カテゴリー「山たびの軌跡」の日記リスト
全体に公開
2017年 03月 10日 16:18山たびの軌跡
山たびの軌跡 第49回 阿賀町の阿賀野川沿いには個性的な山が多い。先日登った引入沢山などもそうだ。三川温泉の奥、馬ノ髪山の東方にある急峻な山が八ツ峰である。その先端は、いつ雪崩れ落ちてもおかしくないような、台形の一枚バーンである。ちょっと見には、とても登れそうに無い、と思ってしまう。しかし、良く良く
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2017年 02月 22日 23:40山たびの軌跡
山たびの軌跡 第48回 赤松山から急な斜面を一端下る。そして小さなピークを上り下りして、烏帽子岳へと登り返していく。小さなピークは、難なく越えることが出来た。しかし、雪が多い時や、雪庇の発達が大きい時は、ロープが必要なのではないか、と思わせる地形である。真っ白な雪。日の当たらないところの雪は、サラサ
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2017年 02月 22日 23:28山たびの軌跡
山たびの軌跡 第48回 天気予報が晴れだったので山に行こう、と決めたのは良いが、道があるからと言っても簡単には出かけられないのが、雪の季節である。登山口までのアプローチやラッセルのことを思うと「帯に短したすきに長し」である。悩んだ割には、たいした案も無く、山の方はサッサと切り上げて、温泉主体の案に落
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2017年 01月 16日 20:10山たびの軌跡
山たびの軌跡47 阿賀野川を遡り、福島県にはいると、荻野層と呼ばれる地層が現れる。荻野というのは、旧高郷村の荻野という地名である。荻野層は、緑色凝灰岩で、加工しやすく、石灯籠等の加工材として広く利用されている。
緑色凝灰岩は、火山灰などが海や湖に堆積して出来た物で、荻野層からは、アイヅタカサト
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2017年 01月 10日 22:31山たびの軌跡
山たびの軌跡46 MDをかけると、美空ひばりの、りんご追分けが流れた。ひばりの歌う歌の中でも好きな歌である。ランダムにセットしておいたのに、これは吉兆である、と験を担ぐ。
沢登りというほどの沢ではないだろうとか、易し過ぎる沢だ、とか言われても、やっぱり初めての沢は、不安なものである。
会津百
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2016年 12月 20日 21:52山たびの軌跡
山たびの軌跡45 葬儀に出席するために故郷に出かけることになった。日帰りだし高速で一時間くらいだから最初から礼服で行ってもいいのだが、道中はラフな格好で行くことにした。ブレザーを取り出すとポケットティッシュが入っていた。山形県肘折温泉開湯1200年祭の文字。2006年(18年)7月13〜15日前年祭
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2016年 12月 13日 15:07山たびの軌跡
山たびの軌跡44 北アルプスの奥深く、ブナ立尾根から水晶岳へと進んで、読売新道を降りる計画であったが、台風接近で、あえなく自宅沈殿となった。ところが天気予報とは裏腹に、青空も広がる絶好の登山日和である。台風の動きも単純で、スピードを上げて通り過ぎ、あまり影響の無い気配である。神さんは、台風の動きより
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2016年 09月 29日 08:22山たびの軌跡
山たびの軌跡43 今日は、帰るばかりであるが、上高地の混雑が気になって、出発を一時間早める。未だ薄暗い南稜を慎重に降りる。雲海の向こうには、八ヶ岳や富士山が浮かび上がっていた。ご来光は一瞬のうちに終わる。前穂北尾根の鋸歯が、躍動を感じさせて山頂へ連なる。北尾根は、いつかは登ってみたい。が、多分それは
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2016年 09月 28日 15:15山たびの軌跡
山たびの軌跡42 夜中に目を覚ますと、雨である。雨の音で目が覚めたのかもしれないが、予報に反しての雨である。風も強い。この状態では、大キレットの通過は無理だ。せめて氷河公園くらいまでは行きたいなあ、などと思いながら、起床時間を遅らせて模様を見る。雨の音がしなくなったので、テントの外を覗いてみると、黒
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2016年 09月 27日 20:53山たびの軌跡
山たびの軌跡41 うろ覚えだが、山と渓谷社が、写真家や登山家を対象に、全国紅葉の人気投票を実施したことがある。それによると、東の正横綱は穂高連峰涸沢であった。青い空と岩稜。峨々たる穂高の峰々に深紅のナナカマド。それが選ばれた理由である。
穂高連峰といえば、もう一つ気になる箇所がある。氷河公園である
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2016年 09月 16日 15:41山たびの軌跡
山たびの軌跡40
序章
世界最高峰は“エベレスト”である。これは周知のとおりである。しかし、その名は“チョモランマ”ともいい“サルガマタ”ともいう。エベレストは、山の高さを測量した英国の関係者の名前。チョモランマはチベット名で“大地の母”。サガルマタはネパール名で“世界の頂上”の意味だという。
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2016年 07月 17日 05:44山たびの軌跡
山たびの軌跡39 日光澤温泉の親父さんには、二つ目の砂防堰堤を必ず右へ進め、と念を押されていた。丸沼から入るときは、出発の前に連絡を、と言われて電話したときに念を押されたのだった。丸沼から湯沢峠経由で日光澤温泉に入る道は荒れていて、遭難騒ぎが有ったばかりなのだという。出来れば、女夫淵から来て貰いたい
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2016年 07月 02日 14:51山たびの軌跡
山たびの軌跡 第38回 熊野古道奥駆道の「修行」は無事に終わった。順調過ぎるほど順調だった。むしろ破綻の無いのが物足りなさを感じさせる。それが最良なのだとは分かっているが、人間というのは、わがままなものである。
湯峯温泉は、こじんまりとした湯治場の雰囲気を良く残す温泉街である。温泉を祀る、東光
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2016年 07月 02日 13:34山たびの軌跡
山たびの軌跡 第37回 昨日頑張って、一時間半のアドバンテージを稼いだ。今日は、早めに出て熊野本宮大社にお参りして、湯峯温泉あたりでゆっくりしよう、と余裕である。しかし、プチアクシデント発生。ヘッドランプを点けたら、異様に光って、消えてしまったのである。球切れに違いない。あとは、いくらやっても点かな
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2016年 07月 01日 20:01山たびの軌跡
山たびの軌跡 第36回 小屋には、山彦グループの人たちや、その応援の人たちも来ている。家族して応援に来ているのか、子供も居る。奥駆道を全行程歩く人ばかりではない。あまり暗い内から、行動するのが憚られて、みんなが起き出してから動き出す。出発の多少の遅れは仕方がない。今日は、テント泊まりだし、そうそう急
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2016年 06月 30日 15:27山たびの軌跡
山たびの軌跡 第35回 凛とした朝。冷たい風だ。手が冷たい。しばらく手袋を着けて歩く。約30分で太古の辻。ここからが南奥駆道である。ようやく奥駆道の半分が終わったことになる。わずかに登っていく。疎らにブナの木が生える。下生えは草である。牛の背のような稜線は、開放的で歩き易い。ヤシオツツジが華やかだ。
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2016年 06月 28日 22:32山たびの軌跡
山たびの軌跡 第34回 朝から雨。高知のおじさんは、起きる気配なし。白装束の行者風の人が、鐘の音を響かせながら、先行する。私も後に続く。周りは、ガスがかかり、何も見えない。風のざわめき。修行の出発にふさわしい、1日の始まりである。
ブナの木が疎らに生える道である。下生えは背丈の低い、熊笹である
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2016年 06月 27日 06:03山たびの軌跡
山たびの軌跡 第33回 明るくなって、5時出発。私は、三番目、大体、皆、同じような時間の出発である。檜林の中のトラバース道が五番関まで続く。五番関には女人結界門があり、ここから先は女人禁制である。女人結界門は、古ぼけた木製の鳥居である。そんな古ぼけた単純な建造物が、女人が山へ入ることを遮っているので
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2016年 06月 26日 11:12山たびの軌跡
山たびの軌跡 第32回 初めての夜行高速バスだった。熟睡したとはとても言えないが、快適といえば快適である。朝の京都は、ゴールデンウイークとはいえ、閑散としていた。バス停から京都ステーションビルを抜けて近鉄京都駅まで歩く。わずかな距離だが、調子は出ない。この先大丈夫なんだろうか、と思う。
橿原神
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2016年 06月 26日 05:53山たびの軌跡
山たびの軌跡 第31回 いつだったか時期も忘れてしまったが、NHKのテレビ番組で熊野の奥駆の行を見た。白装束に身を固め、わずかの食料を持って山道を駆けるのだ。そこから進んだら引き返すことは出来ないと、いう場面では悲壮感さえ漂っている。その時から一度は行ってみたいと思うようになった。
熊野古道が
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2016年 05月 09日 12:02山たびの軌跡
山たびの軌跡 第30回 雪の詰まった沢を下る。おととい降りたところを通り越して、岩場を過ぎたあたりからヒドの雪を利用して稜線に上がる。急な登りだが、下りよりは安全である。岩場を迂回して、稜線に上がってしまえば、核心部は終わる。後は稜線上の踏み跡をたどり、雪堤を伝うだけだ。先が見えて、何となくホッとし
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2016年 05月 07日 22:18山たびの軌跡
山旅の軌跡 第29回 ボボー、ボボー、というツツドリのさえずりに目を覚ます。いい天気である。絶好の登山日和だ。しかし、気温の上昇は、山登りにとっては、好ましいことではない。大量の発汗は体内のミネラルを奪い、いわゆるバテを誘うのだ。山登りを始めたころは、ただ闇雲に藪をこざいて失敗したり、高温の中で重荷
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2016年 05月 06日 15:52山たびの軌跡
山たびの軌跡 第28回 今年のGWは平穏に過ぎた。連休だから遠征でも、と考えてもいたが天気予報が思わしくなく、それは叶わず。まあ、遠くへ行かなくても川内山塊の奥深く進めば、遠征に近い山旅にはなる。かといって安易な気持ちでなせることではない。
川内山塊の盟主は矢筈岳、というのは山人の誰もが認める
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2016年 04月 17日 21:57山たびの軌跡
山たびの軌跡 第27回 福島県の荒海山を源流に持つ阿賀野川は、会津平野を過ぎると、大地を穿入して蛇行を繰り返し、蒲原平野へと流れ出る。その穿入によって、出来たのかどうかは分からないが、磐越西線日出谷駅対岸の、兎ヶ倉山から下流に向かって連なる稜線は、カールのような地形を呈している。あの縁は歩けるのだろ
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2016年 04月 07日 13:59山たびの軌跡
山たびの軌跡 第26回 長野県と長野県山岳遭難防止対策協会によって、長野県の登山ルート(102ルート)について体力度と難易度について、ルートを細分化したピッチごとの評価が公開された。これはヤマレコからもアクセスできるようになっている。それによれば体力度9、困難度Eという最難関ルートが大キレットである
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2016年 03月 10日 09:00山たびの軌跡
山たびの軌跡 第25回
ヤマレコをサーフィンしていると、五頭山オッタテ尾根に関する記録が目についた。オッタテ尾根というのは、五頭山主稜線上の中ノ岳から西に向かって派生する尾根である。
私がこの尾根を意識するようになったのは、Sさんとの出会いが有ったからである。Sさんというのは、新潟県民として
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2016年 03月 02日 13:53山たびの軌跡
山たびの軌跡 第24回
あんまり盆の最盛期には休んだことがない。その年は、神さんの母親の新盆で、その墓参りに行かなければならないので、優先的に休ませてもらうことになった。ところが予定の日より一日ずれたので赤木沢へ行こう、と神さんが言いだして、赤木沢遡行が決まった。
慌ただしく決まったので遡
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2016年 02月 25日 10:51山たびの軌跡
山たびの軌跡 第23回
深田久弥は、八海山を「恐怖の度合いは日本一」と書いた。前回の「山たびの軌跡」はそれに「負けてはいない」と戸隠山山行を振り返ったが、「本家」の軌跡も振り返ってみたい。八海山は、ロープウェイがあり、私も一度利用して登っている。いまはこれが一般的だと思うが、苔むした石仏や石像な
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2016年 02月 22日 20:24山たびの軌跡
山たびの軌跡 第22回
痩せた岩稜を蟻の戸渡り(塔渡り)という言葉で表すことが有る。その他にも痩せた尾根上の道を表す言葉に、馬の背、午の背等が有る。新潟県下越の山で身近なところでは、御神楽岳の馬の背、粟ヶ岳の午の背が有る。四国の剣山にも蟻の塔渡りがあったし、特に珍しいことではない。御神楽岳の馬の
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2016年 02月 18日 10:36山たびの軌跡
山たびの軌跡 第21回 妙高燧のスキー談義
アルペンスキーW杯が苗場で行われた。地元の利を期待された日本勢は、残念ながら惨敗に終わった。スノボやノルディックでは、世界トップクラスと互角に渡り合っているのだが、なかなかアルペンでは成果が上がっていない。新聞報道などによれば、日本のスキー人口は減少
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2016年 02月 16日 22:48山たびの軌跡
山たびの軌跡 第20回 第二日
5時半に花之江河を出発する。昨日は木の根の道だったが、今日は投石平にかけてロープも下がる岩の道である。いたるところせせらぎの音が聞こえる、水の豊富な山である。あれが宮之浦岳だろうと行ってみると、またそれらしきものが見えてくる。まったく八重山である。なかなか先が長い。
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2016年 02月 14日 10:45山たびの軌跡
山たびの軌跡 第19回 遠征するときの目覚めはいつでも早い。3時半に家を出る。闇の中を走って米山SAで朝食を取る。北陸道を走りに走って、山陽道に入る。三木SAで昼食となり、約一時間休憩する。
午後になると、さすがに疲れが出てきた。早朝から8時間の行動である。それも無理はない。いままで2時間ずつ
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2016年 02月 07日 12:47山たびの軌跡
山たびの軌跡 第18回 磐梯山麓には多くのスキー場が開設されているが、アルツ磐梯スキー場は、1993年開設だから、23年目を迎えていることになる。それ以降は新規開設のスキー場は無いので、磐梯山麓では最も新しいスキー場だ。リゾート法(総合保養地域整備法・1987年制定)成立を受けての事業だったと記憶し
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2016年 02月 01日 11:01山たびの軌跡
山たびの軌跡 第17回 青い空、白い山。青と白のコントラスト。雪と空とが作り出す絶妙の美。そんな風景が見たくて、北アルプス西穂高岳山行を計画する。お題目は高尚だが西穂高ロープウェイ利用で、楽して大展望を楽しもうという作戦である。初冬の大展望を売りに誘ったので、天気予報が気になってしかたがない。しかし
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2016年 01月 26日 22:17山たびの軌跡
あれから五年も経った。心に残りながら出かける機会も無いままに過ぎた。川内山塊の盟主、矢筈岳は、遙かに遠い。あの時、魚止山から望む矢筈岳は遙かに遠く、それを守るように、前八筈岳の急な一枚バーンが続いていた。はたしてあの斜面は登れるものであろうか、と畏れさえ抱いたものである。いま、その急な斜面を登りきっ
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2016年 01月 26日 06:31山たびの軌跡
山たびの軌跡 第15回 川内山塊の盟主、矢筈岳を「やらず岳」と呼ぶ人がいる。「やはず」と「やらず」の掛詞である。以前は専門山岳会の独擅場だったが、今は普通に日帰り山行も珍しくは無い。「やらず岳」は死語になったようだ。私が初めて矢筈岳を目指したのは20年も前だった。なぜか馬が合う若いTさんと計画を煮詰
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2016年 01月 22日 19:37山たびの軌跡
山たびの軌跡 第14回 懇意にしている先輩から吾妻山に行くから来てくれと連絡が有る。計画の内容は、メンバー10人。吾妻連峰の浄土平から一切経山経由で姥湯まで行くとのこと。登山口の浄土平へのアプローチと下山口の姥湯からの帰りは、車での送迎付きという美味しい内容だ。私は、西吾妻山から浄土平まで2回歩いて
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2016年 01月 16日 18:40山たびの軌跡
山たびの軌跡 第13回 鋭鋒烏帽子山は、私の憧憬の山である。飯豊連峰最高峰大日岳の西側に、二つの耳がそばだつ烏帽子山は、人を寄せ付けない怪しい雰囲気を持つ山である。私は、「魔性の山」あるいは「魔物が住む山」と称し、畏敬の念さえ抱いているのである。いつの日か、頂上に立ってみたいと思いながら、それは適わ
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2016年 01月 10日 09:04山たびの軌跡
山たびの軌跡 第12回 北海道幌尻岳は一般的な登路が沢というユニークな山だ。遡行終了点、幌尻岳への登り口にある幌尻山荘に一泊するのが普通の行程である。沢と言っても一般ルートだから困難なルートいうわけではないが、大雨が降ると厄介なルートに変わってしまって、たまに遭難騒ぎが起こるのだ。増水のため、下る
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2015年 12月 30日 20:22山たびの軌跡
山たびの軌跡 第11回 新年を山で迎えることは珍しくも無いが、近間の山がほとんどだ。世紀替わりを体験できるのは一生に一度の出来事だから、ちょっと奮発して南八ケ岳に出かけた。赤岳から硫黄岳へ縦走しようという計画で有る。山ではテント泊を基本としているが、単独行になったので、無難に小屋泊まりとする。
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2015年 12月 08日 07:02山たびの軌跡
山たびの軌跡 第10回
初めて北海道へ渡ったのは観光旅行だった。観光会社主催の定番ツアーである。新日本海フェリーに乗って、小樽から網走、摩周湖などを回って、札幌経由で小樽から、また、フェリーで帰った。フェリーには、バイキング方式のレストランがあり、大きな風呂もあるので快適と言えば快適である。しかし
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2015年 11月 09日 14:21山たびの軌跡
山たびの軌跡 第九回
船形山から象ケ沢の噴水を見学して、新潟の関川の道の駅辺りまで移動しようと考えていたが、意外に時間を食ってしまって、天童で車中泊とすることにした。その前に温泉だ。しかし、天童温泉は入ったことが有るので、河北町の温泉へ行ってみることにした。ここも小渋滞で思いのほか時間がかかって
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2015年 11月 01日 07:03山たびの軌跡
山たびの軌跡 第八回
人力のみで日本百名山を一筆書きで踏破した田中陽希さんは、岩木山で雷に遭遇し目の前に落雷、一時藪の中で身動きが取れない状況に追い込まれた。彼と比較するのはおこがましいが、私も雷には山で、5、6回は遭遇している。いずれも逃げ場の無い稜線だから、ほんと生きた心地がしなかった。
灌
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2015年 10月 24日 09:36山たびの軌跡
山たびの軌跡 第七回 ある日突然、やま友が「北鎌いこうぜ」と誘ってきた。私は、岩っぽい山は好きなのでクライミングのトレーニングもやったことはあるが、ハッキリ言って岩に張り付くミンミン蝉だ。バランスが悪いというか、思い切りが無いというか、よっぽど簡単なところでないとトップは務まらない。北鎌は岩登りでは
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2015年 10月 12日 22:25山たびの軌跡
山たびの軌跡 第六回
貉ケ森山は、名前はユニークだが林道が通って、藪道だが30分くらいで登ることが出来るようになった。しかし、この林道が難物で雪は多いし、土砂崩れなども頻繁にあり、その復旧工事も続いて通行止めが多く、簡単に行けそうなんだけど、行けないというのが貉ケ森山なのだ。
そんなところへ、
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2015年 10月 07日 09:51山たびの軌跡
山たびの軌跡 第五回
音楽にたとえると、北アルプスはポピュラー音楽だ。軽やかで華やかだ。対して南アルプスはクラシック音楽だ。静寂で重厚だ。どちらがいいとは簡単には言えない。それが個性だから。
軽やかな音楽を楽しみに神さんと、その友達と3人で穂高岳へ行った。私は、ガイド兼ドライバー兼ポーターの
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2015年 10月 03日 06:01山たびの軌跡
山たびの軌跡(第四回)
長い連休になると、遠征する人が多く厳しい山は別にして、複数の山をまとめて登る人が多い。私もそうだ。九州に行ったときは、前の日、祖母山で会った二人連れと、次の日阿蘇山で再会した。たしか福岡と言っていたが、似たような行程で回っているようだ。ちょっとばかり話し込んでしまった。九州
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2015年 09月 30日 15:12山たびの軌跡
山たびの軌跡 第三回
若いころ友達と残雪の飯豊山に登った。残雪期の初めての本格的な山行だった。川入から長坂をエッチラオッチラ登って、剣ヶ峰に出て、岩の上で一休みした。たしかゴールデンウイークだったと思うが、360度の展望だった。天気は快晴、最高の気分。この時期に晴れに恵まれると気分は最高だ。
ふ
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2015年 09月 25日 22:38山たびの軌跡
山たびの軌跡 第二回
はじめての四国の旅、明石海峡大橋の淡路SAで一休み。立派過ぎるほど立派な橋だ。船で渦潮を見るほど余裕はないので、阿波土柱や、卯建の上がる脇町を見学して山道に入る前で、ナビと地図で行き先を確認していると、トントンと窓を叩く音。いつのまにか、おばちゃんが立っていた。
道路の上の
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2015年 09月 20日 11:26山たびの軌跡
暇ネタに「山たびの軌跡」というカテゴリーを作ってみました。登山を終ってからや計画から登山口までの出来事などをメインに綴ってみたいと思います。
山たびの軌跡 第一回
茨城県の奥久慈男体山に行ったとき、時間調整で前日は猪苗代湖を囲む連山の一つ、安積山(額取山)に登った。降りてから近くの御霊櫃温泉
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