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さて、「静荷重」というのは、簡単に言えば、体重計に静かに乗っている状態が静荷重です。
体重計に乗っていても少しでも動けばアナログ体重計の針は大きく動きます。60キロの人でも簡単に100キロオーバーとなる一瞬があるかと思います。これが「動荷重」です。(※参考のために我が家にあるアナログとデジタルの体重計でやってみたらデジタルの体重計の場合はあまり動きませんね。)
さて、最初に書いた気になったことについてです。
先日のことです。どこかのグループが懸垂下降の練習をしているのを登山中に少しだけ見学していました。そこの岩壁の傾斜角は結構きつくて80度近くありました。
打ってあるピン(ボルト)が1本なのか2本なのかよく見えませんでしたが、下降者(初心者と思われる)がブレーキを急にするために、結構な力がアンカーにかかっているように見えました。もしもピンが1本で衝撃が強くて抜けてしまえば墜落→死亡というケースです。指導者は大きな声を出しておりましたが、これくらいの角度で初心者が懸垂下降の練習をする場合は、私だったらもう1本のザイルで初心者を確保して万一の事故に備えます。(初心者はプルージックをしており、よく見えないながらもピンは2本だったとは思いますが…。)
既にお気づきの人は多いと思いますが、懸垂下降で重要なのは、「静荷重で下降する」という意識です。レスキュー隊や映画などでスルスルとロープで下降をすることを登山者が真似する必要はありません。どんくさく見えてもいいので、アップザイレン(懸垂下降のこと)で下降する場合は、あくまでも「静荷重」を意識して下降すべきなのです。これが懸垂下降の鉄則です。
具体的には、懸垂下降の降り出しは、意識的にゆっくりと動くようにしてジワジワとザイルに体重を預けていきます。そして、キチンと下降器が正常になっているかを目でチェックします。そして、岩壁を静かに歩くように一定のスピードとなるように下降していきます。歩くようにと書きましたが、あくまでもザイルに体重を掛け、制動を感じるようにします。左右にぶれることなく、ザイルに一定のテンションを感じるような下降を意識します。視点は下方ばかりでなく落石も心配して上方も時々見ます。岩壁の途中で何らかの理由で止まる場合も、徐々に静かに止まります。両足を開き岩壁に足を垂直にしてザイルと両足とで3点支持となるような意識で止まる訳です。下まで降り切ったあとも腰を沈めてザイルのテンションを緩めれば下降器の取り外しも楽な訳です。この時点でも落石を心配して時々上方を見ます。
以上が静荷重の観点からのアプザイレンのポイントです。
空中懸垂(完全にぶら下がる状態)も基本は同じですが、下降器のセットを確実にしてプルージックを確実にしないと墜落の危険があります。
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話は変わりますが、カラビナなどの登攀道具には「KN」という単位が刻まれいます。これは「破断強度」を示します。
具体的には、KN<>30というのは縦方向(カラビナの正常な向き、メジャーアクシス)での破断強度3000kg、つまり3トンまで耐えられるという意味です。カラビナを横向きに荷重をかけたとき(マイナーアクシス)の破断強度の数字もあって、たぶんメジャーアクシスの3分の1ほどの破断強度と思います。そして、カラビナのゲートが開いた状態(オープンゲート)での破断強度も刻まれているかと思います。
この「KN」は、「キロニュートン」と読みます。昔のカラビナ(私はボナッティのカラビナを多く愛用していた)には「KG」と刻まれています。これは「キログラム」です。数字の桁数が違いますが意味は今のものと同じです。
破断強度が30KN(すなわち3000キログラム)であっても、人間がある高さから墜落したら3000キログラムを越える場合もあります。これが動荷重を知らない場合の怖さです。まあ、カラビナが破壊されるケースはよっぽどですので普通に売られているカラビナを使う場合は心配する必要はありませんが、知識としては知っておく必要があります。
余談ですが、その昔、私はカラビナの破断強度をプライベートで調べたことがあります。知り合いの造園業の人に頼んで庭石をクレーンでつり下げてどれだけの重さの石でカラビナが壊れるかテストしてみたことがあります。石の重さはクレーンと石の間に計りを入れて計りました。
その時の結果は、多少動荷重があったにもかかわらずカラビナに書かれた数値を大きく上回っていました。(言っておきますが、そのときのカラビナは少なくともボナッティじゃありません。ボナッティはもったいないので使ってはいませんでした。)
実験の誤差はあると思いますが、カラビナ製造業者としては安全係数というのも配慮していたのかも知れません。私が興味本位で実験したのはこのときのカラビナだけでして他の道具はやったことがありませんが、まあ、他の道具も信じても良いと思ったのが私の実験の成果と言えば成果でした。
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さて、懸垂下降の時にジワジワと体重を掛けること先にを書きましたが、一般道にあるフィックスロープでも考え方は同じです。
普通の人はどのような判断で一般道のフィックスロープや鎖を信じているか分かりませんが、一般道でのフィックスロープは、だいたいは握っただけで感触は分かると思います。しかしながら、体重を掛けるのはいいとしても、万一、ロープが切れたり、何らかの理由でアンカーが外れてバランスを失って谷底に落ちるというケースも無きにしもあらずですので、そういう想定がある体重の掛け方になる場合は「過信は禁物である」というのが私の考え方です。皆さんも同じだと思います。
さて、これまた余談ですが、私は30数年ほど前に穂高の屏風岩に二度ほど登ったことがあります。どちらも雲稜ルートと鵬翔ルートをミックスさせたルートを取りましたが、雲稜ルートのボルトのリングは細くてまるで針金のようでした。中にはそれが切れてシュリンゲを通していたボルトもありました。人工登攀で登っていく訳ですが、人工登攀で登ること自体の是非はともかく、体重を静かに掛けても針金のようなボルトのリングはグニャリと曲がるような物もありましたし、シュリンゲもシュリンゲで、信じていいのかつけ替えた方がいいのか判断が難しい物が多く、これほど「静荷重」を意識したことはありませんでした。
最初の屏風を登っているときのことです。となりの緑ルート(オーバーハングがある最も難しいルート)を登っているクライマーが大きな音とともにトップが実際に墜落してしまいました。原因は分かりませんが、古いシュリンゲが切れたものだと思います。セカンドが上手だったので幸い途中で止まりましたが、私たちの頭の上から切れたシュリンゲがヒラヒラと舞いながら落ちてきました。「大丈夫か!」と声を掛けると、「大丈夫でーす!」という返事だったのでホッとしたものです。ちなみに屏風岩での落石はすさまじいスピードで、シュッ!というガスボンベが開くような音とともに空気の摩擦で岩が焦げる匂いを感じました。
先ほども書いたようにそういう人工登攀自体の是非はともかく、残置ハーケンや自分で打ったピンでも何でも、樹木の枝や根っこにしろ何にしろ、何に体重を掛ける場合であっても、それが危険を伴う場合は「何はともあれ静荷重の意識」が必要かと思います。木の根が抜けてそのまま谷底に転落なんてことは可能性としては高い話です。
室内のトレーニング施設などでトップロープで登っているだけであれば(まあ)心配ありませんけどね。
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ここまで書いて、この続きも書きたいことがあるので次回にしようと思いましたが、それも面倒なので続きを書いてみます。
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あらためて「静荷重 登山」という言葉をGoogleで調べてみると、検索で引っ掛かるのは殆どが「静荷重静移動」ということに関するものです。私たちが真剣に登山知識を吸収していた頃には出てこなかった言葉なので多分新しい登山用語の気がします。(単に私が勉強不足だったかもしれませんが)
ともあれ、「静荷重静移動」という歩き方は疲れにくい歩き方と説明されています。
「静荷重静移動」で私がふと思ったのが、春山などでの「踏み抜き」です。
初心者を「踏み抜き地獄」の山に連れていくと、案の定、「地獄の踏み抜き」となり根を上げてしまいます。一方、ベテランの人はあまり踏み抜きません。
「水の上を歩くように、右足が踏み抜く前に左足を出せばいいんだよ」と冗談で言ったりしたものでしたが、その後、エリマキトカゲがCMで水面を走っているのを見て私が言ったこともまんざら冗談じゃないなと思った次第です。(オリオン座のオリオンも水の上を走れたそうです。)
まあ、「静荷重静移動」というのは、技術というより経験なんでしょうね。
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さて、「静荷重静移動」というのは正直なところどうでもいいのですが、もう一つの「静荷重と動荷重」について言いたいことですが、それは「確保」についてです。
今では確保の技術はほぼ確立されているかと思いますが、基本となるのは、「肩がらみ」と「腰がらみ」です。これらは直接ビレイと呼ばれるものであって、確保器やグリップビレイを使っての確保は間接ビレイ(あるいは間接確保)と呼ばれます。(確保のことを「ジッヘル」という言葉を昔は使ったものですが今では死語になっているようですね。)
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さてさて、話は長くなると嫌われるので手短に書きますが、直接ビレイ(肩がらみ)で空中に宙づりになっている人間を確保したことがあるでしょうか?
実際にやってみると、これがどれほど厳しいものかよく分かります。0メートルの墜落(すなわち静荷重)でもしっかりと座って確保していないと自分も墜落してしまいます。別の言い方をするとセルフビレーのテンションをいっぱいいっぱいにしておかないとしっかりと確保が出来ません。ましてや、スタンディングで急峻な場所での(直接)確保する様子を見ることがありますが、これじゃまず墜落(動荷重での墜落)を止めることは出来ません。
そういう意味でも、
・セルフビレイは確実にする。
・なるべく間接ビレイをする。
・(話は違いますが)アンザイレンは気休めしかならない。(アンザイレン;ザイルで互いに結びあって登ること)
ということだと思います。
確保する場合、動荷重がどれほど荷重としての数値が大きいか、調べれば恐ろしい数値になる訳ですが、簡単に言えば一般の人の想像をはるかに越えています。
そのあたりのことを詳しく知りたい人は、(詳しすぎるのですが)良いページを発見しましたので↓じっくり調べてみてください。
http://www.nmaj.org/branch/sonantaisaku/text/004.htm
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以上でございますが、ああ、またしても偉そうに重く書いてしまったわ

遅いけれど昼飯は軽くざる蕎麦にしようっと

ふふふ・・全部読んだ・・面白かった
>穂高の屏風岩に二度ほど登ったことがあります
グライダーへと進化したんですか??翼竜の進化みたい
ですな
でわでわ
murrenさん、こんばんは。
そうですね、静荷重(静的荷重)は文字通り静止している状態で動いているのが動荷重(動的荷重)ですね。
ピンを利用して下降する場合にはザイルの角度により引張力が異なりますので、出来るだけピンに衝撃を加えない方が良いですね。
>レスキュー隊や映画などでスルスルとロープで下降をすることを登山者が真似する必要はありません。
レスキュウ−隊は連日にわたり厳しい訓練をしているのと、ピンの打ち込みにも細心の注意をしていますね。
時々ですが、ピンの打ち方が悪く不幸な事態になる事もあります。
破断(せん断)強度ですが、中には数字の意味を理解していない人もいますね。
難易度の高い登山をなさる方は、山岳会等で指導を受けるのもよいかも。
uedayasujiさん、こんばんは
試験は大丈夫ですかね?前はケセラセラということでしたが。
落ちるとか墜落という話題ですが、さすが余裕ですね
穂高の屏風は当時はとても人気でしたが今は登る人は少ないですね。当時もっと登っておけばよかったですが私はその後中東某国に行ってしまいました。そのあたりの話はまた後日。
cprrescueさん、こんばんは!
コメントありがとうございます。
やっぱり山岳レスキューの方でも事故が起こることがあるんですね。
自分でハーケンを打って、その時に歌えば確実でしょうが、他人のものは特に新しいものは信用できませんね。
確かに今はレベルの高い稜線をソロで走破される人が多いと思いますので山岳会なりで何らかの指導を受けられるのが本当はいいと私も思います。
>やっぱり山岳レスキューの方でも事故が起こることがあるんですね
いいえ、一般登山者の事です。但し、一度だけですがありましたね。でもその時は、ピトンが外れた瞬間に岩にしがみつき助かりましたとか、やはり日頃の訓練がとっさの時に無意識に?働くのかな。
cprrescueさん、そういうことですね。誤解してすみません。
私たちが真剣にやっていた頃、ヨーロッパアルプスでの死亡事故はほとんどが懸垂下降時に起きていると聞いていましたので、岩登りの練習の時も懸垂下降はとてもよく私たちは練習していました。ときには建物から降りたりしていました。
感覚が体得できれば特別に難しい技術とはいえないでしょうが、「魔が差す」ということもあるので緊張感は絶対に必要でしょうね。
今、私が一番欲しかった情報です。
GWに北アルプスのアルパイン系の山行へ行きます。
今までは懸垂下降を訓練でかじった程度なのですが今回は使うかもしれません。
なので、自宅で何度もトレーニングするように師匠に宿題を課せられATCにて毎晩戯れています
レスキュー隊などの方は素晴らしいスムーズな動きで下りますが
私はのろのろです。
でも、できるだけロープや支点に負荷がかからないように
また、上からの落石に十分注意して気を引き締めて
安全の為に自分ができることを頑張っていきます。
踏み抜きの件。
まさに初心者の私は踏み抜き地獄でこの冬は泣きました。
同じところを歩いていても師匠の踏み抜きは圧倒的に少ないです。
やはり歩き方の違い重心移動などの違いなのです。
いかに効率よく、省エネルギーで歩くか。
体力も大切ですが、その技術によって体力が無くても同じように歩けるようになるんですよね。
これからそういったものも習得していきたいです。
mitukiさん
おはようございます
mitukiさんはご師匠さんが素晴らしい指導者なのでいいですね。確実にレベルアップしているし無理もされていない様子ですので後は体力的なことと合わせて全てを総合的にレベルアップされればバランスが取れるように思えます。ややをすると体力だけで登ってしまう人がいますが、体力は必要不可欠ですが逆にヘタな自信が災いを招くこともありますからね。
連休はどちらへ行かれるか分かりませんが気を付けて楽しんできてください。
murrenさん、こんにちは
murrenさんの日記にはいつも勉強させていただいていますが、今回は私にとってはまったくの未知の世界で、すごいな〜の一言だけです
山に限らず、いろんなことを良くご存知で本当に感心します。
オブリガード
あれ?Daveさん、いつの間に?
南米大縦走の多忙なときに訪問ありがとうございました。
murrenさん、こんにちは
今頃、コメントしてますがスミマセン。
私も今、静荷重移動を意識した歩きをマスターしようと
トレーニングしております。
トレッドミルのトレーニングを正面の鏡で見ると上下動が激しいので、運動にロスがあるのと膝への負担が
大きそうなので改善しております。
すり足気味になってしまうのですが実際の登山道では
躓いてしまいますね。
大きく足を上げなおかつ静荷重を意識して歩くと
後足を出来るだけ残す感覚になりますね。
忍者走りを意識すればよいでしょうか?
higurasiさん
私の考えですが、山での歩き方は経験で自然と上手に歩くことができるようになると思います。
ただ、絶対に転んではいけない場所では転ばない歩き方はあると思います。そちらの方が重要に思います。
しかしながら、簡単な場所だと油断してしまってつまづいたりしてしまう場合が私にはあります。そのあたりを修正しようと考えています。
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