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2012年09月03日 11:57お山の感想全体に公開

羽生丈二と島崎三歩の超人性 その2

その1 まえがき(データ諸元)
http://www.yamareco.com/modules/diary/19423-detail-39646

以下は、完結したばかりの漫画作品「岳」に関するネタバレが一部に含まれていますので、
最初に明記しておきます。






























【羽生と三歩の足跡と現実の足跡】

「神々の山嶺」の原作にも詳しくあるが、
アルパインスタイルというものは、
先人たちのいのちを懸けた数々のアタックを重ねた末に、
厳密なルールが成立している。
これは、明文化されてはいないが、登山界においては厳然たるものとして存在しており、
そこからはみ出さないことが、暗黙の了解たる狭義なアルピニズムを形成し、
より過酷なルールを成立させる要素となっている。

即ち、羽生丈二が登頂した条件は、
南西壁ルート=「その1に記したルート」を登り、
冬期=「BCからの登山開始が12月1日以降」でなければならず、
無酸素=「BCより上で、酸素ボンベによる酸素補給が一切不可」であり、
単独=「BCより上の荷揚げやルート工作は、すべて独力」
ということである。
その上、南西壁ルートにてルート外として認められている、
エヴェレスト南西壁直下にあるイエローバンド下部から
ヘッドウォールの直登という新ルートを開拓した。
(現実には、前人未「登」の状態が続いている)

なお、「単独」登山は、原則「アルパインスタイル」であると言い換えることができる。
ルート工作をされていないところを登るので、難度とリスクは極端に上がるが、
余計な荷揚げをする必要がないため、登攀スピードは格段に上がる。
このスタイルでは、昔ならラインホルト・メスナー、イェジ・ククチカ、長谷川恒男など、
現役では山野井泰史、竹内洋岳などがよく知られている。

対照的に、BCから上のルートを、シェルパや隊員が予め工作してから、
物量的に攻めていくスタイルを「極地法」という。
安全度は格段に上がるが、ルート工作に時間がかかるうえ、
長時間に渡って滞在することで、天候による足止めもあるため、
登攀スピードは極端に下がる。
昔からの一般的な高所登山法である。

画像1
エヴェレスト南西壁のイエローバンド。青○の横に帯状になっている部分。
ここから貝の化石などが発見されており、
太古の時代には海面下だったことが地質学的に証明されている。
赤線が、実際の南西壁ルート。
黄線が、羽生が登攀した、イエローバンドからヘッドウォールへの直登ルートと予測される部分。

-----

一方、島崎三歩の場合は、そのキャラクター設定から考えて、
アルピニズムのルールを遵守、という部分への拘泥は、
羽生丈二に比べると遥かに希薄、あるいはほぼ皆無であるように見受けられる。
それでも現実には登頂者が2隊、3名しかいない(そのうち1名は議論多数)ローツェ南壁を、
作品上では完登したと明記はされていないが、
位置関係的に考えると、完登しないとエヴェレストサウスコルへの縦走が不可能であるため、
完登したと思われる。(画像2参照)

なお、補足として、南壁最上部から山頂までの標高差が約40m、
直線距離にして約200m、一度下ってから登り返して初めて山頂部に到達するため、
南壁を完登しても、登頂したとは認定されない。
日本山岳会(JAC)東海支部隊が、2006年12月に15日間かけて
世界初の厳冬期南壁完登を成し遂げたが、登頂を諦めて撤退したため、
「その1」の登頂者リストに含まれていない。
http://www.yomiuri.co.jp/zoomup/zo_07011001.htm?from=os1
http://wind.ap.teacup.com/toukai/20.html

画像3
左の高い壁がローツェ南壁で、標高差は実に3300m。
ナンガ・パルバットルパール壁(同4800m)、アンナプルナ南壁(同4000m)、
K2東壁(同3000m)と並び、世界最大、最難関クラスの壁。
余談だが、漫画「孤高の人」において、主人公が挑戦したK2東壁も、現実には未登である。

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「神々の山嶺」が、羽生丈二のエヴェレスト南西壁冬期無酸素単独登頂にスポットを当て、
その背景を綿密に組み立てた上で、丁寧に描写しているのとは対照的に、
「岳」ではローツェ南壁を単独で完登するという、
羽生丈二に匹敵するほどの島崎三歩の大偉業に対して、
全くと言っていいほどスポットが当たることなく、
山岳救助ヴォランティアである三歩の本懐たる山岳救助にスポットを当てるためか、
更に前人未踏のローツェ〜エヴェレスト縦走すらも省略され、
突如公募登山隊が遭難しかけたサウスコルに出現する。

お山ブームに火をつけるほどの秀作だったが、
8000mのデス・ゾーンを題材としたことで、ストーリーが完全に破綻してしまい、
作品の価値を貶めてしまったことが、残念なことこの上ない。
しかし、この作品を寸評することが今回の日記の目的ではないので、
詳細は割愛する。

http://www.littlemore.co.jp/foreverest/introduction
↑ローツェ〜サウスコルの稜線がはっきりと写った画像がある。

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上記の通り、現実にはローツェ〜エヴェレストの縦走を成し遂げた人間はいない。
ローツェ(8516m)から、エヴェレスト南東稜ルートの
サウスコル(7890m)までの標高差は620mあまりであるが、
サウスコルからエヴェレスト(8848m)までの標高差は1000m弱であり、
ローツェ南壁の登攀アタック時間を含め、
24時間以上デスゾーンにいることを余儀なくされる。
そんな中、三歩はほぼ無酸素(厳密にはふた息だけ吸っている)を通している。

この足跡は、まさに空前であって絶後である。
その1で述べたように、サウスコルからのエヴェレスト、ローツェの
連続登攀は成し遂げられたことを考えると、
以後、ローツェ〜エヴェレスト縦走を成し遂げる人間が現れる可能性はまだしも、
ローツェ南壁の登攀に続けてエヴェレストへの縦走を無酸素で達成するなど、
実現はおろか、計画の段階すら、まだ程遠いように思える。
それに加えて救助のためにサウスコルとヒラリーステップ上部を
2往復半もするに至っては、もはや宇宙人レヴェルの超人ぶりであり、
羽生に比べると現実から乖離している、とすら言える。

一方、羽生が成し遂げた「エヴェレスト南西壁冬期無酸素単独登頂」は、
それぞれを分解してみると、
南西壁=5隊、15名
冬期=1隊、6名
無酸素=1隊、1名(下山中死亡)
単独=0名
であり、「単独」と「イエローバンドからヘッドウォール直登」という部分を除いては、
既に達成されているので、まだ現実的ではある。
しかしながら、冬期初登頂から20年近くたった現在も、第二登は達成されておらず、
実質的な無酸素、単独登頂者もないので、
これもまた実現の可能性は未知数だ。

なお、作中で羽生が南西壁を登頂したと思われるまさにその日(1993年12月18日)に、
日本の群馬山岳連盟隊が南西壁冬期初登攀を達成したが、
その隊員のひとり、田辺治は
それから13年後にローツェ南壁冬期初登攀を達成した、JAC東海支部隊の隊長である。
これは、何たる偶然か。

また、田辺は一昨年のポスト・モンスーン期に、
先に8000m全14座完登を成し遂げた竹内洋岳が最後に残した1座であるダウラギリにて、
雪崩に巻き込まれて死亡しているが、
今回取り上げた2つのルートの両方を冬期に完登している、世界唯一の人物でもある。

その3では、実際の登山家の足跡と照らし合わせてみる。
http://www.yamareco.com/modules/diary/19423-detail-39892
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