日本百名山の短歌　49　立山①

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2022年08月08日 08:35日本百名山の短歌全体に公開

日本百名山の短歌　49　立山①

「はじめに」
武漢ウィルスのために、スティホームを自衛のために求められている二〇二〇年の五月、山に行けない無念の思いを、以前に書き留めて置いた「山の短歌」を整理してみました。私のヤマレコ日記に、「日本百名山の短歌」と言うテーマで書いていましたが、途切れています。
重複していれば、後日修正しますが、これは、これで短歌を主にして書いているつもりです。読んでくださる方には感謝です。拙い文章ですが山を表現する日本文学の素晴らしさを味わえればと思います。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　hagure1945
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短歌に詠まれる山（一）
立山
　立山は、もともと修験者の山として、天台宗や真言密教の隆盛と一緒にさかんになったところで、開山は七〇一年、佐伯有頼とされていて、その開山の伝説がいまに伝えられている。有頼は立山修験道を、芦嶮寺から弥陀ヶ原、天狗平から室堂、そして雄山に至る道を完成させた。天台宗の修験者のたどる立山別山ルートとなる。所謂「表参道」である。真言宗のほうは上市郊外の大岩日石寺を基地に、折立を経て伊折に至り、馬場島から剣岳や大日岳に修業の場を求めたと言われている。いわば裏参道と言わるルートであった。それが、江戸時代に通行禁止にされて衰退する。立山曼陀羅に剣岳は魔の山として描かれ、登ってはならないとされる。他方、天台宗ルートは立山登山道として認められ、芦嶮村は案内人の村として繁栄した。　宗教の対立と村の経済の対立と藩の政治的・経済的利害とが絡んで、裏参道が封印され、表参道への集中が図られたのに違いない。この経緯を社会経済史的に分析したら面白いと思う。いずれその研究をしてみたい。この問題については新田次郎の小説『剣岳　点の記』を読まれるといい。
　立山の量局峰の「雄山」はなぜに「雄」山なのか。これは受け売りの話であるが、「立山は加賀の白山と並び称されて、白山の山容が優美なので比め神と崇めたのに対して、立山は山勢が雄偉なところから雄山神とした』（深田久弥『おちこちの山』「立山」）ということのようだ。白山は女神、立山は男神ということになる。そしてこの雄山神社の開基はいまから千百年以上も以前のことで、その由緒は極めて古いのだ。
またその雄山神社こそは、立山の山頂にその本社があり、日本で一番高いところにある神社なのである。
富士山の神社は浅間神社であるが、その本社は山麓の大宮にある。昔から有名な山であるだけに、多くの歌人に古くから親しまれてきた山である。
剣岳の冒頭で万葉集の「立山」は「たちやま」としての剣岳であるという説を私は支持するので、この
　「立山」の章ではとりあげない。
　私の手元にある昭和十年発行の『日本山嶽短歌集』には「立山」として七首、また、雄山と大汝山が別個に挙げられているが、別の山のように扱われている。また収録されている歌も少ない。歴史的にも有名で信仰登山の対象であったのだから、もっと短歌でも詠われていてもよさそうなものだが、残念なことだ。
　私なりに目にした歌を挙げてみるが、立山については、歌人川田順と吉井勇の歌、歌集「立山」の柳瀬留治、また松村英一、そして佐藤佐太郎「地表」の冒頭の歌、更に最近『歌人の山』を書いた来嶋靖生を取り上げなければならないだろう。

来嶋靖生
　来嶋靖生は一九九八年『歌人の山』という本を出した。窪田空穂に師事し、歌誌「槻の木」を主催している。この本では三十の山についての秀歌について、自らの登山と併せて紹介している。百名山のそれぞれの山に詠われた短歌を集めてみたいと思っていた私の企ての先を越されてしまったようではあるが、その序章で、「山の記録や山の文学志、民族志は専門家に委ねよう。ただし短歌については比較的触れられることが少ない」と指摘し、その思いから本が生まれたわけで、思いはまったく同じである。次の歌は平成八年の夏の作である。一ノ越から雄山への登りは、歌の通り石榛の歩きずらい道である。そして私たちと同じコースで剣御前小屋に泊まっている。平成九年七月三十一日室堂着Ｊ御前八時出発する。

　ほのぼのと朝明けたり空青くひろき緑のつづく高原
　夏の日の空に照る下とぼとぼとわが歩み行く古きこの道

　そして目指す立山の雄山に向けて登り出す。十時半山頂に着くが、このころから天気が怪しくなり、大汝山では眺望もなくなり、別山に午後一時半、とうとう小雨に逢ってしまう。

　石篠の滑りやすきを警めてわが迫り行く雄山神のべ　　　　
　遠世よりこの道踏みて過ぎ行きし無名無限の人の足跡

　四首目の「無名無限の人の足跡」がいい。気づかぬところに心があって余韻が残る。立山という山を異なる側面から言い表していておもしろい歌だと思う。

太田水穂
大田水穂の歌集『鷺・鵜』の「越中にて」の一首。『潮音』の同人林道夫宅にてとある。
大田水穂
　立山とおもふ大嶺の峰明り青雲のうへにいまだ見えつつ　
北陸を旅した折の歌。「峰明り」ということばが美しく、立山の優美さに相応しい。
昭和三年の四月の作品。立山にはまだ深い雪があり、峰の雪が青雲の上にほのかにかがやく様を静かな落ち着きのなかに詠っており、余韻の残るいい歌である。私はこの歌は立山を詠った歌のなかではＩ押しの
吉井勇
　吉井勇に立山の歌がある。都会派の歌人と思っていただけにいささかの驚きがある。吉井勇の歌集『流
離抄』より、昭和二十年二月から十月まで越中の八尾に疎開していた折の歌。「伐折羅」とは薬師十二神の伐折羅大将、憤怒の相で、左手は腰を押さえ、右手に剣を持つ。そのような形相に立山を詠う。六十才のとき。
　
　見はるかす山は何々立山にあたれ大日は猶
　立山がうち聳やかす阿修羅肩見つつ今日も過してむもの
　立山の大弥陀ヶ原はるはると老痩臑（すね）にのぼる日もがも
　伐折羅のたたむきなせる逞しき大立山の彫りのよろしき
　立山を見つつ酌まむと思へども酒なしただに夕雲を見る

吉井勇は明治三十八年与謝野夫妻の主宰した「明星」で歌壇に登場した。薩摩人を祖父とする伯爵の嗣子であったが、同時に遊蕩児として聞こえていた。彼は早くから家を外にして、癈嫡に近い生活の内に、昌子とは異なる青春の歌を詠い上げていた。彼は放浪に近い生活を送り、終戦の年、富山に疎開していた時期の歌が、その後の歌に影響を与えた。吉井勇の歌は昌子の影響も色恋ものはあったが、彼の歌には男の境地があって好きな歌人であるが、この立山の歌は、青春の色つやのある歌とはかなり趣を異なにしている。
　吉井らしいのは「立山を見つつ酌まむと」の歌であろう。酒の好きな吉井が、寂しさを堪えながら、日々立山の連なりを眺め、終戦の日を迎え、先行きの暗漕とした世相のなかで、親しんだ京都から離れ、人知れぬ越中の片田舎で過ごす自分を慰めるすべもなかったかもしれぬ。その寂しさを立山の夕景色に詠う。ここで言う「大立山」は「剣」のようにも思えるのだが。
川田　順
　立山の歌と言えば、この川田順の歌集『鷲』の「立山行」五十一首の作品群である。これら一連の歌は力強く、自然の大きさに負けていない歌がおおい。来島靖生もその著『歌人の山』の「立山」の項で、この川田順に触れている。川田が住友本社の勤めを辞し、文学で生き名ことを決意し、その最初の企てとして、この立山登山であったという。この歌集は昭和十七年に帝国学資院賞を受けた。
剣岳の歌は立山に登る前日、室堂での歌である。そしてその夜、川田は

　しくしくと腹の痛めば山岳小屋に兎の肝を嘗めて寝にけり

という状態であったが、翌日は立山の山頂を極めている。その日の夕景に詠んだ歌は、来島も絶賛するほどその景観は大きい。「立山が」の歌は雄大な景色に深い余韻を残すいい歌だ。

　立山は荒き岩山岩の秀に石積みあげて祠据ゑたり
　あからひく日の真昼なれ雄山より大汝山へ岩尾根ったふ
　立山が後立山に影うっす夕日の時の大きしづかさ

そのぼは山頂の社務所に宿泊。翌日黒部谷に下る。その折道に迷う。佐伯八郎に案内されながも大変に不安なときを過ごす。その時の歌は読む者までをも緊張させる。昭和の初期、今と違い道標などなく、山に精通した案内人に頼り、ナタ目を探し下るのだ。この中の谷に下る道はいまはとられていないが、山で道に迷う恐さをこれらの歌は教えてくれる。

　強力の佐伯八郎十年前に通りし道をあちこち探す
　蘇苔の上にかもしかが着けし足の痕のかそけきものを見つつ失ふ
　二方にわかれて道を探すわれら木のくれ闇に声呼びかわす
　常滑の岩にすがりて起きあがれり挫けしと思ふ足ちからなく
　今にして雨の襲ひ来ば人は不知あそらくわれは凍え死ぬべし
　中の谷に出では出づともその真下断崖ならば如何になすかも
　強力の佐伯八郎に信頼しどうにかなるべしと黙して歩む
　黒部の峡谷に行かむと言ひしはわれなりき然思ひっつ黙して歩む

かろうじて道を見つけて、平の小屋にたどり着いき、翌日五色ヶ原に至る。

柳瀬留治
　この立山を詠う歌人では、窪田空穂に師事した柳瀬留治を挙げないわけにはいかない。この人はこの立山を愛しで、歌集『立山』を発表する。山岳歌集であり、戦後に復刻された。

　山霧のひびきとよめる底にして称名ヶ滝白く見えくる

右の歌は「山霧の」という題で石井五郎により作曲されて愛唱されている。柳瀬は富山の人、略歴によれば大正十年から昭和四十年にわたり久保田空穂について歌学の指導を受けたとある。また長年、教育福祉に携わり、昭和五十五年には勲六等単光旭日賞を受けている。その人はこよなく山を愛し、わけても故郷の山、立山を愛した。第二歌集を『立山』と名付け、その第一章「立山連峰」（百七十首）に立山が歌われている。この章は
　　立山より薬師嶽　　　（昭和十五年八月七日～十日）
　　針ノ木峠より立山　　（昭和十年八月三日～七日）
　　槍より薬師、立山縦走（昭和九年八月十一日～十七日）
　　白馬より唐松嶽　　　（昭和八年七月廿日～廿四日）
　　鹿島槍ヶ岳より唐松嶽（昭和十七年九月五日～八日）
の順に組み立てられており、その登山の折々に立山が詠われている。そしてこれらの唄のなかに黒部の深山、黒岳、鷲羽や黒部五郎が出てくるのである。戦前の昭和の時代は昭和三十年はじめと大して変わりはない時代であった。私の子供時代を呼び戻せば、そのころの登山に思いをよせることができる。高度成長期から時代が大きく変化し、山も変わったのである。
柳瀬留治の「立山」の歌を見てみよう。

　　（昭和九年　雄山山頂にて）
　大空の星にこぼれくる立山の雄山にこよひ相酌まむとは
　しののめの雄山に立ちてまなかひの鹿島槍の秀朝づくを見ぬ
　たたなはるこの山脈のはてしなさかたぶく月の命をおもふ
　　（昭和十年　立山温泉から立山へ）
　一萬尺立山頂更けし夜の冴えのするどき月みたり
　　（昭和十五年　弥陀ヶ原、山頂稜線）
　奥大日にくも退けゆきて大汝真砂嶽あらわはる弥陀ヶ原ひろく
　立山の頂にありて遠″にひびく黒部を聞けばさびしき
　立山の頂ゆ見る雲海のたたふる高度五千尺あるべし

　　（昭和十七年　布引岳にて）
　真砂嶽なだれ越えむとする雲を黒部谷風ふき上ぐる見ゆ

それぞれの山旅に詠まれた立山の歌であるが、「たたなはる」は山の名前はでてこないが、「月の命をおもふ」という下の句が美しく、立山からでなければの想いを大きくするよい歌であると思う。

松村英一
窪田空穂に師事し、同じように山を愛した歌人に松村英一がいる。これは師窪田の影響であるのかもしれないが、山に登り歌を詠んでいる。松村英一は明治二十二年の生まれ、大正三年に窪田とともに『国民文学』を創刊する。六十七歳で剣岳に登っている。その歌は剣岳の章で紹介したとおりである。その松村の歌、（残念ながらこの歌の出典がわからないので‘詳細な説明はできない）

　立山にわが見つるとき音もなく無限の闇に花火ひらめく

この歌も暗闇のなかに黒い立山連峰のシルエットと夜空にひらく花火の白色のいろという組み合わせが、広い構図に描かれて、美しさと遠くから眺めている静けさが表現されている。スケールの大きな歌でありながら、そこはかとない叙情が表出していると思えるのだ。

佐藤佐太郎
昭和二十六年、終戦間もない時期に、佐藤佐太郎は立山に登っている。登山した時の経緯は不明であるが、戦後の混乱の時期とはいっても、人間の生活は極端に変わることではないのだと思う。困難な時期にこそ落ち着きや喜びがほしいものである。この翌年朝鮮動乱により日本は経済復興へと進む。私が小学校に入る前の年である。

　立山のいただき寒く朝あけて砂もあらき石に乾ける
　やはらかき土にくらんものの香の絶えたる山にわれは息づく
　風のむたくもの音する山の上うつしみ寒くわれは憩へる

　山の上に小さき草の花咲けり石に生ひっつ陽を待てるもの
　陽の光くらみて山を吹く雲の過ぎんしばらく眼をあきゐたり

つらつら思うに、戦後の時代、二首目からの山上の歌は、自然を詠いつつも当時の人々の生活のこころを詠っているように思えるのだが。あの国中が貧しい時代、暖かい陽をまっていたのは日本国民みな同じであったと思う。改めて、時代背景のなかにこれらの歌を読むとまた違う印象を受ける。
　最後に『日本山嶽歌集』の「立山」の歌をあげておこう。

　立山は遠く曇れど年立ちてふもとに光るむら山の雲　　　与謝野寛
　み越路の秋草や寒く立山の峯に白く雪降りにけり　　　　吉江紫水
　朝晴れて雪の立山はろかなり刈田の上を風の吹き来も　　片口安之助

2022-08-08 日本百名山の短歌　73　天城山

2022-08-08 日本百名山の短歌 88 荒島岳

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