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2016年04月07日 13:59山たびの軌跡全体に公開

一度は通ってみたい大キレット

山たびの軌跡 第26回 長野県と長野県山岳遭難防止対策協会によって、長野県の登山ルート(102ルート)について体力度と難易度について、ルートを細分化したピッチごとの評価が公開された。これはヤマレコからもアクセスできるようになっている。それによれば体力度9、困難度Eという最難関ルートが大キレットである。

神さんが何を思ったのか、その大キレットに行きたいと言い出す。前述の評価は、2015年の公開だから、その当時は巷間言われる、ただ厳しいという程度の情報しかなかった。大キレットは一度は通って見たい道ではあるが、どうなってんだろうなあ、神さん。先の赤木沢遡行で自信をつけたのかなあ。週末には、五頭山にでも行こうかと思っていたので、抵抗無く出かけることになる。台風15号に引き続いて16号が発生し、その行方が心配なところであるが、まあまあ天気は持ちそうである。特に大キレットを通行する予定の日は、晴れマークになっていた。
 
大キレットだけは、「天気の安定する午前中に、荷物を軽くして通過したい」と神さんが言う。荷物を軽く、となれば小屋泊まりだ。ハイシーズンも過ぎたことだし、小屋泊まりもたまにはいいか。大キレットは、一般ルートとは言いながら、北アルプス随一の険路である。神さんの結論は、今までの経験から導いたものであろうが、確かに的は得ている。いっぱしの山女みたいなことを言いだして、ちょっと驚く。何はともあれ、山を楽しむには無理はしない、ということが一番である。
 
この計画通りに進めるには、前日に穂高岳山荘か南岳小屋に上がっていなければならない。氷河公園経由や北穂高小屋泊まり等も魅力はあるのだが、新穂高温泉から入ることにする。穂高岳山荘か南岳小屋まで登れば、大キレットは次の日の午前中に歩くことが出来る。稜線に上る時間は同じでも、南岳から行った方が楽そうなので、そちらから行くことにする。

台風の行方が心配なところではあるが、まあまあ天気は持ちそうである。特に大キレットを通行する予定の土曜日は、晴れマークも覗いていた。新穂高温泉で前夜泊とし、前日午後出発。新穂高温泉に着いたのは8時を回っていた。橋の下にある、無料の露天風呂が9時までやっていたので助かった。混浴だが、照明はほのかな明かりで、結構カップルで入りに来ていた。まあ、一応、こちらもカップルではあるが、いささかとうのたったカップルだ(+_+)

朝、ゲートの前まで車で入るが、砂防工事中で駐車禁止の看板が出ていたり、ロープが張ってあって、トラブルになると嫌なので、無料駐車場に戻って車を置いて再出発。誰も居ない静かな林道である。橋を渡って、夏道を登り、穂高平小屋前で朝食とする。小屋の前には一人用の小さなテントがあった。「寝坊してしまって」と出てきたのは、若い女性である。単独のテン泊で寝坊とは、図太い神経の持ち主。バリバリの山女に違いないと思ったら、テント撤収の段取りはまるで初心者だ。恰好だけのえせ山女だな、これは。関西弁の中年男性が、軽いノリで話しかけてきて、直ぐに先行していった。

白出の分岐で林道は終わり、山道となる。滝谷付近まで来ると、降りてくる人とすれ違うようになる。大きなリュックを背負った、若い男性と前後して歩く。槍平小屋は閑散としていた。若い男性と別れ、南岳コースに入る。先ほどまで青空も覗いた天気は、グッと雲が厚くなった。沢の真ん中に大きな岩があり、そこを横断して山腹に取り付く。旧道は真っ直ぐ沢を詰めていて、ペンキのマークが残っている。

南岳西尾根を登るこのコースは、98年の地震災害の後、インターハイに合わせて整備された新しい道である。未だ良く斜面に馴染んでいない、粗々しい感じの残る道である。通る人はあまりいないと見えて、下りの足跡が一つ残るだけである。もちろん歩いているのは私達だけだ。道はおおむね九十九折りに切ってあるが、直登するところもあり、岩むき出しの沢源頭をトラバースする箇所もある。なかなか厳しい道である。40分ピッチで登りたいところであるが、二、三ピッチを20分で刻む。真っ赤に熟れた木イチゴを食べ食べ登る。稜線に上がる手前で、雨が落ちてきてカッパを羽織る。

西尾根の稜線に上がると、雨交じりの風が吹き付け、下カッパもはく。救急箱があり、扉を開けるとブリキの一斗缶が入っていて、マジックで水、救急シート等と書かれていた。ここから少しばかり下る。そこが西尾根のコルである。手が冷たくなって、レイングローブを付ける。岩の混じる尾根を登って、平らな尾根に出る。出たところに「ここからむちゃくちゃ急な下り。あわてないでゆっくり降りようね」の手書きの看板がある。そんなに急だったかなあ、と思うが言われてみれば確かに急な坂ではある。

尾根から梯子で沢源頭のガレ場に下りると、直ぐに旧道との分岐になる。後はガレ場を九十九折りに登っていく。広いカールのような地形なのだろうが、見通しは無く何も分からない。「小屋まで40分」と記入された岩があり、「すぐそこ」と大書された岩もある。「すぐそこ」の岩は二つもあった。いったい「すぐそこ」の基準は何なのだ、と思ってしまう。山での「すぐそこ」は当てにはならない。

南岳小屋の風力計が、ビユーンと異常な音をたてて回っている。小屋についたら、さらに風雨が強まった。さすがに小屋は閑散としていた。談話室で、ささやかにビール350缶を飲む。部屋には暖房が無く、体も冷えていてグイグイと呑むような環境にない。秋田のお兄さん、仙台の若い夫婦、神奈川の中年というよりは高年の御夫婦。小田原の御夫婦は、奥さんが異様に若い。集まっている人は千差万別だが、みな一様に大キレットを目標にしている。しかも、明日の天気予報にかけているところも、みな同じである。同じ思いを共有するのか、話の方も話題は尽きない。

夕食が終わり、みな談話室に集まって、明日の天気予報を見る。台風の接近もあり、安定しない天気だが、長野以西の晴れマークに安堵する。風は弱まって、雨も上がった。だんだんと天気は回復に向かっているのは間違いがない。天気予報と照らし合わせても、明日の天気は大丈夫であろう。ただ、山沿いでは「強い雨の恐れがある」の一言が気になる。

夜中に目を覚ますと、「星と月が出ている。山並みがクッキリ見える」と誰かが言っている。しばらくうつらうつらしていたが、窓のカーテンを開けると、煌々とお月様が輝いていた。絶好の天気である。さっそく起き出して、常念平へご来光を見に行く。常念平というのは、目の前に常念岳を望むからであろう。その間を雲海がビッシリと埋める。その向こうには一条の雲。雲を赤々と染めながら、いまご来光が上がろうとしている。富士山が遙か彼方である。その左手前は八ヶ岳であろう。振り返ると槍ヶ岳の尖塔が天を突く。

南岳へガレの踏み跡をたどる。笠ヶ岳や黒部五郎、どっしりとした山塊は薬師岳である。太陽が、一条の雲を突き抜けて、北アルプスの峰々を染める。これ以上の展開は望めるものではない。まさに絶好の山行日和である。獅子鼻から望む大キレットは、深く切れ落ちて北穂高岳へと登り返している。確かに両端の岩稜は厳しそうだが、間を結ぶ岩稜は、越後三山オカメノゾキとかわりはしない。

右手の岩溝から降りていく。ホールドもたくさんあるし、梯子もあり、それほどのことはない。はるか前方に、仙台の御夫婦が歩いていた。神奈川の御夫婦は、慎重すぎるのか歩が進まない。岩の道を降りると痩せた岩稜となるが、比較的歩きやすい。長谷川ピークまで行って休むことにする。円いピークはちょうど良い休み場に見えるのである。しかし、飛騨側はスパッと切れ落ちていて一段下がった所で休む。ここで仙台の御夫婦に追いつき、少し遅れていた、秋田のお兄さんと一緒になる。

仙台の御夫婦は、ハーネスを着け、アンザイレンしている。仙台の御夫婦が先行したが、ロープを出しながらでは進みは遅い。ロープもあまり有効に使われている感じではなかった。あとに続いて歩いていると、「お先にどうぞ」と道を譲ってくれた。ここから最難関といわれる、飛騨泣きへと向かう。両脇がスパッと切れ落ちた、ナイフエッジには、太い鎖がフィックスされていて、それほど恐怖感は無い。岩場をトラバース気味に進み、A沢のコルにでる。ここは良い休み場であるが、鞍部なので爽快感はない。建築用のアンカーボルトが打たれた岩場を越えて、右から回り込むように稜線に出る。ここが飛騨泣きというところであろう。岩場の上部で、若い男性グループが、道を譲って待っていた。もっとも、とてもすれ違いの出来るところではない。先が見えない岩場で、ハイシーズンにはどうなるのだろうか、と心配になる。

岩場が途切れるところはなく、気の抜けるところはないが、核心部を過ぎたことで何となく楽な気分となる。岩稜を左から捲くように進むと、「あと200m」の標識があり、一登りで北穂高小屋のテラスに飛び出す。小屋の前を通って頂上に出る。前穂高岳の鋭鋒が眼前に迫る。頂上は意外と広く、カラフルなウェアに身を包んだ登山客が、快晴の展望を楽しんでいた。

山頂から、一端下って、南稜コースと分かれて涸沢岳を目指す。相変わらずの岩稜を行く。大キレットよりも梯子や鎖は多い。大キレットの中間部が向け落ちて、両端部をくっつけたような感じで、楽な行程ではない。ただ、大キレットの両端よりは、総じてなだらかな感じで、飛騨泣きのような厳しさは感じられない。

涸沢岳の山頂は細長く、その縁に登山者が並んでいた。北穂高岳の上に槍ヶ岳が顔を出している。「ちょうど今晴れたのよ。運がいいわ」と言われる。先ほどからガスが晴れるのを待っていたらしい。ガスがかかったり晴れたりしていた奥穂高岳もちょうどガスが切れた。奥穂高岳はどっしりとした山容で変化はないが、動的な鋭く尖った前穂高岳は強烈に個性をアピールする。私の好きな山であるが、未だに登っていないのが残念である。

私は、明日の天気が気になって、今日のうちに新穂高温泉まで下りたかったのだが、少しのんびりしようと、計画通り穂高岳山荘に泊まることにした。ところが神さんは、これから白出に降りられるなら、岳沢ヒュッテへ降りようという。次の日、焼岳に登って新穂高温泉に戻ろう、とでも考えているのであろう。それもいいが、前穂高岳経由の岳沢ヒュッテまでは厳しい。白出から新穂高温泉までは広い林道である。暗くなっても問題は無いが、懐電を付ける頃、岳沢ヒュッテへ入るのは気が引ける。どうしてもというならば、明日、岳沢ヒュッテから焼岳経由で新穂高温泉に降りても良い。

山荘で天気予報を聞くと、明日は「曇り時々雨」とのことである。今回の目標は大キレット通過である。その目標は、絶好のコンデションをもって終了した。あとはなにも思い残すことはなく、欲張ることもない。ただただこの僥倖を喜ぼう。登山というのはしょせん遊びである。何も台風や悪天候が予想されるときに、出かける必然性はない。何かあった場合には、「何もそんなにしてまで」と非難されるのが落ちである。そしてそれはそのとおりなのだ。天気予報を聞いて、モヤモヤしたものが吹っ切れる。今日のうちに白出沢を降りることにする。

腹ごしらえをして、一時まえ小屋の脇を通って白出沢へ入る。大きな石の積み重なった、急な涸れ沢である。九十九折りに石がキチンと積まれて、曲がり角にはペンキで印がしてあり歩きやすい道である。ところが直ぐに道は定かでなくなる。急なガレである、整備が追いつかないのであろう。適当に歩きやすいところを選びながら降りる。ガレの基部からポツポツと登山者が登ってくるが、遅々とした歩みである。沢が大きいので、動きが目立たないのである。
 
ガレが終わって、山道にはいると、荷継小屋跡となる。四角に積まれた石室にブルーシートがかけてあった。ここから樹林帯に入り、急な坂を下りる。いわゆる高捲きの道である。枝沢を越え、側壁を捲くように下る。側壁を切り取った、黒部川下の廊下のような水平道である。だいぶ前に穂高岳山荘設置を記念して切り開いた道で、岩切道と言われているらしい。ここから沢に降りて、角材の橋を渡る。沢の勾配は急で、増水の場合、徒渉は難しかろう。今日、山を下りたのは正解だったのだ。これだけの天気に恵まれたのだ。明日また晴れたとしても、ああ、もったいないことをしたなあ、なんてことは思わない。いや、少しは思うかもしれないが、何の心残りもない。

なだらかだが、石の道をただただ降りる。落葉松の林になり、白出の小屋は近いはずなのに、その姿は見えない。話し声も聞こえなければ、風の音もない。聞こえるのは、ただ、自分の足音だけだ。ようやく、本当にようやく、という感じで小屋が見えた。ここまで来れば、もう今日の行程は終わったも同然である。ホットした気分で一本立てる。

場違いと思えるほどカラフルなウェアに身を包んだ、マウンテンバイクの男性が通り過ぎて行った。林道脇の木がザワザワと鳴った。猿だろうか。襲ってくる気配はないが気味が悪い。だあれもいない林道を二人、のんびりと歩く。こうしてみると、喧伝されている北アルプスの賑わいは、どこにあるのだろうか、と思ってしまう。登山ブームとはいっても、それはある限られた期間の、ある狭い範囲に限られたものなのであろう。

有料駐車場前の村営宿舎で汗を流した。湯船には誰もいなかった。露天風呂で手足を伸ばし、見上げた空には、星がキラキラと輝いていた。ああ、この瞬間が何ものにも代え難い時である。一度は通りたい大キレットへの旅は、夢のように、あっという間に過ぎ去って行った。

写真右:大キレットへ出発の朝
写真中:大キレット中央部
写真左:白出沢を下る
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