遭難事故報告 - 上高地から穂高岳山荘往復
- GPS
- 10:45
- 距離
- 21.0km
- 登り
- 1,584m
- 下り
- 1,085m
コースタイム
- 山行
- 6:23
- 休憩
- 1:11
- 合計
- 7:34
天候 | 7/4 曇り時々雨 7/5 曇りのち雨 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2022年07月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
他のメンバーは上高地に前泊 |
コース状況/ 危険箇所等 |
ザイテングラート手前で雪渓を何度か横断。 長い雪渓は雪が切られて階段上に整備されている。 念のためアイゼンまたはチェーンスパイクを持参したい。 雨天時スリップ注意 |
写真
装備
個人装備 |
ヘッドランプ
予備電池
地図
コンパス
笛
筆記具
ライター
保険証
飲料
ティッシュ
タオル
携帯電話
計画書
雨具
防寒着
スパッツ
手袋
着替え
水筒
時計
日焼け止め
リップ
非常食
アイゼン
ピッケル
ヘルメット
ゴーグル
モバイルバッテリー
ココヘリ
ファーストエイドキット
ツェルト
|
---|
感想
山岳遭難防止のサービスを作っている身としては反省しかないのですが、自身が遭難し、救助隊の皆様に助けていただきました。命をつないでいただき、感謝しかありません。
この記録では遭難救助活動の情報共有をさせていただきます。
当日のうちに出来るだけ正確なデータやメモを残すことを心がけましたが、記憶違いなどの誤りがある可能性もあります。
また、あくまでも遭難者側からの主観的な視点の報告ですので、客観的な事実に基づかない情報も含まれていることをご承知おきください。
--------------------------------------------------
7/4
朝から雨。早朝の上高地では雷も鳴っていたとのこと。
悪天は朝がピークで時間が経つと好転する予報であったため、自身は予定通り上高地へと向かい登山をスタート。
途中雨には降られたが、雪渓も思っていたほどではなく、順調に穂高岳山荘までたどりつく。
穂高岳の山頂は過去に行ったこともあるので、今回は無理せず山荘より先には行かずに宿泊した。
--------------------------------------------------
7/5
■5:30 朝食
■6:24 穂高岳山荘 出発
■8:05 涸沢通過 ヘルメット、ピッケルをしまい、ストックを出す。
■8:36 大崩落地通過
■8:45ごろ【遭難地点】 事故発生
濡れた岩の上で足を取られて転倒する。
ストックを持っていたことで油断していたのか、安易に足を踏み出してしまった。
転倒した際に、足をひねる以上の嫌な痛みを感じる。
足の状態を確認する。
足をまっすぐ伸ばしてつま先を上にした状態にすると、勝手につま先が右側に倒れてきてしまい、自身の足の力では支えられない。
痺れるような痛み。過去に骨折をしたときに感じた感覚と同じと思われる。
痛みの場所は足首よりも少し上の方に感じる。
靴は脱がなかったが、外から見た感じと自身の感覚として少なくとも大きな出血はなさそう。
足の指は動く。
まずは固定して歩けるかを確認するため、3段式のストックを抜いて3つに分け、うち2本を右足の右側と左側に添えてテーピングでぐるぐる巻きにしてもらう。
その状態で立ち上がってみたが、痛みで右足を地面につけず歩くことは困難。
ストック1本では松葉杖として使うこともできず、歩行できないと判断した。
■9:00ごろ 【遭難地点】 救助要請
私の携帯電話は電波が通じなかったので、同行者のauの携帯から110番にかけて救助要請してもらう。
松本の警察につながり、救助方法の検討をするために何度か電話のやり取りを行う。
現地の状況説明
・怪我の経緯
・現在の体や怪我の状態
・緯度経度の数値情報
・雨の有無
・風の有無
・雲の高度
など
次に、本人及びメンバーの情報を伝える
・通報者の氏名、住所など
・遭難者の氏名
・生年月日
・住所
・勤務先の名称、連絡先
・緊急連絡先
・計画書の提出有無、提出先
・登山の経験年数
・山岳保険の加入有無
・保険会社の名称
・コロナの感染者との接触有無
・ワクチン接種の回数
など。
同行者から痛み止めをいただいて服用。
救助を待つ間、足を下にしてしまうと血が溜まって腫れてくる恐れがあると判断し、怪我をした足を上げるため、雨具を着てから岩場で仰向けになる。
また、岩から体温を奪われないように体の下にザックや服を敷いて、レスキューシートで体を巻いてもらう。水分補給も行う。
警察の方からも低体温に注意するように指示を頂いた。
小屋泊だったのでマットがなく、色々装備を挟んでも下からの冷えで体温を奪われる感覚があった。
体勢を調整し、できる限りの保温に努めた。
この間に雨が降り始める。
■9:40ごろ 【遭難地点】 救助方法の連絡
警察から電話で連絡があり、ヘリは飛べないこと、遭対協の隊員の方々による横尾までの搬送になることが決定したと伝えられる。
まず涸沢小屋と涸沢ヒュッテから4名の方々に来ていただくことに。
■10:15ごろ 【遭難地点】 遭対協の救助隊到着
救助隊の方の指示により、感染防止のため、同行者にお願いして私のザックからマスクを出してもらって装着する。
同行者には私の荷物を持っていただき、先に横尾に降りてもらう。車の鍵を渡して、自宅近くまで運転していただくことをお願いした。
足の状態を確認し、固定をやり直してもらう。
固い金属の板(シーネ)を途中で90度に曲げてかかとに当て、足の裏とふくらはぎに当たるようにしてからテーピングや包帯、三角巾などで固定した。
この状態で背負い搬送を試してもらうが、背負用の機材を使っても歩けない。
私の身長・体重は 176cm / 75kg で体格が大きいため、サポートがあっても一人で背負うのは困難な状況であった。
色々と検討をいただき、
・背負う人に対して私の背が高く、岩等に足をぶつける可能性が高いこと
・私が膝をほとんど曲げられないこと(更にぶつけやすい)
・私の体重が重く、濡れて滑る地面では危険なこと
・私が足を少し動かすと激しい痛みを訴えること
などを踏まえてストレッチャーによる搬送に切り替えることに決定されました。
無線で涸沢ヒュッテにストレッチャーの手配を依頼していただく。
ストレッチャーを受け取りに行く隊員の方が移動開始。
■11時過ぎ 【遭難地点】
ストレッチャーを涸沢ヒュッテから持ってきていただく。
追加で救助隊のメンバー2名が合流。
■11:20ごろ 【遭難地点】 搬送開始
横尾から無線で連絡があり、これから横尾山荘より3名の隊員の方々が来ていただくことになった。
現地にいる合計6人での搬送開始。
アルミのストレッチャーなど搬送器具の重さや私の服の重さなどを加算すると最低でも85kg~90kgの重さがあったのではないかと思う。
一人あたり平均15kg、実際はバランスが崩れるのでもっと重い重さを片手で持って搬送することになる。
ストレッチャーのパイプを直接手で持つ、スリングを通して手で持つ、スリングを通して肩で持つ、などの方法を組み合わせて持っていただく。
自分の体重が重いので本当に申し訳ない。
搬送が始まると揺れたり何かに当たるたびに足が痛む。
折れた骨が足の中でずれる感覚があり、
「イタタタタ」と声が出てしまう。
色々工夫していただき、最終的に左右の足のつま先をテーピングで繋げて固定してもらうと足が動かなくなりだいぶ楽になった。
狭い道で、かつ急で滑りやすい道で大変そう。
道をふさぐ大きな岩がある場合や、道が狭くなった場合は、いったん立ち止まって一人ずつ回り込んだりしながら工夫して移動していく。
あまりに重いのでこまめに休みを挟んだり、持つ場所の交代をしたり、持ち方を変えたりしながら進む。
申し訳ない。
■12:25ごろ 【本谷橋までの搬送途中】
横尾から追加で来ていただいた、3名の隊員の方々が到着する。
交代による6人での搬送ではなく、人数を増やしたほうがいいとの判断をされていた。
左右に4人ずつ、8人でのストレッチャー搬送に切り替え。交代しながら9人で運んでいただく。
途中から寒くなってきており、保温のためツェルトを全身に被せてもらう。顔にも被せるのでこのあたりから私の視界はなし。
■13時ごろ 【本谷橋】
橋の幅が狭いので、前2人、後ろ2人の4人だけで通過。重くて申し訳ない。
橋を渡ったところで、長野県警の救助隊の方々が2名到着。
遭対協の1名の方は、小屋の業務などがあるためここまで。
普段の山小屋の仕事を止めてまで救助活動を行なっていただいていて感謝しかない。
ここから合計10名での搬送を開始。
人数が多くなったが足元が見えにくく歩くのは大変そう。
■13:50ごろ 【製材所跡】
■14:45ごろ 【横尾】
救急隊員の方に右足の状況を再確認いただく。
出血はなく内出血している。
足の右前側を触ると痛む。痛みは2箇所ありそう。
この時点で腫れは特になし。
小型の陰圧式の固定具(バキュームスプリント)で足を固定していただく。
私の荷物は用意されていた車に積んでいただいていたので、そのまま車に乗って上高地へ。
救助いただいた皆さんにお礼の言葉を言う余裕もなく出発。
車には座って乗り、オフロードを走るため車が揺れるたびに足が痛む。
自分で痛みを逃がす体勢を探しつつ、遭難状況の確認に関する質問に答える。
■15:30ごろ 【上高地】
ストレッチャーに乗り換えて救急車に乗車する。
陰圧式固定具を大きなものに変更し、付け直すときに再度足の状態を確認する。
足の右側に加えて左側も痛むことを確認。足首の辺りが腫れてきている。
救急車の中では体温や心電図、血圧を計測し続けていただく。
体温は38度、2回目の計測で37.7度。
風邪の症状はないので救急搬送先の病院に受け入れていただけた。
車両が揺れるたびに足が痛むので我慢。
16:40ごろ 【病院1】レントゲン撮影
足を捻った形で骨折しており、ねじって折れたのでスネの骨(脛骨)が斜めに折れてずれている。
上下に折れた脛骨の足首側(下側)の骨には縦に少しヒビが入っているとのこと。
足首の右側と左側の骨も欠けているらしい。
このときレントゲンでは撮影していないが、こういう折れ方をした場合は、腓骨の上側も折れている場合が多いとのこと。(後で折れていることを確認)
足にプレートなどを入れる手術が必要だが、この病院ではスケジュール的に1週間先になってしまうとのことで、別の病院に転院することに。
固定具で足を改めて固定していただき、病室に移動する。
夜の病院食を急遽用意していただく。朝食後に何も食べておらずお腹が空いていたことに気づく。ありがたい。
痛み止めも飲んだが、夜中は痛みであまり眠れなかった。
--------------------------------------------------
7/6 【病院1→病院2】転院・手術
朝から転院先に連絡をしていただき、急遽午前中に転院することに。
妻に迎えに来てもらい、大きい病院へと移動して転院の手続きをする。
診察をしたあとに、レントゲン、CT、心電図、血液検査などを行い病室へ。
病室に着いたところで本日予定が確保できそうなので緊急手術をすることに決定。
18:15過ぎより手術開始
脊椎麻酔による手術で、下半身だけ麻酔が効く状態。
意識ははっきりしており、膝あたりの感覚は若干残っているので、皮膚が切られたり引っ張られたり、金属の棒を打ち付けられる衝撃などは感じる。
またX線透視のモニターを自分からも見える場所に置いていただいていており、手術の内容を確認できた。保持器で骨を挟んで位置調整をしたり、金属の棒が打ち込まれていく状況、棒にある穴を狙ってネジをドリルで入れていく様子を見られて、トラブルがなく進んでいることがわかり安心していられた。
麻酔と疲労で途中何度か眠ってしまった。
3時間弱で手術は無事終了。
病室に戻ると腰の痛みがあり眠れず、麻酔が切れると足の痛みも相まって鎮痛剤を投与いただいてもほとんど眠れなかった。
あとから気づいたのだが、手術の痛みよりも、腫れにより筋肉がひきつっていて、常時足の筋肉がパンプし続けているような痛みのほうが強かったように思う。
--------------------------------------------------
7/7 【病院2】退院
翌朝は手術跡の状況を確認いただき、問題無さそうなので松葉杖の使い方やリハビリの指導をいただいてから退院した。
退院したあとは自宅療養を開始。
数日はトイレと食事以外ほぼ寝たきりの状態。
足はパンパンに腫れ上がり、足を上げて横になりマッサージで血行を良くして濡れタオルで冷やしなんとか凌ぐ。
痛みに加えて吐き気で気持ちが悪くなったり、熱が上がったり下がったりの繰り返し。
--------------------------------------------------
以降はリハビリになるので、報告としてはここまでです。
一番気が抜けやすいと言われる行程の3/4あたり(2日目の穂高岳山荘から横尾の区間として)での事故であり、今回の転倒は自身の不注意および慢心が要因と考えております。
おそらく登山ができるようになるまでは少なくとも3-4ヶ月、長くて半年はかかるのではないかと思います。
今回対応をいただいた北アルプス南部地区の山岳遭難防止対策協会の皆様、および救助にあたっていただいた救助隊の皆様、長野県警察本部 山岳安全対策課の皆様、救急隊員の皆様、各病院の先生方、看護師の皆様、そのほか協力をいただいた皆様、私の命を救っていただき本当にありがとうございました。
救助要請や救助隊到着までのサポートをしていただいた同行者の皆様もありがとうございました。
また人手の少ないこの時期に多くの従業員を救助隊として出していただいた、涸沢山荘、涸沢ヒュッテ、横尾山荘の皆様にも感謝申し上げます。
まずは回復に努め、登山ができる状態になりましたら、皆様に改めてお礼に伺わせていただきます。
警察と民間が協力してこのように人を助ける仕組みができている有り難さを改めて痛感いたしました。
今後も自身の人生をかけて山岳遭難の防止および救助活動に貢献をさせていただきます。
この度は本当にありがとうございました。
自分も10年前に同様の遭難、怪我をしたので、読んでいて当時の記憶がフラッシュバックして心拍が少し高くなったのを感じました。
今も登山できるのは、当時尽力してくださった山岳関係者、警察救助隊員(この時は岐阜県警でした)、それにずっと寄り添ってくれた友人のおかげなので今でも感謝しています。
登山の本格再開までは時間がかかる(私は松葉杖などを使わず歩けるようになったのは9ヶ月後)かと思いますが、どうぞしっかり回復させてください。
一方、同じ様な怪我にも関わらず、私の場合は脛部分を切り開きプレート・ビスを入れ、術後も約ひと月半入院を要しましたが、翌日には退院、自宅療養とはおどろきました。
最後に一つアドバイスとして、療養中は動かないのでつい普段通りに食べてしまい、気がついたら……となる恐れがありますので、その点お気をつけください。
お大事になさってください。今後のヤマレコに期待しています
まだまだ低山しか行っていませんが、こーゆーレポートを載せていただけると「こういうことも有り得る」と気が締まる思いです。
詳細なレポートありがとうございます。
お大事にしてくださいね。
骨折、、、はしたわけですが、後遺症もなく またお山に復帰できそうで良かったですね。(素人の勘でゆうてて すみません)
また事故報告の共有ありがとうございます。
早く治りますように。僕も事故に気をつけます!
両手は使えるのでヤマレコの開発が捗っちゃいますね😃。
また、遭難事故とその後の状況の、詳細レポートありがとうございます。
私(bergheil)も、2014年春の北アルプス(爺が岳)で疲労により遭難し、幸いにも山小屋のかたに無事救助されたことがあり、その記録をヤマレコにアップしましたが、多くの方に見て頂いています。
この遭難レポートも、ヤマレコユーザーの多くの方にとって、非常に参考になるものと思います。
また私(bergheil)は、上記遭難とは別に、同じ年(2014年)に、ボルダリングジムでの落下事故によって、マトヤンさんと同様に、足の脛の骨(脛骨)と腓骨を複雑骨折した経験があります。
(諸事情により、ヤマレコ上には詳しいことはアップしていませんが・・)
その時は、マトヤンさんと同じく、複雑骨折していた脛骨には骨髄部分にチタン製の棒を突っ込み、腓骨は粉砕骨折状態だったので、チタン製の板を骨折箇所に添える、という手術を受けました。
約5時間の比較的長い手術でしたが、問題なく手術は完了しました。
ーーーーーー
以下、マトヤンさん、及びこのレポートをご覧になるヤマレコユーザーの方々のための参考になるかと思い、私の場合の、術後の経過、リハビリ状況、登山への復帰状況を書いておきます。(長文ですみません)
※ 重要なのは、術後はリハビリをしっかり行うことです。マトヤンさんは、術後すぐに退院されていますが、リハビリは自己流ではなく、リハビリ科がある専門病院に通われることをお勧めします。
(以下、術後の経過、リハビリ状況、登山への復帰状況)
・手術の2日目からは、その病院内のリハビリセンターで、リハビリ専門医によるリハビリを約2か月半行いました。リハビリの主眼は、骨折した側の足の筋(スジ)や筋肉が、そのまましていると固まってしまって、後に歩行に支障がでるために、足の筋(スジ)や筋肉を屈伸させて、可動域を広げるものでした。
・術後は骨折した側の足はずっと「むくみ」が強く、また痛みも結構ありましたが、痛み止めの薬は術後数日間のみで、あとはアイスノンのような保冷剤で局所を冷やす療法でした。
骨折と手術によって、足の血管、リンパ管が多数ブチ切れているので、「むくみ」や炎症が生じますが、冷やすのが唯一の対処療法です。
・退院時期は、骨折部分がかなり接合して、松葉杖を補助として使いながらも、骨折した側の足が使っても良い段階になってから(骨折後 約2か月半)でした。
骨折した部分が十分に接合してないうちにそちら側の足を使ってしまうと(=体重がかかってしまうと)、骨折した部分に再びヒビが入って予後が悪くなるため、入院中は、「絶対に! 骨折した側の足を床面に着けてはいけない!」と何度も強く言われました。
入院中のうち、最初の1か月半は車椅子利用。その後の1か月は、松葉杖使用でした。
・退院後も、骨折した側の足には、あまり負荷は掛けないように、との指示で、1か月ほどは自宅療養で松葉杖での生活。
骨折して3か月半後にようやく、会社へ復帰しました(その間は休職扱い)。
・その後も長く、骨折した側の足はむくみと鈍痛があって、ゆっくりしか歩けない状態が続きましたが、徐々に回復し、骨折後6か月目の検査でようやく骨折部分が完全に接合しており、「全治した」という診断をもらいました。
・山歩きの再開は、更に遅く、骨折後7か月目に、低い山のハイキングから始め、足の様子を見ながら徐々に登山強度を上げていき、骨折後9か月頃には、2000m級の山歩きができるようになりました。
(長文で失礼しました)
穂高岳山荘まで行かれたのですから、体力的には全く問題はなくても、濡れた岩場で転倒すると、こんなにも大きな怪我になるのだなぁと思い、明日は我が身と気持ちを引き締めました。
リハビリされて、また山に登られる日が来ますようにお祈りしています。
私も13日、奥又白池を往復してきましたが、前日の雨の影響で大小の岩が黒光していました。
下りでは、予想して危険予知しながら足を置いたのに数回つるりしました。
嫌な雰囲気を感じた時、声を上げて「緊張〜!」と叫んでいますが、それも大事にならなかったと思います。
多くの登山者が、ヒヤリを忘れずに危険予知を内心されていると思いますが、今夏、、心にゆとり です。
マトヤンさん、、ご自愛ください。
ところで、山岳保険の加入を喚起されていますが、保険に入会した場合としない場合の負担費用の差異について落ち着いた時に許せる範囲で教示頂ければ幸いです。
matoyan社長が助かって本当に良かったです。
今後のヤマレコに期待しています。
数年前に下山中に足を滑らせて右足の脛骨と腓骨を骨折、恥ずかしながら場所は高尾山と景信山の中間の小仏峠でした。何度も歩いていた場所です。119番で来て下さった山岳救助の方々の高いスキル、チームワークに本当に頭が下がる思いでした。
入院三週間リハビリ五カ月で今は完全復帰しております。歩き方は体が覚えていてくれてタイムはあまり落ちませんでした。ただ、骨を固定するプレートやボルトの違和感が登山中にはとりわけ大きく、お医者さんの勧めもあって一年後に抜く手術をしました。抜いた後の方が快適です。ご参考になれば幸いです。
一日も早くご快癒されますようお祈り申し上げます。
ともあれご無事で何よりです😅
自分も雪山でまさかのヘリ搬送となった
レコを以前あげさせていただきましたが
今も登山ができているのは、山友さん、
レスキュー、警察、医療関係者ほか
皆々様のおかげです😊
本当に山ではちよっとしたことでも
大きな怪我になりがちです
まさかのときでも、助け合って
みんなが安心して登山できるように😊
ヤマレコこれからもよろしくお願いします
大変なお怪我でしたね。お見舞い申し上げます。
私も昨年5月に、慣れているはずの筑波山で足を滑らせ骨折しましたので、心中お察しいたします。
しかし私は腓骨だけの骨折でしたが、matoyanさんは脛骨の骨折していたのですから、もっと大変でしたよね。
骨折をして思った事は、他の方もおっしゃっていますが、リハビリは本当に重要ということ。
私がお世話になったのは総合病院ではなくクリニックでしたが、リハビリに力を入れているところで療法士さんのリハビリと平行して、アスレチックトレーナーのトレーニングも受けています。
1年経った今もリハビリに通っています。周りの人からは「まだ通ってるの?!」と言われますが、ちゃんと元に戻すためには必要な時間と実感しています。
(骨折前より良い状態なんじゃないの?と言われるまでになりました)
仕事を3ヶ月休む事になり、時間を持て余していましたが、カラダの事を勉強する良い機会だったと思っています。
完全復帰までは時間が掛かると思いますが、完治されてまた山に戻って下さい。
山もまた、待っていると思います。
大変参考になりました。プロフィール拝見するとかなり経験おありな方が涸沢より下の平凡な道での転倒、骨折に遭うということもあることで、大変身が引き締まる思いを感じました。
事故発生となってから、どのように経過が進むのかもすごく具体的で参考になりました。
自分は幸いにも自力で降りられないようなことは今までないですが、これを拝見してたまたま起こっていないだけで、いつ起こってもおかしくないことが良く分かりました。
計画や行動を慎重に行うようにしたいと思います。
その際は何が起きたのかよくわからなかったのですが、こうして詳しく記録に残されていることに今気づきました。応急処置の仕方や、携行されていたテープや痛み止め、携帯電波状況など、今後の登山においてよく気をつけなければ、と感じました。早くのご回復をお祈りいたします。
1年2ヶ月も経っているのにコメントさせていただきますが、お許しください。
9/16〜9/17まで中央分水嶺トレイルを歩きましたが(ヤマレコ記録にアップ)、宿泊地の松本を自車で走行している際に、たまたま貴社の看板を見つけ(9/16のヤマレコ記録に写真を掲載させていただきました)、ここが毎日お世話になっているヤマレコさんの本社かなあと思いました。
先程ヤマレコについてネットで調べてみて確認でき、まとやんさんに辿りつきました、
小生は2021年2月からヤマレコに毎週のように山行記録をアップさせて頂き、日記も時々書いています。
まとやんさんのこの事故記録を拝見し大変参考になりましたが、2018年11/4に涸沢からの下山途中に、わが会の超ベテランの私と同じ年の同行メンバーが崩落地でほんの一部凍っていた敷石で足首を捻りヘリで救出されました。どこでもこのような事故は起こりえますので、肝に銘じて山行しています。
復帰して楽しく山行を続けているようで、またヤマレコの仕事をバリバリなさっているようですね。
小生はヤマレコ中毒気味にヤマレコを
始終覗きながら参考にしています。
こらからも、ヤマレコを応援しますので頑張って下さい。
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する