吉村昭氏のエッセー集、「死顔」を読了した。
氏の遺作でもある。
吉村氏が舌がんと闘病中、合間を縫って推敲を重ねいくつかの作品を発表していたらしいが、推敲修了せず未定稿状態の小作品「キレイスロック船の遭難」も入っている。
掲載されている数本のエッセ−の中で私は「ひとすじの煙」が一番良かった。
栃木と福島県境にある温泉での療養のことを触れている件では山間部の風情が感じられた描写が素敵だった。
●雨が去ると、増量した渓流の流れの音とともに、おずおずと鳴きははじめる蟬の鳴き声があたりを占めた。
●山と山に区切られた空には、さまざまな形をした雲がパノラマの像のようにつぎからつぎに現われ、稜線の影に消えていく。
●夏の季節に入ると、渓流の瀬音が蟬の鳴きしきる声に消された。油蟬とニイニイ蟬の混合した激しい鳴き声で、それが宿を密度濃く包み込んで、他の音はきこえず無音状態になったようにさえ感じられる。
●晴れた夜には、驚くほど冴えた星の光が空一面に散り、山の稜線から明るい月がのぼることもある。
●やがて紅葉の色が褪めはじめ、枯葉が舞うようになった。山肌は黄色から茶の色に変り、風が起ると無数の雀の群れが一斉に飛び立つように枯葉が舞い上がる。私は空をおおう枯葉の動きをながめていた。
妻である作家津村節子が書いている「後書きに代えて」で吉村昭氏の最後の状況がよく理解できる。
今まで沢山の氏の著作を読んできたが、改めてエッセー一本についても推敲に推敲を重ねていることを知り大いに感じ入った。
「ひとすじの煙」にような淡々とした筆致にも拘わらず情緒が溢れ、読み終えたときに何がしらかの余韻を感じさせるエッセーを書きたいなぁ。
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