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ヤマレコ

記録ID: 7082 全員に公開 積雪期ピークハント/縦走アジア

カラパタール/アイランドピーク(Imja Tse)/メラピーク/アンナプルナB.C.

日程 2013年10月03日(木) 〜 2013年11月21日(木)
メンバー
 adich(CL)
天候10/13-15 雨、雪
その他 快晴
アクセス
利用交通機関
飛行機

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地図/標高グラフ


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コース状況/
危険箇所等
落石ヶ所 多数
メラピーク方面、全てロッジ有り。山頂直下のクレバスは消えている。
山頂直下の雪壁上部に支点二箇所有り。
ファイル 7082.xls 計画書 (更新時刻:2013/09/06 13:54)
過去天気図(気象庁) 2013年10月の天気図 [pdf]

写真

上海虹橋空港 雨漏り。
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上海虹橋空港 雨漏り。
カトマンズの町並み。
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タメル地区の夜。
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タメル地区の夜。
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ダル(豆スープ)バート(ごはん)タルカリ(野菜炒め)。
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ダル(豆スープ)バート(ごはん)タルカリ(野菜炒め)。
計画書を作成する。
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iphoneをNcell(ネパールの携帯)に。
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ルクラへ向けて、空港へ。
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カトマンズ国内線待合い。
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カトマンズ国内線待合い。
滑走路から既に見えるヒマラヤ。
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滑走路から既に見えるヒマラヤ。
ナムチェでの歓迎。
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ナムチェでの歓迎。
ナムチェのバザール。
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ナムチェのバザール。
ナムチェのロッジ。
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ナムチェのロッジ。
エベレスト、アマダブラム。
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エベレスト、アマダブラム。
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クムジュンよりクンビユラ5761m
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クムジュンよりクンビユラ5761m
シャンボチェ。最も美しい村だった。
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ナムチェ。霧の夜。
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手紙は日本には届かなかった。
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インドから来たサンディップ。一緒に歩く。
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燃料となるヤクのフン。
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若いポーター達。
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若いポーター達。
タンボチェのロッジ。
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タンボチェ。雨で暇をもてあます人々。
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アマ・ダブラム。
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アマ・ダブラム。
チュクンより夕焼け。
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チュクンより夕焼け。
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アイランドピークへは、10年振りの大雪で登れず。一旦カラパタールへ。
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ロブチェ。皆靴を乾かす。
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カラパタール5545mより、エベレスト8848m、ヌプツェ7861m
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カラパタール5545mより、エベレスト8848m、ヌプツェ7861m
夕陽に染まるエベレスト。
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夕陽に染まるエベレスト。
ペリチェ付近よりアマダブラム6812m。
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風にはためくタルチョ。
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風にはためくタルチョ。
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ナムチェへ一度戻る。
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再びチュクンへ。食料を買う。
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ケロシンを買う。
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ケロシンを買う。
アイランドピークB.C.。
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アイランドピークB.C.。
ベースキャンプ、100張り程のテント。
2013年12月11日 14:25撮影 by NIKON D5200, NIKON CORPORATION
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ベースキャンプ、100張り程のテント。
アイランドピーク。ニーマ・シェルパと。
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素晴らしい人。美しい顔。
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ピークよりローツェ8516m。
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ピークよりアマダブラム方面。
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200mのフィックスロープ。
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200mのフィックスロープ。
数パーティーが登っていく。
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-15℃、薄手のフリース手袋。
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イムジャ・レイク。
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ハイ・キャンプが見えて来た。
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下山して拾った林檎。
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下山して拾った林檎。
フライドヌードル。
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フライドヌードル。
建築資材も人力で。
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ナムチェ。満室の為、モネストリールームで眠る。
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シェルパ博物館。
スペルが違うので直してもらうよう頼む。
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シェルパ博物館。
スペルが違うので直してもらうよう頼む。
ルクラへ戻る。
2013年12月11日 14:24撮影 by NIKON D5200, NIKON CORPORATION
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2つ目の山メラピークを目指し、チュテンガへ。
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2つ目の山メラピークを目指し、チュテンガへ。
チュテンガのロッジ。
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カリカテンガの村。
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カリカテンガの村。
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峠を越えたところにティーショップ。
一杯の紅茶がありがたい。
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コテェのチェックポスト。
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数日一緒に歩いた韓国の金さん。
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ポーターの荷物40kg。試しに背負わせてもらう。
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ポーターの荷物40kg。試しに背負わせてもらう。
腕の凍傷でドイツ人が運ばれていく。
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最後の村、カーレでのゴミのチェック。
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メラピークの広大なバーン。
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メラピーク6476m山頂より。
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左からエベレスト、マカルー。
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降りる時に、ロープを使わせてもらった。
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メラピーク最後の10m。
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5600m地点。ハイキャンプが見つからず。
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雪の壁で風を除ける。
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ハイキャンプから下るポーター達。
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コテェ。ヤクと豚の肉。
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ビリヤードのような、おはじきのような遊び。
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ツェットラ・カルカのロッジ。
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ツェット・ララ峠4605mを越える。
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カリカテンガ手前3860m。
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ルクラ。メラピークでのゴミをチェック。
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ルクラ。メラピークでのゴミをチェック。
全装備。乾かす。
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ルクラ空港の滑走路。
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ルクラからカトマンズへ。
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カトマンズ空港、荷物受け渡し。
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カトマンズの和食レストラン。
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カトマンズの和食レストラン。
10数年前に泊まったホテル。まだあった。
記憶が意識の底のほうに残っていた。
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揚げと蒸ししか見なかったが、最後に焼き餃子を見つけた。
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働かない博物館の監視員。
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マニ・プリ。たこ焼きのような軽食。
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ポカラへ向かう高速バス。
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アンナプルナサウス7219mが街から見える。
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デモのパレード。バスが止り苦労させられた。
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ビレタンティからマチャプチャレ。
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ビレタンティからマチャプチャレ。
チョムロンより、アンナプルナサウス、マチャプチャレ。
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チョムロンのロッジ。
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夕陽に染まるマチャプチャレ。
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アンナプルナ8091m
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アンナプルナ8091m
竹の子のような山。登ったら面白そうだ。
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チョムロンの食堂。
2013年12月11日 14:24撮影 by NIKON D5200, NIKON CORPORATION
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チョムロンの食堂。
ポカラ。旅行会社のツアー。
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ストライキ、タクシーと交渉をする人々。
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フィッシュ・シッツラー。これで食中毒に。
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ポカラ、長距離バス乗り場。
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霧の中、カトマンズへ。
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カトマンズ、中華料理。
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コスメが安いそうで、女性が大量に買っていた。
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中国人向けのドミトリールーム。
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朝、祈りの時間。
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朝、祈りの時間。
ストライキで店はどこも開かない。
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最後のヒマラヤの景色。
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最後のヒマラヤの景色。
ハイテクな入国審査。
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ハイテクな入国審査。
昆明。中国語が分からず、偶然バスで乗り合わせた人に助けてもらう。
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昆明。中国語が分からず、偶然バスで乗り合わせた人に助けてもらう。
昆明の朝、変なダンス。
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昆明の朝、変なダンス。
しゃぶしゃぶとラーメンを合わせたような料理。
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しゃぶしゃぶとラーメンを合わせたような料理。
上海。路上の屋台。
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上海。路上の屋台。
日本が見えてきた。
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日本が見えてきた。
撮影機材:

感想/記録
by adich




初めて冬のアルプスを見たとき、こんな風景が日本にあるのかと心が震えた。最近、冬の穂高を眺めながら、どこか見慣れてしまっている自分がいた。ネパールの友人から送られてくるヒマラヤの写真には、日本の山とは違うスケールがあった。
TVや本で聞く空気の薄い世界とはどんなものか、また社会から離れ地球の上をただ歩きたいという想いもあった。1月の燕岳で登山家の大蔵氏に会い相談すると、秋が良いと教えられた。
ヒマラヤに行った人に会わせてもらったり、本やネットを調べたが、なかなか情報を集め切れずにいた。夏、日本に来ているシェルパに会うと具体的に話が進み、航空券を手に入れた。それでも分からない事が多く、とにかく行ってみて、登れなくても状況が分かれば良しとしようと思った。
準備は簡単で、日本の冬山の装備に充電器とパスポート。半日もかからなかった。登山道具を除いたら、ほとんど手ぶらということになる。3年前に切れたパスポートを作り直し、一眼レフを買った。

•適期
秋(10-11月) または春。春は残雪と寒さが残る。夏は雨季、冬は風と寒さ、雪が厳しい。

•入山許可
・トレッキング
・ネパール山岳協会(NMA)の許可する、クライミングピーク33座
・観光省登山局の許可するエクスペディションピーク326座

トレッキングは許可不要。
クライミングピークは1山350$。
エクスペディションピークは6000mから500m毎と季節により値段が変わる。アマダブラムとエベレストは別料金。
http://www.tourism.gov.np/menu.php?p=28&page=Mountaineering Royalty
他に国立公園の入園料3000Rs
(アンナプルナエリアは2000Rs)
TIMSカード20$
ゴミのデポジット200$(戻ってくる。)
ゴミの手数料300Rs。

•装備
全ての登山道具はカトマンドゥやナムチェで日本の6割くらいで買える。フェイクも多い。刺繍と手触りで確かめる。
登攀具やテントはベースキャンプの前でレンタル出来る。

•服装
日本より緯度が低く暖かい。
ナムチェ3400では昼はTシャツ。6000mで-15℃程。(秋)
上/モンベルMW+アルパカセーター+ダウンジャケットまたはアルパインジャケット
下/モンベルHW+フリース+アルパインパンツ
靴下/スマートウール
手袋/ブラックダイアモンドソロイスト
帽子/防寒用と日除け用

•ビザはカトマンドゥの空港で買ったが2時間待った。

•食事
どこもほぼ同じメニュー
チャパティ、チベタンブレッド、ムエスリ、トースト
パスタ、サンドイッチ、ピザ
炒飯、焼きそば、スープ、カレー、ステーキ、ハンバーガー、春巻き、ぎょうざ、ポテト。
タトパニと言うと、だいたい無料でお湯がもらえる。

•あったら良かったもの
浄水器 見た目には綺麗な沢が多かった。
バッテリーパック 標高が上がる程、充電料金が上がる。300Rs/h。気温が下がるとバッテリーが弱る。
シャンプー、シャワーはどこにでもあった。

•使わなかったもの
ダウンシューズ、ゴーグル、バーナー(ケロシンとガスしか売っていない)、ビーコン、アルパインジャケット(ダウンで代用)、テント(ツェルトで代用)、ロープ(レンタルもしくは、フィックス有)、カラビナ(ユマール、環ビナ×2、ルベルソ、スリングのみ必要。)

•生活費
トレッキング中は1日1500〜2000Rsくらい。
宿100〜500Rs+食事500Rs×2+水80〜350Rs。泊まった宿で食事をするルール。標高が上がると物価が上がる。カトマンドゥで15Rsの水が、ゴラクシェプでは350Rs。
カトマンドゥの宿はおよそ500Rsシャワー無し、700Rsシャワー付き。食事は100-200Rs。

•総費用
登山7万円(入山料4+シェルパ2+国立公園、TIMSなど1)
生活費10万円
飛行機10万円(羽田~ネパール6+ルクラ3.2+ビザ45日間0.8)

•100ルピー=100円=1ドル=6元
2013年10月

■日本−カトマンズ

10/3 羽田ー上海
荷物は23kg×2と手荷物まで。今回は30kg。上海上空、地平まで延々と続く高層マンションの群れに圧倒される。
地下鉄を乗り継ぎ、友人のYさんに連絡をしようと2時間歩き回ったが、公衆電話が見つからない。住所を頼りに直接行く。入り組んだ狭い路地を抜け、インターホンから友人の声が聞こえた時、当然のような奇跡のような、不思議な気分。テントとロープが重く、これでは山などとても歩けないと置かせてもらう。
中国ではYouTubeやFacebookが規制されている事に驚く。美術館や建築を見学し、日本との違いを感じる。

10/8 上海ー昆明ーカトマンズ
時差の調整を忘れていて1時間早く出てしまう。Y氏に挨拶が出来ないまま昆明へ。荷物は23kg+手荷物まで。ジャケットを着て荷物を軽くする。空港は雨漏りがひどく、あちこちにバケツが。こんな国の飛行機に乗って大丈夫だろうか。
カトマンドゥ着。入国に3時間もかかる。職員が全て手書きでやっている。旅行者のイラ立ちと諦めの空気が、レンガ造りの建物に澱んでいる。やっと抜けると、荷物のレーンを何周したか分からないザックは、床に転がされていた。
外に出て、激しいタクシーの勧誘に、ああネパールに来たんだと思っていると遠くでアンジが手を振っている。あまりに遅いので来ないかと思ったと言われる。

10/9
トレッキング会社で登山計画を立てる。たくさん山に行けそうだ。2ピークの入山料700$を、他の隊に入ったことにして400$に。4人までは入山料が同じなので、個人の登山者を集めて申請する商売があるようだ。そんな訳で僕の隊長は、合ったことも合うこともない、25歳のカナダ人だ。
携帯の店に行き、iPhoneにネパールのSIMカードをハサミで切って無理やり合わせる。SoftBankの携帯がNcellというネパールの携帯になった。ローテクなんだかハイテクなんだか。エベレストビールというのを飲み、明日を夢見て眠る。

■カラパタール編

10/10
1日目 カトマンドゥールクラーパクディン
空港の待合室は最早屋外で、昆明空港の雨漏りなどかわいいものだった。3時間遅れで14人乗りの小さなプロペラ機に乗りこむ。荷物は15kgまで、登山靴やジャケットは全て着込む。こんなに小さい飛行機は初めてで心底怖い。空港から既に8000m峰が見える。ジェットコースターのような上下を何度か繰り返し、山に見とれていると、不意に着陸の衝撃。知らぬ間の着陸で、恐怖を感じず良かった。荷物を持つというポーター達を断わり、パクディンまで歩く。日除けに、偽物のノースフェイスのハットを買う。

2日目 パクディンーナムチェ
朝食を食べていると、日本人のKさんが話しかけて来る。どこか飄々とした雰囲気。ここからは登り。標高も上がり重荷が辛い。ポーター達は80-100kgを運んでいる。幾つかのチェックポスト、国立公園のゲートを通過し、ナムチェに到着。山が見たことのない高さにある。

3日目 順化日 クムジュンーシャンボチェ
エベレストビューホテルに行こうとしたが、間違えてクムジュンへ。ランチを食べていると、世界一周中のA夫妻。若く気持ちの良い人達。シャンボチェは自然と生活の調和が美しい。グラウンドかと思ったら空港だった。ここでは空港は建物すらない。

4日目 ナムチェータンボチェ
旅は道連れという事で、インド人のペインター、Sさんと。雨が降り始める。5時間で到着。

5日目 タンボチェーディンボチェ
朝起きると熱っぽい。Sさんが咳をしている。なんて事だ。雨は3日は降り続く予報。待っても変わらないのならと、少しでも標高に慣れるため、あれこれ言うSさんを置いて出発。悪いけれど待てる体調ではない。
出発してすぐ、アイランドピークに一緒に登ってくれるニーマシェルパとすれ違う。静かさと優しさを湛えた顔立ち、信頼出来る人だと直感する。そんな人に会い、少し元気になる。ディンボチェの手前でKさんに追いつき、一緒に泊まる。6時間、苦しい一日だった。

6日目 停滞
ナガルゾンピークを登る予定が、熱で中止する。歩くこともままならない。Kさんにいろいろと助けてもらう。病気はなると、改めてその辛さを思い出す。人に優しくしようと思う。雪は未だ止まず。メラピークで雪崩による遭難。6人が巻き込まれたらしい。

7日目 ディンボチェーチュクン
雪が止み、カラパタールへ向かうKさんをベッドから見送る。チェックアウトまで休み出発。ゆっくり歩いて2時間のところに6時間もかかる。このままでは6000mはとても無理だ。
自分が寝ている間に先行していたSさんと雪原ですれ違い抱き合う。体調が悪かったと謝る。
夜、ニーマシェルパが部屋に来る。明日は休む事になり、一安心。体調不良のため夕食を取らなかったら、部屋代を上げると宿のママに怒られる。宿は食事代で成り立っているのだ。

8日目 停滞
降り続いた雪が2mにもなり、アイランドピークは登れないという。10年ぶりの大雪らしい。一度カラパタールへ行き、一週間後に登ることに。夜、フランス人と日本の美意識は闇と間にあるのだという話をする。

9日目 チュクンーロブチェ
体調が良くなりよく歩く。4400m以上で速く歩くとこめかみに軽い頭痛がする。ロブチェは町中がヤクのフンを燃やす異様な匂い。カップルが人目を気にせずいちゃついている。環境が厳しいと働く本能だろうか。

10日目 ロブチェーカラパタールーゴラクシェプ
朝、ゴーキョへの道は雪で通行不可と聞き、ペリチェ経由でナムチェに戻ることにする。
ゴラクシェプまではかなり疲れ、少し昼寝をする。カラパタールは5545m、200m/hのペースで登る。山頂から穂先を夕陽に染めるエベレスト、ヌプッェを眺める。轟音とともに雪崩を見る。ディナーを再会したA夫妻と。旦那さんが軽い高山病。

11日目 ゴラクシェプーパンボチェ
すっかり体調が戻る。治るまで平地の倍かかってしまった。カール地形を下りパンボチェへ。夕方、間違えてアマダブラムB.Cの方へ迷い込んでしまう。地図を確認し戻る。山は迷った時が楽しい。

12日目 パンボチェーナムチェ
ナムチェへ戻り、充電、WiFiなど。
ホットシャワーを浴び、生き返る。プリングルスを食べる。

13日目 停滞
手紙を書いたり、山田昇の遺稿集を読んだり。ナムチェの店もじっくり見ようとしたら、数時間で見切ってしまった。カトマンズが恋しい。

アイランドピーク編

14日目 ナムチェーパンボチェ
違う道から行こうと、ポルツェ経由でパンボチェへ。やはり遠回りでかなり疲れた。夜、天の川が良く見えている。

15日目 パンボチェーチュクン
物価の安いディンボチェで水を2本調達。前に怒られた宿は満室で、違う宿へ。友人の紹介だったので満室で良かった。どこの宿にも肝っ玉母さんのような人がいて、お茶は飲まないのか?朝ご飯はどうするんだ?などと、稼ぐことに余念がない。
早く着き、チュクンリを途中まで登る。パーミットの必要な山だったと後で知る。夜、ニーマさんがやって来て、再会を喜ぶ。明日の打ち合わせをする。一度ナムチェに下りた事で高度順化が戻っていないか少し心配だ。

16日目 チュクンーB.C
チベタンブレッド、ワイワイヌードル、ムエスリなどの食料とケロシンを買い、15mロープを借りてB.Cへ。
平らでぬかるんだ道。重荷に喘ぐ。
テストするがケロシンが着火せず、他のテントのキッチンを借りる事に。sotoのMUKAストーブ、ペトロ=ガソリンでないとダメだ。B.C.はテントが100張程。

17日目 B.Cーアイランドピークーショマレ
0時起床。厳冬期シュラフでもそれなりに冷える。日本の方が寒いと強がった手前、問題ないと繰り返す。
1時発。ヘッドランプの明かり。既に5-6パーティーが先行。上部のB.Cの先から取り付く。凍っている土が登りにくい。その先のハイキャンプに15張程。凍りついたルンゼを抜け、岩の出たリッジを歩き、雪原に出る。ここでクランポン、ハーネス、アンザイレン。既に全てのパーティーを追い抜き先頭になっている。300m/hのペース。なんとかついていくが、それにしても速すぎる。しばらくアップダウン。風は無く、ニーマさんのマニを唱える声と、よく締まった雪の心地よい音だけが聴こえる。なんて幸せなのだろうか。7mくらいのフイックスロープ。手で掴み登る。デブリを越えた所から斜度60度、200mのフイックス。ピッケルを仕舞いユマールで登る。足指の冷えがひどい。速く歩けないのでなおさらだ。時々待ってもらい足踏みをしたり、靴の中で動かしたり、雪を蹴って暖める。手の指は分厚い手袋の中で丸めている。ニーマさんは薄手のフリースの手袋。こちらの人達は装備の常識がまるで違う。上部まで残り50m、マカルー側の空が明らむ。なんて色、見たことのない空の色。何故か涙が溢れてくる。16日間の苦労の分の喜びだろうか。頭痛は無い。呼吸も苦しくない。太陽よ早く出てくれ、暖めてくれ。稜線に出れば、朝日に輝くばかりのローツェ。そこから15m程歩いたところが山頂だった。雲一つない。幸運を喜び抱き合う。山に、太陽に、頭を下げ、手を合わせる。
B.Cに戻る途中、登頂した幸運な男達にあやかろうと、握手を求められる。皆におめでとうと言われる。麓に着くと、雪の中に林檎が一つ落ちている。ニーマさんが神様からだと言ってカットする。渋いが冷たく、とても美味しい。
B.Cに着き、ワイワイヌードルを食べる。疲れ過ぎて暫く立てない。ツェルトやシュラフを乾かして出発。ショマレまで歩く。この日の行動は15時間。流石のニーマさんも足が少し痛くなったようだ。

18日目 ショマレーナムチェ
この頃気温が落ち、来た頃より紅葉が進んでいる。ところどころ霜が降りている。氷点下まで下がったのだと知る。冬が確実に近づいて来ている。
歩きながら、ネパールにはカーストがあり、ポーターはどんなに語学が出来ても、どんなに登山技術があっても、一生ポーターなのだと聞く。ヤクと一緒なのだと。僕らは努力次第で職業を選べる。そのために悩みも増えるのかもしれないが。ネパールの人々は僕らの考える自由より、より大きな自由の中で生きているのかもしれない。
ナムチェに着き、ニーマさんとお別れ。日本語を教えて欲しいと言われ、いくつか教えるが、あまり上手く教えられなかった。メラピークの成功を願うシルク、カーターを首にかけてもらう。次はアマダブラムに行こうと約束をする。8000m峰を幾つも登った本物の男は、最後まで謙虚で誠実だった。

19日目 休息
シェルパミュージアムに行く。エベレスト登頂者の写真の中に、NAUMI UMURAとあった。正しくはNAOMI UEMURAだと教える。次に来た時には直っているといいなと思う。世界のヒーローなのだから。
夜オーストリア人Eさんと美術の話をする。高圧的な印象。性格に国境は無いなと思う。

20日目 ナムチェールクラ
朝8時。慌てて出発するEさんと、ルクラで会おうと約束する。こちらはあまり良い印象ではなかったけれど、Eさんはそうでもない様子。人間は面白い。ルクラまでは下りだが妙に疲れる。1日休んだせいだろうか。夜、ポーランド人の麻酔科医のカップルと話す。高山病でカラパタールに行けなかったそうだ。

■メラピーク編

21日目 ルクラーチュテンガ
メラまでは、全てロッジがあると聞く。この2-3年で出来たそうだ。ガイドブックと違う。ルクラでもケロシンしか売っていないので、バーナー類は置いていく。軽量化の為、アプローチシューズも置いて冬靴で出発。結局Eさんには再会できなかった。妙に残念な気分。空港の向かいから等高線に沿って沢と尾根を越えて行く。調子が悪く3hのところを4hかかる。宿に一人、よく喋る韓国人Kさん。ダルバートを一緒に食べ、人生、山、宗教、尖閣問題など語る。残雪期に槍ヶ岳に向かい、明神まで来たことがあるらしい。お互い国に来たら泊りなよと、家に招く。

22日目 チュテンガーツェットラカルカ
朝、チャパティーとハチミツを食べ、Kさんを見送り出発。今日は調子が良い。大量に食べたハチミツのせいだろうか。3800m地点に良いテント場を見つける。帰りはここに泊まろう。4200mから残雪。4350mクランポンをつける。4560m峠を越えて、しばらくトラバース。Kさんを抜き、また小さな峠を越える。ティーショップがあり一服。少し下りツェットラカルカ。一泊1000Rsと言われ、テントで寝ると言うと、500Rsになる。宿の主人に変な日本語であれこれ言われ、分からないと言うと、「お前は日本人なのか?日本語が分からないのか?」と言われる。オーストラリア人がダイニングを占拠して騒いでいる。下る途中、美しい風景があった。雲はまるで巨大な生き物のよう。自然の流れ、時間。それらを見ること、その中を歩く事は素晴らしい。

23日目 ツェットラカルカーコーテェ
11月に入る。今日もKさんを見送ってから出発。3500mまで下ると川に出る。川に沿って緩やかに登り、5時間でコーテェ。普通の調子なら4時間だろう。大きな町、石造りのかわいらしい雰囲気の町。話しかけられ、感じが良い人でそのロッジに泊まる。ヤクの肉が外にゴロンと転がって売られている。標高が低く気温が高いので、汗で靴なかなり湿っている。完全に乾かそう。少なくともカーレでは。

24日目 コーテェータグナク
クッキー、クラッカー、ムエスリ(グラノラみたいなもの)を買い出発。コーテェの端のチェックポストで、マカルー国立公園に入る手続きをする。Kさんと会い、写真を撮ったりする。彼らは速い。先に行ってもらう。今日は調子が良く、タグナクまで歩く、足が少し痛む。良くマッサージする。カーレまで行くつもりだったが、Kさんに会い、悩み、泊まる事にする。ヒーターチャージ200Rs。靴を完全に乾かす。

25日目 タグナクーカーレーH.C
カーレへ。調子良し。ポーターと同じ速さで歩く。Kさんは高山病が出始め遅れ出す。靴を濡らさないよう、VPLという方法を試してみる。足をビニール袋で包み、湿気を閉じ込める方法だ。少しヌルヌルするが、思った程不快ではない。凍傷を負ったドイツ人がヘリで運ばれて行く。カーレにてランチと高価な水を買い、パーミットチェック。カーレに着いたKさんに、霧なのに何故行くのかと何度も言われる。今日は何が何でもハイキャンプに行くんだ。十分な準備をしたクライマーに言えるのはグッドラックだけなのだ。出発し、少しすると霧が無くなる。カーレは霧がたまりやすい地形なのだろう。コルから先、風が強く寒い。服を着たいが止まると冷えるので、歩き続ける。一瞬風の止んだ隙に、セーターとダウンを着込む。足先はVPLのため、アイランドピークの時ほど冷えない。この方法は使える。
5500m、ハイキャンプが見当たらず。5560m、日没が迫りキャンプを決める。少しでも風の弱い所を選び、雪が板状に割れるので突き刺して壁を作る。床を掘り下げる。雪が柔らかく、なかなか踏み固められない。日没前にツェルトを張りたいのだが、刻々と変化する空の色に目を奪われる。冷えたバッテリーを温め写真を撮る。なんとか寝床を確保し、水でごはんと味噌汁を戻して食べる。18時、就寝。3重のシュラフは十分に暖かい。

26日目 H.Cーメラピークーカーレ
夜中に何度か目が覚める。1:50起床。2:30発。持物はハーネスと登攀道具、クッキーと水とカメラ。アイゼンが外れやすくなっていて、細引きで修理する。乾かすために、ストーブに近付け過ぎ、靴が変形したのだろうか。外は-15℃風速15m。大丈夫、この状況は知っている。5800mハイキャンプを見つける。地図が間違っていたのだ。雪原をひたすら登る。目に映るのは星と雪のみ。6000m付近、朝日が昇る。なんという美しさ。どこまでが空でどこからが宇宙なのか。宇宙まで見えているのか。体力の低下が激しい。背中のザックからクッキーを取り出す余裕がない。昨日腰のポケットに少しの食糧を入れておいて良かった。広大な雪原は岩陰も無く休めない。50m/h程にペースが落ちている。下山を考えると今日は敗退かもしれない。一歩毎に何度も深呼吸をする。あと一歩動くだろう、その余裕があるなら動かせ。欲でも、意地でも、動機も意味も目的も何でもいいから全て登る力に変えろ。非常にゆっくりと体を引き上げていく。山は死と宇宙が近い。なんとか平らな所へ辿り着き、クッキーを食べる。後続パーティーの姿が近づいているような気がする。傾斜が緩んだ事と、食事を口にしたことで、ペースが戻って来た。可能性が出てくる。再び後続との距離が開いていく。ピーク手前に2人の姿。夜中に見たヘッドランプの2人だ。彼らのおかげで、1番乗りへのこだわりを無くしてもらえた。最後の雪壁に辿り着く。先行2人のロープが下がっているので、ハーネスをつける。その間、2人が降りてきてロープを回収し始める。1人はシェルパで、もう1人はロシア人。握手し幸運を分けてもらう。「ロープいるか?」と聞かれ、いると答えるが「大丈夫、簡単さ」と回収の手を休めない。仕方ないと、カメラを仕舞い、気持ちを整える。簡単な短い壁だが、落ちた下にはそれなりの傾斜が十数m続き、その先が切れ落ちている。余程上手く停止動作をしなければ、そのまま何千mも下まで落ちるだろう。そして、そんなに上手く出来る訳が無い。簡単な事でも絶対にミスが出来ないのはとても緊張する。ピックを何度も打ち直し、効きを確かめ慎重に登る。危険な所を越え、全身に安堵が広がる。稜線に抜け振り返ると、後続パーティーの1人が、やったな!と手をあげる。こちらも手をあげ、叫び応える。10mも歩くと山頂。山に感謝。空には雲一つない。どこまでも山、山、山、数え切れない山が地平まで続く。エベレスト。名前が有名過ぎるが、改めてただの岩として見ると、やはり王者の風格を湛えている。登ってきた後続パーティーのシェルパにロープを借りて降りる。下山は容易で歩きながら喜びに浸る。嬉しさで笑い、泣き、悠々と歩く。全て終わった事にほっとする。ツェルトを片付けていると、いろんな人に、何故こんなところにテントを張っているのかと不思議がられる。登りにおよそ12時間。下山は3時間。靴下の中のビニール袋で靴の中で足が滑り、爪先が少し痛む。遠くから姿を見たKさんが町で待っていてくれる。ひどく疲れた様子を見て、アイゼンを外してくれる。宿に入り、あっという間に眠る。夕方再び起き、チェックポストで手続きを済ませる。ダイニングで食事を待つ間、日記を書いていると、ロシア人のグループの1人が、ギターを持って来ていて歌い出す。上手くないし、聴きたい気分でもなく耳が辛い。

27日目 カーレーコーテェ
朝食を食べずに出発。Kさんのロッジへ。来たことを非常に喜んでくれる。昨日の登山の情報を伝える。抱き合って別れる。Kさんはハイキャンプへ向かう。ルクラから休まず来ていたKさん。カーレ1日の順化で大丈夫だろうか。とにかくグッドラック。
コーテェまで5時間程。12時には着く。ツェットララ峠を越えるスケジュールで悩むが、腰が少し痛むので、コーテェで泊まる事にする。明日は長い事になる。前と同じロッジ、前と同じ部屋。宿の主人といろいろ話す。豚肉の方が美味しいが、燻製にすればヤク肉の方が何倍も長持ちし栄養もあること、冬の過ごし方、村での仕事などなど。午後の空いた時間をネパール風のビリヤードなどを見て過ごす。主人の弟のポーターと飲み、明日は一緒に歩く事に。ライスビアと言う現地の酒は酸っぱい。ヤクのステーキをご馳走になる。ものすごい油分で、口の中にチョコレートが張り付いたようになる。
夜になり、1人の男性がダイニングに入ってきて、不意に倒れる。主人が外に引きずり出す。酔っ払いかと思ったら、蜂蜜のアレルギー反応だったらしい。ベッドに潜り込むと、外から音楽が聴こえる。今日はダサイというお祭りらしい。起きて音の聴こえる一軒のロッジを覗きに行くと、「入れよ!」と手招きされる。20人くらいが狭い部屋で周りながら踊っている。チェックポストにいた役人風の人も踊っている。輪に入り、訳も分からず踊る。オーディオに繋いだカーバッテリーが底を突いたらしく音が途切れる。不意に1人の女性が歌い出し、男達が合いの手のかけ声を入れる。美しい声、歌がなんとも上手い。
圧倒的な自然環境の中にいて、全ての繋がった生活をしていると、ビールや煙草、ビリヤードや音楽などの「無駄なもの」の必要性が嫌と言うほど分かる。そのくだらなさが、人間に与えられた最も美しい部分だと思う。
一部屋での小さなお祭り。一年に一度の貴重な時間。後で撮った映像を見返すと、本当に幸せな気分になる。滞在する予定の無かった村にとどまる事で出くわした、ささいな偶然が幾つも重なる不思議な夜だった。

28日目 コーテェーチュテンガ
2つのスプリングロールのうち、一つを夜の為に残し、出発。ポーターOさんと歩く。自分の倍の40kgを持ちながら、なんという速さ。やっとの思いでついていく。タシディンマに着くと、Oさんが休むので、先にゆっくり進むことに。川を離れ、登りが始まる。300m/h程。なかなかキツイ。今回のトレッキングでは、ほぼ毎日、今日が一番キツイと思わされている。あの丘を越えて村が見えなければもうダメだと何度思った事だろう。4200m、森林限界を抜け、トラバースが始まる。ペースは大分落ちている。1時ツエットラカルカに着く。5時間と言われたが、6時間かかる。Oさんは結局追いついて来なかった。もう何か食べないと限界で、前に泊まった宿の、変な日本語でふっかけたり、ケチをつけて来る主人を軽くあしらい、上の小さなロッジへ。炒飯にニンニクを入れてもらう。主人が青梗菜のような菜を畑から取ってくる。タトパニ(お湯)をもらう。パパドをサービスでくれる。この宿は200Rsとの事。もし次の機会があれば絶対にこちらだ。2時発。気合いを入れ直し1時間で峠まで。クランポンを着けトラバースし、4時に最後の峠を越え下山開始。日没との勝負。最後まで気を抜かないよう慎重に。かつ最大限の速度で下る。カリカテンガを過ぎ、3860m、来る時に確認しておいた岩の下に着く。
高度が60m違うが、誤差の範囲だろう。スペースが記憶より随分狭い。ツェルトを張るとちょうど日没。なんとか間に合う。標高もここまで下がると、大分暖かい。残しておいたスプリングロールを食べ眠る。ツェルトを開いておくが、やはり少し結露する。岩側は乾いている。岩から熱が放たれているのだろうか。顔だけ出して星を見る。いつもオリオン座の中にいくつ星があるか数える。16個程。こちらは毎日星が見えるが、長野の方が見える時は見えるようだ。

29日目 チュテンガールクラ
5:30、人が来る前に撤収し下山開始。3800m地点、大きな岩の下に広く乾いた場所を見つける。高度計はズレていなかった。テント場としてイメージしていたのはここだった。ただ、日没前の時間に早めに寝れる所で寝た判断は間違いではなかったと思う。2時間程でルクラ着。嬉しさがこみ上げる。今日はシャワー付きの少し高い部屋に泊まる。洗濯をし、カロリーの高い食事をする。安心してくつろげる。楽園のようだ。おそらく今回見た中で最大のロッジを建築中の、元シェルパの主人の夢を聞く。畑を一緒に手伝う。13日のフライトを早めるように頼むが、今日は満席らしい。夜、クラブからレゲエが聴こえてくる。覗いてみようと街へ降りるが、近づくと音がどこでなっているのか分からず、辿り着けなかった。

11/8日 ルクラーカトマンズ
朝食を食べ、偉大なシェルパに次の登山で守って下さいと、ジャケットにサインをもらう。マニを教えてもらう。のんびりしていると、飛行機が取れたから急いでと言われる。あわてて部屋に戻り、冬靴、スパッツ、服を全て着込んで、空港へ駆ける。来た時より少し荷物が増えているので、15kg以下にするのが大変だ。空港のチェックは簡単なもので、あっさりと終わる。「ライターとナイフはあるか?」「NO.」それだけ。皆に別れを言い、階段を降りる。チケットをもらったが、便名も時刻も無く、ただ何と無く待つ。飛行機が来る度にこれか?と聞いていると、1時間もしないうちに順番が来る。14人乗り。崖に向かって落ちる勢いで飛び立つ仕組み。滑走路が短いので、勾配で速度を稼いでいる。プロペラの回転が上がり、ゆっくりと機体が動き出す。どうか滑走路が途切れる前に、タイヤが離れますようにと、ひたすら祈る。ルクラ空港は世界一危険な空港らしい。無事に離陸し、フラフラしながらカトマンズに着陸。一緒に乗っていたフィンランド人とタクシーをシェアしてタメル地区へ。3$の宿に荷物を置き、土産などを買う。2200Rsのノースフェイスのバッグを2000で買う。よせばいいのに、他の店で値段を聞いたら1500Rsだった。よくあることさ。旅行代理店へ行き、パスポートを引き取る。これで全てが終わった。レストランでイスラエル人と相席になり、夜中まで話し込む。世界は広い。ベッドに戻ると知らない人が寝ている。2日前から居るのだと言う。宿の予約がめちゃくちゃだ。夜中に外に出るがどこも閉まっている。以前泊まったホテルへ行くと、開いていて、一部屋だけあった。シャワーを浴び、眠る。

■アンナプルナ編

11/12
トレッキングが早く終わり、カトマンズで買い物や食事を楽しんでいたが、のんびりするのがどうも性に合わないようで、アンナプルナへ行く事にする。毎日歩いていたので、歩きたい欲というものが身についている。せっかく絞られた体が鈍くなってくるのも心地が良くない。地図、クッキー、パンを買い、バスの手配をする。不要な荷物を宿に預ける。

11/13
バスで8時間、ポカラへ。途中何ヶ所か、高速のSAのような所に寄る。食事はブッフェ形式で、停車時間の30分で、食べられるように出来ている。
ポカラ着。タクシーと宿の激しい勧誘。その1人にパーミッションが必要と言われ、湖のほとりにあるオフィスへ。TIMSカードとアンナプルナB.C.のパーミットを作る。それぞれ2000Rsずつ。今日のうちにナヤプルまで行きたかったが、ストライキでバスがない。明日には動くと聞き、諦めて泊まることにする。湖沿いに宿があるだろうと歩くと当たりで、パラマウントホテルという大層な名前の宿にチェックイン。ポカラまでのバスを探し、幾つかの代理店を周るが1人なので断られる。ストライキはあと4日くらい続くそう。パーミットを払戻せば良いとも言われる。湖沿いに西へ歩くとツーリストバスが何台か停まっている。明日朝一で混ぜてもらえないだろうか。

11/14
1日目 ポカラーナヤプルーチョムロン
朝7時、宿に少し荷物を預けバスを探しに行くが、少し出遅れたようで殆どのツーリストバスが出てしまっている。仕方なくヒッチハイクしようと町へ戻ると、ローカルバスが動いている。ナヤプル方面のバスへ乗り込む。乗っていると、渋谷でネパール料理店をやっているという男に話しかけられる。彼に乗り換えを教えられ町の外れでバスを降り、同じバスに乗っていたフランス人とタクシーをシェアして、ナヤプルへ。先のベニまで行く2人とメールを交換し別れる。降ろされたところは、町とは思えないようなところで、ボロボロの店が道路沿いに並んでいる。道を聞き、店の隙間の狭い階段を降りると、大通りに出る。チェックポストを2つ抜け、川沿いの道を歩く。時々砂埃をあげて車が通過して行く。マチャプチャレが近づいてくる。10時から17時まで歩き、チョムロン着。夕陽に染まるアンナプルナサウスとマチャプチャレ。A.B.C.まで行ける可能性が出てきた。

2日目 チョムロンーA.B.C.(アンナプルナベースキャンプ)
5時に起きるが、まだ暗い。明るくなるのを待ち、6時発。皆に無理だと言われながらも、ひたすら歩く。途中、ペースの良い日本人の青年と共に歩く。おかげでペースを保てた。14時半、デウラリで別れM.B.C.(マチャプチャレベースキャンプ)へ。予想より早く着いたのに気を良くし、A.B.C.まで行く事にする。すぐにA.B.C.が見えて来る。日没前に着けそうだ、良かった。マチャプチャレが紅く燃えている。月が昇る。アンナプルナ喫が見えてくる。不可能と言われたことが出来るのは嬉しい。宿には、アイスランド、スコットランド、イギリス、スペイン人。近隣の国の人が集まっている。イギリス人の発音が聞き取りづらく、何を言っているのか半分も分からない。イギリスの田舎の方なのだろうか。食堂のテーブルには毛布がかけられ、中でバーナーが焚かれている、コタツだ。寒がるスペイン人に銀マットを貸し、ネパール人と食堂で寝る。彼らの会話がなかなか終わらない。夜中に時々目を覚ますと、月に輝く白い峰々に囲まれている。幸せな気分。

3日目 A.B.C.ージヌー
6時、外に出て朝焼けを見る。夕焼けの方が美しい。アンナプルナ喫は高く感じないし、難しそうに見えない。実際は違うのだけれど。7時発。途中、行きであった何人かとすれ違い、A.B.C.まで行けた喜びを分かち合う。16時ジヌー着。ジヌーの温泉は村からそれなりの距離と山道で、サンダルで来たのは失敗。ぬるめのお湯で、入ると寒くて出られない。それでも皆楽しんでいて、幸せそう。温泉文化は世界共通だ。登山と言っても差し支えないような道を戻り、韓国人のグループが騒がしく乾杯を繰り返す中、眠る。

4日目 ジヌーーナヤプルーポカラ
ポカラまでの交通機関があるかが1番の問題で、無ければ夜を徹してでも歩こうと覚悟する。帰国の飛行機までの猶予がないのだ。ナヤプルまでは1度登り返しがある他は緩やかな下り。登りに6時間の距離なので、ここまでくればと安心して少し遅めの7時に出発する。疲れも溜まっていて、ひたすら我慢の歩き。細かな分岐があり何度か道を間違える。サユリバザールを過ぎると車道になり、尚更面白味がなく辛い。時折通る車を恨めしく眺める。結局登りとあまり変わらない5時間半かかりナヤプル着。登りがいかに速いペースだったかということでもあるだろう。タクシーの勧誘を断り、ツーリストバスに頼み込むが断られる。笑顔でポカラへ出発する西洋人達が羨ましい。先ずは食事をしようとダルバートを食べていると、1人のタクシードライバーに、他に2人いるからシェアしないかと持ち掛けてくる。とりあえずOKをして、バスの様子を見ながら食事を済ませるが、他に選択肢は無さそうなので、タクシーへ乗り込む。もう一人の乗客はフランス人。話していると長野だろ?と言われて驚く。チョムロンで会った人だった。何かの縁だろうか。膝が痛み、引き返して来たそうだ。日本の歴史や文化に詳しい。漫画とゲームから得た知識だそうだ。日本はもっとマンガとゲームを支援しても良いのではないだろうか。ポカラに無事到着。Grilled lemmon fish の看板に惹かれ、魚を食べようと決める。そう言えば、日本を出てから1度も魚を食べていなかった。入った店でボイルドフイッシュを注文するが、フイッシュシッツラーと言うのを強烈に勧められる。そこまで言うならとシッツラーを頼む。それは魚の鉄板焼きキノコソース掛け。とても美味い。魚の中が少し生っぽい。。その夜、見事に食中毒になり、苦しい一夜を過ごす。

11/18 ポカラーカトマンズ
体調が不安なまま、七時のバスに乗り込む。後から来た中国の少女が、自分の隣の席に導かれ、露骨に嫌な顔をする。しばらくして、中国語で話しかけられ、日本人だと言うと、笑い合い、和む。少女は英語が拙く、自分は中国語が分からない。眠り続ける少女が、次第に肩に頭を乗せてくる。はたから見れば2人で旅しているように見えただろう。7時間バスに揺られ、行きよりも早くカトマンズ着。一緒に中国人の溜まり場となっている宿に行く。そして、そこにいた他の中国人と中華料理店へ。中華料理は本当に美味しい。カトマンズの日本料理店は微妙だが、中華は本物だ。世界中にチャイナタウンが出来る訳だ。彼らの会話が全く理解出来ないのが辛い。帰ったら中国語を学ぼう。買い物などをして、ネパール最後の夜。満月と、どこからか聴こえてくるネパール語のカラオケの中、眠る。

11/19 カトマンズー昆明
朝6時、動き出す前の街を歩き散歩する。砂埃に朝日が射し込む風景に異国を感じる。新聞を買う。選挙の記事が一面。ロシアの飛行機が落ちたらしい。朝は中華。やはり美味い。土産物を買おうと街を歩くが、いつもと様子が違う。ストライキの為に殆どの店が閉まっている。タメルの中心地区、観光客相手の店だけがそれなりに開いている。アルコール類も一切棚から消えている。必要なものを買い、宿に戻り、未だ寝ていたバスの少女と別れを交わす。ストライキの為にタクシーも無く、バスに乗る。少しして登頂証明書を受け取り忘れた事に気がつく。バスはもう出ると言う。5分で戻ると言い、代理店に走るが、結局閉まっていて、またバスへ走る。30分くらいしてバスが動き出す。慌てた意味がなかった。道は空いている。窓から見える店は全てシャッターを下ろしている。選挙に関するストライキのようで、その光景には無言の激しい主張を感じる。空港で荷物を計ると16kgと18kg。リミットは23kg×2でまだ余裕がある。空港内はやはり物価が高く、街の2倍以上。1時間600RsもするWifiでカトマンズの人達にメールをする。大きい旅客機は安心して乗れる。左の窓からヒマラヤが見える。登ったメラピークを探す。多分そこかと思う山はあるけれど、一体山が幾つあるのか、どこまでも山が連なり、どれがどの山か分からない。窓に張り付いて写真を撮る人達、全く興味を示さない人達。山脈の隆起に地球の動きを想う。地面のひだが陰影を生む。高度により冷えた空気はそれらを白く染める。旅人は何を求めそこを歩くのか。歩くことと生きること。その時間と目的が重なり合う。世界では70億の人々、70億の意識がそれぞれ、考え、愛し、争い、生き、死ぬ。宇宙に始まりと終わりがあり、その中で人がどんな意味を持つのか持たないのか。どこにも確かなものはないし、あらゆるものが時の流れに消えていくが、言葉や想いには確かに力があるし、魂を震わせることは、人を高めていくだろう。

後記
エベレスト周辺の道は随分と観光地化されていて、挑戦、登山というような雰囲気ではなかった。太ったヨーロッパ人が、ポーターを雇い歩いている。殆どが高齢者だった。景色を楽しむだけならパーミットのいらないトレッキングで良いし、本格的な登山をするなら、よりテクニカルな山か、高い山へ行かなくてはならない。トレッキングピークというのは、登山をした事の無い人達が、登山体験をしてみたい、という時に向かう所なのだろう。高山病、寒さ、凍傷で撤退する人が多かった。メラピークの方はもう少し静かだった。中国側からの方が、ロッジも無く、よりチャレンジングだと聞いた。レンジョパス、チョラパスなど、主要な道を結ぶ、路地のような道はもう少し味わいがあるらしい。アンナプルナはさらに静かでサガルマータエリア(エベレスト街道)より観光として成熟していない。物価もそれほど高くなく、より静かな山歩きが出来るだろう。
延べ30日間、毎日5-15時間程歩いた。脚には筋肉がつき、身体が随分絞られた。全ての登山道具を自力で持って登っている人には1人も合わなかった。それだけが小さな誇りだ。逆に言えば、本気の人達は違うところへ向かうのだろう。6500mという高度は順化に時間をかければ日本の山と大きな違いは感じなかった。7000mでも問題はないと思う。次はいつか、8000mに行ってみたいと思う。マナスル、チョオユー、どこが良いだろう。ゆっくりと調べていこう。アンナプルナなどは致死率が40%近いらしい。それは登山と言って良いのだろうか。凄い世界があるものだ。
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