山たびの軌跡 第15回 川内山塊の盟主、矢筈岳を「やらず岳」と呼ぶ人がいる。「やはず」と「やらず」の掛詞である。以前は専門山岳会の独擅場だったが、今は普通に日帰り山行も珍しくは無い。「やらず岳」は死語になったようだ。私が初めて矢筈岳を目指したのは２０年も前だった。なぜか馬が合う若いＴさんと計画を煮詰めていた。Ｔさんは私より一回り以上若いが頼りになる好青年だ。決行間際になって、Ｊさんが加わることになる。Ｊさんはベテランで心強い限りである。リーダーはＴさん。私は言い出しっぺだが、リーダーの器ではないのでサブリーダーだ。Ｊさんは無役だが、おのずと顧問的な立場での参加となる。
４月初旬だった。登山口は上川村（現在の阿賀町）の室谷だが、津川に近づくにつれ新雪が多くなって、４０〜５０�僂凌爾気箸覆辰拭�ああ、何ということだ。少なくとも室谷洞窟まで車が入れるはずなのに室谷の集落でストップ。これはもう中止だ、と思う。ところがそうならないのが山屋の悲しい性だ。ラッセル敢行で突き進む。林道は数か所デブリで埋まっていた。その上部には新雪がせり出しているところもある。遅々として歩は進まなかった。
倉谷林道からの登りはさらに状況は厳しくなった。クレバスの発達した斜面もあり、ロープセットでトラバースしたり斜上したり時間は過ぎ去ってゆくばかりであった。すでに矢筈岳登頂は遠い世界の話になり、目標は魚止山までになった。「魚止山までは必ず行く。そこから先は状況によっては取り止めるが、今後に繋げよう。」とリーダーと２人で話し合っていた。それがこんな形で現実になろうとは思ってもいなかった。いや、まだ魚止山まで行けるかどうかも怪しいものだ。慎重に、慎重にルートを選び、湿った雪のラッセルに苦しみながらも遅々とではあるが高度を上げる。そして、ついに魚止山山頂手前に出る。春の陽を浴び魚止山が輝いている。
魚止山登頂は、まずリーダーからと声をかける。リーダーは来ない。後ろを振り返る。山頂を目の前にして気が緩み、疲れが出たのか、ストックにもたれ、じっと立ち止まっている。人一倍頑張ってくれたリーダー。何回早め早めのラッセル交代をお願いしたことか。有り難うリーダー、感謝します。山頂はあとほんの少しだ。自分自身の力でしっかりと山頂を踏んでほしい。何もできないが、それだけを願う。
１６時４５分、ついに魚止山山頂に立った。長かった１日の終わり。３６０度の大パノラマが広がる。厳しいアルバイトがもたらした素晴らしい眺望。駒形山、太郎山、青里岳、五剣谷岳、その向こうに銀太郎山、銀次郎山の三角錐が顔を出している。岩峰だがなだらかな円みを帯びた御神楽岳。微かに飯豊連峰、そして目指した矢筈岳が眼前だ。残雪の言葉をつかうにはまだ早い、真っ白な白銀の冬山の世界。びっしりと付いた豊かな雪。手を延ばせば届きそうな矢筈岳。しかし、現実の矢筈岳は遠い。「魚止山までは必ず」という最低限の目標は達成した。それで良としよう。行動を起こしてから一頭のカモシカに会っただけの静かな山行。テントを叩く風の音。３人だけの別世界。１８時００分ビールで乾杯する。今日の苦しかったアルバイトを振り返りながら・・・・。
実は「やらず岳」はＪさんが言っていた言葉なのだ。いい得て妙だった。でも楽しかったなあ〜。充実感があった。ひょっとすると登山というスポーツは、山頂に立つことは二の次で、山頂目指して行動することを言うのかもしれない。
クーッ！！冷えたビールが喉にしみる〜。
泣いたカラスがもう笑って、次回山行の成功を期す。
二日目、太郎山から大戸沢山経由で室谷洞窟へ直接下りた方が良い、ということで太郎山へ向かう。藪々々とルートを取り、順調に太郎山へ到着。少し進んで下降にかかるが雪に覆われてルートが確認できない。ロープで確保して偵察する。見えず、見えずで下がっていくと、斜面上部は全て雪庇が張り出している。足場を固めて、もう少しよくみようと足元の雪庇を落とす。落ちた雪が直ぐ下の雪塊に当る。当たった雪塊が鈍い音を立てて急斜面を滑り落ちていった。今早出川まで一枚バーンの斜面である。どう見ても下降できる状況では無い。戻りだ。
午後からは雨も降る予報だ。林道急斜面の高巻きは免れない。魚止山まで戻り２時間、林道まで２時間、室谷まで４時間、高巻きに１時間か、２時間か。高巻きといっても水平距離も稼ぐ。室谷まで実質４時間〜５時間か。目まぐるしく計算する。今１０時だ。とすると高巻き２時間で１９時。危険地帯通過は１８時だ。何とか明るいうちに安全地帯にはたどり着けるだろう。一人で勝手にホッとする。
「懐電覚悟、行動を早く」とベテランのＪさんが先頭に立つ。ペースが早い。とても付いていけない。やむをえずマイペースで進む。細かい雨も降ってきて深くはないが更に湿った雪のラッセルは辛い。トップに立っても意気込みだけでは幾らも頑張れず直ぐにトップを交代してもらう。以後先頭に立つこと叶わず。
高巻きは枝沢の出合いから斜面を登り、凹地を横切り藪の斜面を登って小ピークに出る。後３０分か。しかし、そこからは痩せ尾根が続き雪庇も残り、藪漕ぎの連続である。途中の細尾根ではロープを出す。最後の降りは岩に阻まれる。林道が見えている。懸垂下降か。しかし、岩の手前基部から簡単に降りられた。こういう時こそジックリと観察して安全ルートを探すことが肝要である。１８時ころ林道に出る。もう危険箇所はない。林道を小一時間歩くだけだ。這ってでも帰れる。一人一人固い握手を交わす。リーダーのビールが一本残っていて、回し飲みする。ほんの一口だけど実に美味い。
薄暗くなった林道をひたすら歩く。だがどうしても離れてしまう。先行者の背中も見えなくなった。雪明かりを頼りにひとりヨレヨレになって歩を進める。もう日はとっぷりと暮れている。登る時に見た室谷洞窟の見覚えのある木立が見えている。ガンバロウ！もうすぐだ。室谷洞窟１９時着。除雪が終わっていた。最後の最後に来てワカンを外す。軽くなった足で舗装道路を歩き駐車場に着いた。今日も長い一日であった。
矢筈岳は、やはり「やらず岳」であった。
（画像はありません）
こんにちは
矢筈岳は遠い秘峰ですね。
日帰りには体力と気力と技術を必要としますから、私には「やれず岳」です。😀
せめてルートコンディションの良い時に手前から全貌を眺めるだけでも、と思っていますが、なかなか難しいですね。
>登山というスポーツは、山頂に立つことは二の次で- - - - まさにその通りですね。計画を決めた日から、ルート分析や諸準備を重ね、ターン地点まで漕ぎ着いた長いアプローチを振り返えっただけでも十分満足感があります。拘りを捨てれば景観もいっそう美しく映りますね。
コメントを編集
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する