年賀状やら、年賀メールやらを貰う時、
決まって「今年こそは飲みましょう」とか
「今年こそは会えるといいね」などという文言をちらほら見かけるが、
こういうことを言っている人とは
決して飲むことも会うこともないことをぼくは知っている。
もし本当に飲みたければ、本当に会いたければ、
いちいち年賀の挨拶にこんなことを書かずに、
実際に飲みましょう、会いましょう、
という連絡を寄越してくるはずだからだ。
実に些細なことだと分かっているし、
気にするほどのことでもないのかもしれないけれど、
会社の年賀状ならともかく、個人の年賀の挨拶に社交辞令を書かれると、
あまり気持ちよくはない。
それなら、年賀状など貰わないほうがマシだとさえ思う。
○○したいね、とか、○○できるといいね、
という類の言葉を口にする人は、非常に高い確率で○○をやらない。
あくまで、本気で叶えようとする人は、言う前に取り組む。
言っていることはつまり、今はやっていないことの裏返しだ。
明日は、明日は、と言っているうちに時間は過ぎてゆく。
ぼくらの時間は有限なのだから、繋ごうと本気で思っていない関係を
形式的に繋ごうとしなくて構わない。
そこには何の意義もないから、切りたければ勝手に切ってくれてよいのだ。
そして、本当に深い絆とは、どれだけの白刃をもってしても、
決して切れないものだし、言葉などなくとも、成立するものだ。
そんなことを思う2015年々頭の仕事始め。