ヤマレコをサーフィンしていると、五頭山オッタテ尾根に関する記録が目についた。オッタテ尾根というのは、五頭山主稜線上の中ノ岳から西に向かって派生する尾根である。
私がこの尾根を意識するようになったのは、Sさんとの出会いが有ったからである。Sさんというのは、新潟県民として初めてチョモランマに登ったという人である。山で一回一緒になったことが有るだけで、日常的なつながりは無く、生活圏もまるっきり違っている。それが、な、なんと、新幹線で隣り合わせになったのだ。私は、新幹線に乗ることじたい稀なことなのに、通路をはさんで隣の席だったのだから、奇跡としか言いようがない。
その時に、五頭山の話になり、Sさんが中ノ岳から派生する尾根を降りた話になった。山スキーで登った時に、偶然的に降りたとのことだった。その尾根のことは聞いたことはあるが、その時は二人とも名前は思い出せなかった。いや、思い出せないのではなく、知らなかったのかもしれない。あとで調べてみて、オッタテ尾根ということが分かったのかもしれないが、その辺の記憶は曖昧である。
そんなことがあって、是非とも登ってみたくなった。登るのは良いのだが、一つ気がかりなことがあった。尾根取り付きまでの行程が、沢沿いに進み枝沢を渡ると言うことである。沢沿いなら雪崩の心配はないのか、徒渉するなら水位は、と疑問は沸き上がるが、行って見りゃわかると、天気の良さそうな時を狙って出かける。
この尾根は、遠望するとルート中間よりやや上部に、どうやって登るんだろうというような所が目に入る。雪崩の巣みたいな感じでもあるし、やせ尾根のような感じもするし、心配なところである。これは以前から気になっていたところではあった。行ってみての判断となる。だめならばピストンで撤退となる。三月末ともなると、装備もストック、ピッケル、アイゼンにスノーシュー、と結構大変だがこれは致し方ない。
旧スキー場手前の駐車場から林道を進み、橋手前から右手の踏み跡を辿る。直ぐに、小さなリュックを背負った男性とすれ違う。格好から判断すると、渓流釣りの下見でもあろう。沢に降りて、砂防堰堤の上流側を渡る。水量はたいしたことはなく、難なく渡る。
尾根は痩せていて、嫌らしい雪の付き方で、早々にストックをピッケルに変える。松の木の多い尾根である。尾根が広くなってくると、ブナの木が目立つようになる。尾根は、右側へと大きく屈曲する。その先標高500mから550m位が急登である。バームクーヘン状の雪の固まりが、左右に分かれて散らばっている。その真ん中を登る。一部ダガーポジションを取る。それがこの先の厳しさを暗示するものでないことを祈る。
登り切ると、広々とした平地が広がっていて、展望が開ける。ブナの木が疎らに生え、一晩泊まって見たい、と思わせる雰囲気である。尾根は、左へとカーブし、オッタテ尾根と正対するようになる。眼前には、急な斜面が立ちはだかる。急斜面の上には、高さ5mはあろうかと思われる雪庇がのっかっている。ルートは、その雪庇の下にとるしかないが、大丈夫なんだろうか、と一気に不安が高まった。
左に五頭山、右に菱ヶ岳を望みながら、比較的広い尾根を進む。ルートは、カモシカのトレールと一緒である。雪庇の乗っかっている鞍部から、ヒドが右下へ発生している。雪庇は、そちらに落ちるだろう、と思われた。しかし、そのヒドの斜面がねじれているように見えるのだ。そうだとすると、これから進もうとする方向へも落ちてくるのである。だが、ルートは一つ、そこしかない。雪庇の左手脇の急斜面は「バームクーヘン」が散らばる。ほとんど気休めにしかならないが、疎らに生える、太めの木を狙いながら、一気に登った。
急登は標高750mあたりまでで、後はなだらかな稜線の登りとなる。勾配は緩やかだが、沢源頭のナイフエッジである。風が巻くらしく、雪庇は右に左にと一定していない。30cmくらいの新雪が積もっているが、その下は固く締まっている。滑ったら止まることは出来るのか。止まったとしても、掴まる灌木もなく、這い上がってこられるのだろうか、と気が抜けない。しかし、新雪の雪質が湿っぽく、しっかりしていたので、アイゼンは使わなかった。これが、さらさらの雪だったら、アイゼン装着で、さらに緊張を強いられたに違いない。
オッタテ尾根が主稜に取り付くところは、中ノ岳からは少し離れている。中ノ岳には人影が見られた。尾根の取り付いたところは、雪が樋のような形状になっている。樋の先には、飯豊連峰が横たわるはずだが、何も見えなかった。しかし、五頭山主稜は一望である。風を避けて一休みし、菱ヶ岳を目指した。強い風が吹き付けている。風には何となく春の兆しが感じられた。あごの筋肉が固まってしまうような、真冬のような厳しさはなく、何となく暖かさが感じられるのである。
こちら側から菱ヶ岳へ向かう人は誰も居ないが、菱ヶ岳方面から五頭山に向かうパーティは、何組かあった。そのうちの一人が、「この先、10m位の雪壁があって、登られるかな?」と話しかけてきた。登れなくて途中から戻ったのだろうか。状況は分からないが、下った人が居れば何とかなるだろう、と思う。別れ際、「大丈夫ですよね。登れますよね」と励ましてくれたのか、それとも「戻れ」との警告か。私は励ましと受け取る。
先を見ると、4、5人が、その雪壁と思われる上で、「苦戦」しているようだった。最後は、飛び降りたり、滑り降りて切り抜けたようである。遠目には、雪壁を避けて、大きく迂回すれば、何とかなりそうだった。10mと言われた雪壁は、5m位だった。迂回するのもやっかいなので、ピッケルで、足場を切ってよじ登った。雪壁を越えると、すぐに菱ヶ岳山頂である。看板も何もかもが雪の下である。
雪庇の影で休んでいると、男性二人がやって来た。杉端尾根も、下まで雪が続いているとのことだった。やっぱり今年は雪が多い。杉端尾根は、小ピークから派生する尾根が多く、しかも屈曲しているので、見通しがないとルートファインデングが難しいと思う。菱見平からはスノーシューで降りる。
Sさんは、オッタテ尾根をスキーで降りたというが、どうやって下りたのだろうか。私の山スキー、いまはBCというらしいが、そのイメージはフカフカの新雪を切り裂いて、思わずヤッホーと歓声を上げながら、滑り降りるものだ。それは無理だろうと思う。偶然的に降りた、ということだから、迷い込んで横滑り滑降や階段登降、一部は背負って降りたのかもしれない。それでもスキーで降りたことには違いないのだから。しかし、そうだとしても、すごいなあ、と思う。ああいうところをスキーで降りるという気力、体力は常人を通り越して超人である。チョモランマの頂に立つような人は、やっぱりすごい。
二度も奇跡は起きないだろう、と思う。Sさんとの出会いは、あれから一回も無い。これからも出会うことは無いだろう。しかし、「滑り降りたんですか、それとも降りただけですか」と、さりげなく、ちょっとだけ、聞いてみたい気持ちは消し去ることが出来ないでいる。
写真左:どうすりゃいいの、と思わせる斜面。右手から藪沿いに登って、小さな雪堤を左に進み、疎らな木立を頼りに登り雪庇を越える
写真中:斜面の上に乗っかっている雪庇 カモシカのトレースが見える
写真右:中ノ岳から菱ヶ岳方面を望む 稜線上はツボ足で進んだ
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