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2014年11月11日 20:42リハビリ全体に公開

新しい器に馴染む 後篇

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ここ数年、沢登りはそれほど頻繁にやっていたわけでもなく、
膝の術後は一度もやっていなかった。
どちらかというと、藪岩や歩荷トレーニング、雪山縦走が中心で、
昔は割と沢登りをやっていたので、スワミベルトは所持しているけれど、
沢靴はろくに手入れもしておらず、
押し入れの肥やしとなっているうちにカビが生えてしまったので、
何年か前に処分してそれきりだった。

腰を怪我してからしばらく経ち、
自分の今後のロードマップを描いていく中で、2つの目標を立てた。
そのうちの1つは、11月か12月にもう一度同じところを歩くことで、
もう1つは、来夏に見たい景色と歩きたい場所があること。
そこを歩くにはかなり長い距離の川と沢を遡上していく必要があったので、
その目標に向けて8月に沢靴を新調したばかりだった。

今回、お山の先輩であるイハラさんから
甲武国境の名もほとんど知られていない沢の遡上に誘われた時、
不安が少なくとも2つあった。
1つは、メンバが昨冬にインスパイアされ、
ぼくがイグルー師匠と勝手に呼んでいるよねさん、
よねさんの大学時代の山岳部の後輩であるイハラさん、
そして踏み跡もない藪の中を歩くスペシャリストのあらげんさんという、
自分よりもはるかに経験豊富な面々だったこと、
そして足場の悪い沢を遡上するにあたって、
入れ替わった自身の器における身体の動かし方が全く未知数なことだった。

しかし、急登も藪岩もどうやら新しい容器が受け入れてくれたのだから、
せっかくの沢登りの機会、これも新しい身体に覚えこませない手はない。
新調した沢靴と、ザイル2本とハーネス類をザックに詰め、
中央線に揺られて塩山駅まで行った。

-----

塩山駅のバス停は西沢渓谷や乾徳山へ行くハイカーで行列をなしており、
バスも満員のすし詰め状態だったけれども、
われわれパーティが遡上する沢への入り口に近いバス停で降りたのは、
われわれだけだった。

雷(イカズチ)という名前の集落は、乾徳山向かい側の山腹にあり、
甲武往還道の雁坂みち(R140)を間に挟んでいた。
急坂の斜面に甲州甘草建築の特徴的な造形の家屋が並び、
上の雷川から引いたと思われる生活用水が
あちこちに張り巡らされた側溝の中をざわざわと流れる音ばかりが響いていた。

集落の外れでは、イリエ某という監督が撮影しているという
映画のロケに遭遇し、しばし足止め。
このような僻地を探し当てたアシスタントディレクタの苦心に感心しつつ、
雷集落の成り立ちなどを訊く。
何でも、平家の落人伝説だのもあるという、古い歴史のある集落で、
割合多くの家々があった。

集落の外れから林道をひた登っていくと、
左手に雷川が流れていたが、一定間隔で堰堤があり、
入渓するには憚られたので、しばらくは林道を歩く。
それでも、ミニ西沢渓谷、とでもいうべき美しいナメ床があったので、
ここを入渓点とすべし、とイハラさんが偵察がてら下りてゆき、
そのまま沢装備を身につけた。

久々に履く沢靴はいやに柔らかくて、
フェルト底がちっとも岩にフィットせず、
不用意に体重を乗せるとバランスを崩すような気がして、
まるで抜き足差し足のような及び腰になるのだが、
そうするとますますバランスを崩しそうになる。

イハラさんが、
「もっさん、ここスタンスしっかりしてるぞ!」とハッパをかけてくれ、
割合急な流れの中に恐る恐ると足を踏み出してゆくと、
スタンスの位置が悪く、すぐに脚をもっていかれそうになる。

その脇を、よねさんとあらげんさんがさっさと抜かしていき、
いきなり遅れる。

よねさんはそこらへんに転がっているものを拾って必要な時に道具として使い、
不必要になったらそこらへんに戻す、ということをやっているが、
沢歩きの序盤は棒切れを使って巧みにスタンスを取っていた。
それを見て、ぼくも真似て棒切れを拾い上げる。

膝の術後からほどなく、トレッキングポールなるものは使用を止め、
とにかく自分の2本の脚で正確に地を捕捉することに拘ってきたが、
新しい器をこの沢に馴染ませることができるのであれば、
その拘りは取るに足らない、と思い、棒切れの助けを借りて、
3人のハイペースにどうにかついていく。

ぼくの前を歩くあらげんさんは、遅からず急がず、安定感に溢れていて、
後から見ていてその一挙手一投足に感心する。
イハラさんは先頭を切って、テンポよく前に進んでゆく。
このひらけた沢を歩くことで、躍動感に満ちているように見える。

しばらくは堰堤が立ちはだかっては高巻くことを繰り返していたが、
上流部で幅も高さも30mはあろう、巨大なナメ滝にぶち当たると、
いよいよ爽快な沢登りとなり、パーティの士気も上がる。
そこから先は、延々とナメ床とナメ滝が続く素晴らしい沢だ。

巨大なナメ滝の先あたりで、棒切れをほとんど使わなくなっていることに気づく。
ずっと前を歩いているよねさんを見ると、いつの間にか棒切れを手放している。
ははあ、なるほど。そういうことね。
ぼくもここまで付き添ってくれた棒切れに感謝して、沢の脇に戻す。

そこからは、脚の置き場、身体の動かし方がピタリ、ピタリと決まるようになり、
やっと3人のペースに置いて行かれなくなった。
それでも、ちょっと読図に時間をかけていると、
あっという間に先に進んでいる。
それぞれ、他力本願ということをしないのが、このパーティの凄さだ。

やがて、沢の流れが細くなり、間隙を縫って尾根へ這い上がる。
マーキングはあるものの、落ち葉がぎっしりと積もった、
とても快適な尾根道だ。

よねさんとイハラさんが、大学時代の寮歌というのを謳い出す。
そして、掛け声はやはり”ein zwei drei”。
クラシックなドイツ語だ。
そう言えば、ぼくも大学時代に所属していたワンゲル部で、
合宿開始時と終了後に切るエールの最初の掛け声が”ein zwei drei”だった。
当時は、それが嫌で嫌で仕方がなかったものだが、
よねさんとイハラさんの掛け声はとても爽やかで、
心打たれるものだった。

尾根道からほどなくして、赤岩御殿という立派な名前の頂に立った。
あらげんさんが以前にも数回歩いており、
山頂の樹々が伐採されているので、他のメンバががっかりするのでは、
と懸念されていたそうだが、
柳沢峠と乾徳山が同時に見えるという不思議なひらけ方をしており、
個人的にはとても満足した。
名前からして、かつてはこの地域の甲武往来の要塞だったのだろうか、
などと談笑しながら、20分少々で山頂を後にする。

落葉に埋まった道なき道を、「滑沢」という名前の沢へ向かって一気に駆け下りる。
降り立った滑沢の源流には、いきなり連続して堰堤が立っており、
とても歩いて下ることはできなかった。
2つか3つか高巻くと、すぐに地図に載っていない林道に至ったので、
そこで沢装備を外して今回の沢歩きは終了。

林道をひたすら歩き、舗装された道と合流したところで、
下に50m以上はあろうかという巨大なナメ滝が見える。
よねさんが「懸垂しようか」などと冗談半分に言う。
もちろん、持参したザイルでは長さが足りない。

そこから下流もナメ床、ナメ滝の連続で、
「滑沢」の名に相応しい様相だった。
雷の沢ほどひらけてはいないけれども、
堰堤の手前まででも十分に歩きごたえはありそうだった。

下部には「滑沢」という名の集落が地図に記載されていて、
イハラさんが林道から外れて尾根を下ると抜けられそうだ、
ということで下って行った。
ぼくは内心「人の敷地に勝手に入って怒られないかな」
などと気の小さいことを思ったが、
下るとそこには崩れた家屋が並び、完全に人の気配が消えた廃村があった。

かつて、どのようにして人々が暮らしていたのだろう、
と想像しながら村の跡地を抜け、林道を更に下っていく。

-----

やがて、元のバス停に戻ってきた。
バス停の前は日帰り入浴が可能な温泉だったが、
生憎バスの時間が迫っていたので、温泉には入らず、
やってきたバスに乗って山梨市駅へと向かった。

すぐに陽は沈み、あたりは暗くなった。
歩行距離はそう大したものではなかったけれども、
内容の濃い1日だったし、自分の新しい器にとって、
これまでどこか足りていなかったように思えたパーツが、
ナメた沢を恐る恐る歩いたことで、がっしりと組み上がった感触を覚えた。

これで、ようやくあそこに戻ることができる。
そんな気さえした。

往路でも塩山駅で会ったイハラさんのお仲間と、
帰りも山梨市駅で一緒になったので、5人で食堂に入ってしばし歓談。
昔よりは増えたけれども、それでも人と歩くことがとても少ないぼくには、
こういう場所も時には悪くないと思える。

みな、ぼくよりもいくつも年上で、
ひと癖も、ふた癖もある人たちばかりだ。
ただのサラリーマンをやっていると、なかなか受けない刺激を、
お山でも街でも受けた、収穫のある1日だった。

こうして、新しい器に血が通い、肉が躍っていく。
どのように馴染んでゆくのか、楽しみである。

レコ
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