1.「感謝されない医者〜ある凍傷Dr.のモノローグ」 金田正樹=著
凍傷診療の権威として世に知られるドクターの現実と苦悩を、
ドクター本人が記している。
本職は整形外科医である著者が、山岳ドクターとして海外山行に同行しているうちに、
いつしか、不本意ながら凍傷専門ドクターと認識されるようになり、
国内、海外問わず診療依頼が舞い込むようになった。
凍傷治療は、結果として指を切断するケースが多い(著者によると、凍傷全体の4割程だそうだ)。
指の切断は、人間の機能を奪うに等しく、治療を終えたとしても、
患者にとっては苦悩に満ちたものになる。
そして、ドクターも好んで指を切断しているわけではない。
著書には、頻繁に「凍傷例はもううんざり」と記してある。
凍傷医としての著者の苦悩がちりばめられているとともに、
凍傷にならないようにするための方法論や事例を紹介している。
3つの季節(春、秋、冬)にエヴェレスト登頂を果たした、かの加藤保男が、
最初の登頂(秋)で受傷したときの写真など、
診察したドクターでないと紹介できない貴重な資料も記載されており、
冬期登山をするのであれば、一度手に取ってみることをお勧めしたい。
2.「レスキュー最前線〜長野県警察山岳遭難救助隊」 長野県警察山岳遭難救助隊=編
表題の通り、長野県警の山岳遭難救助隊員が、
山岳救助の変遷と現実、隊員自身の心の移ろいなどについて、
忌憚なく詳述している。
昨今の自己中心的な登山者の問題についても触れており、
(ぼくは勝手に「モンスター登山者」と呼んでいる)
救援ヘリをタクシーのような使い方をするなどという、
にわかに信じがたい登山者の話もあった。
わたしたちが山を楽しんでいる一方で、
こうした警察の遭難救助隊や、民間の遭難対策協会の隊員たちが、
わたしたちの安全を維持してくれているということを、
肝に銘じておくべきであると感じた。
3.「氷壁」 井上靖=著
以前も読んだのだけれど、久々に手に取って読み返した。
1955年1月に起こった山岳事故「ナイロンザイル事件」をモデルにした
フィクション作品であることは、あまりに有名。
1957年に初版が発行されたわけだが、
ナイロンザイルの製造物責任について世に問うたという内容が、
当時としては非常に珍しいところだろう。
「ナイロンザイル事件」では実際に、事故関係者が実験を繰り返して、
製造者に製造物の欠陥を問うている。
(公開実験時は、製造者の不正によりナイロンザイルが切断されず、
事故関係者の訴えはその後、消安法が制定されるまで、15年以上も無視され続けた)
現在では広く認知されている製造物責任法(PL法)は、
1995年に制定されたものであり、その40年も前にそれに近い視点を世に広げていた、
というだけで、価値の大きい作品だと思う。
・・・作中も同様に公開実験でナイロンザイルが切断されず、
失意の下にいた主人公が、最期の山行で進むか退くかの岐路に立った時、
想いを寄せていた女を振り切り、新たに結ばれようとしている女の下へ行くため、
ガス深く、落石の嵐の中の滝谷D沢を無謀にも遡上して進み、死んでいった様は、
単なる「女への愛憎劇の果て」とは思わない。(そういう批判は実際にあるようだ)
女を選ぶことを、山行の進退に投影していたところが、
いかにも俗物臭く、そこに何とも言えない切なさを覚えた。
山に愛憎の感情を投影させたところで、何の意味もないのに、
それでも投影させてしまうこの俗物臭さこそが、この作品の真価であり、
ひいては山を愛する人間の一側面ではないかと思った。
以下は、主人公の遺書の一節である。
高名ナ登山家デ避ケ得ラレル遭難ニオイテ
一命ヲ捨テシモノコレマデニ多シ。
自分自身マタソノ轍ヲ踏ムコトニナッタ。
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