
年齢を重ねてくると、肉体的・精神的な自分の変化に気付かされるものです。今後も安全で健康的な山登りを続けていくためには自分の身を自然に委ねる、と言うような気持ちが大切になっていくのかもしれません。(後略)』
NJ氏が云うように、常光寺山のような林道の開発で手軽にしてしまった山も本来はしっかり応えてくれる山であることを実感しましたし、お天気の気まぐれでは厳しい状況に陥ることも改めて教えてもらいました。
充実感あふれるよい山となりました!
コメント
この記録に関連する登山ルート
この場所を通る登山ルートは、まだ登録されていません。
ルートを登録する
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する