地図と登山(その二)

　近代地形図作成の基本は三角測量で、地図を作るには三角点が欠かせません。三角点は一つ一つに三角点の記が有るので、それを追ってみます。三角測量を行う上で、底辺になる基線は欠かせません。相模野基線は直接測量された三角測量の底辺になる基線で、北端が下溝村三角点、南端が座間村三角点。両点間の距離は5209m96cm9.7mm。明治15年に参謀本部が両端に一等三角点を設置しています。

　面倒くさいので省略しますが、
・相模野基線を底辺に、東の長津田村、西の厚木鳶尾山三角点を三角測量。
　(約14.4km)
・長津田-鳶尾山を底辺に、北の多摩市連光寺村、南の平塚市浅間山三角点
　を三角測量。(約37km)
・連光寺-浅間山を底辺に、東の千葉鹿野山三角点、西の丹沢山三角点を
　三角測量。(約76km)
・鹿野山-丹沢山を底辺に、日本経緯度原点を三角測量。
・経緯度原点の緯度・経度は天体観測で求めてあるので、今までの測量結果
　から、各三角点の緯度経度確定。
・経緯度原点、丹沢山、鹿野山の三角形の三辺を底辺に、全国一等三角点網
　を形成。
という手順を踏んだようです。(実際には一つの基線から日本全国に三角点網を広げると誤差が大きくなりすぎるので、20ヶ所程基線を設けて調整していたそうです。経緯度原点を含む三角形は相模野基線を元にしたので、相模野基線が取り上げられる事が多いようです。)

　日本経緯度原点は特等三角点と言うべきもので、等級は付けられていません。麻布の旧東京天文台で、天体観測によって精密に緯度経度を求めた地点。当時の最先端技術で定めた日本地図の原点です。経緯度原点以外の三角点は全て一等三角点。長津田村、鳶尾山、連光寺村、浅間山は全て参謀本部が明治16年に選点しています。これに対し丹沢山、鹿野山は内務省が明治12年に選点してます。関八州大三角測量の一環として設けられた三角点なのでしょう。

　一等三角点設置は九州や東北地域でも明治30年までに、北海道地域でも明治38年頃までに、沖縄でも明治年間に略終わっているようです。二十年以上かけて各地域の基点になるポイントが定められたということでしょう。一等三角点網完成は日本全国地図作成の基盤になったはずです。

　全部はとても調べられないので、地域を限って三角点の記を追ってみます。私のよく行く多摩川流域では、一等三角点は雲取山のみで、明治15年に内務省地理局が選点しています(丹沢に負けた…)。これも関八州大三角測量の一環で設置されたのでしょう。二等三角点は年代順に
・明治17年選点
　柳沢峠(高芝山)、大常木(竜喰山)、丹波山村(丹波天平)、佐野峠(奈良倉山)、
　留浦村(倉戸山)、西原村(笹尾根の丸山)、大岳(大岳山)、佐野川村(生藤山)
・明治32年選点
　小川(酉谷山)、長沢(鷹巣山)、火打石(川苔山)、戸倉村(刈寄山)、二俣尾
　(青梅丘陵の三方山)、菅生村(あきる野市北方の278.5m峰)、
　田中(滝沢城址南東170.7m峰)
　高尾山：昭和47年(旧標の記載なし)
などとなっています。三等三角点全部は追いきれないので、主な三角点のみを記載すると、
・明治19年選点
　影信山、材木沢(北高尾、杉沢の頭)、上椚田村(高尾駅南西294.1m峰)
・明治37年選点
　天狗棚(藤尾山)、墨川(倉掛山)、石保戸(石保戸山)、唐松尾(唐松尾山)、
　大菩薩(大菩薩嶺)、山葵谷(サカリ山)、獅子倉(鹿倉山)、山沢入(大マテイ山)、
　比竜(飛龍山)、七ッ石、境(六ッ石山)、三頭山、御前山、本仁田山、
　富士峰(御岳山)、日の出山、馬頭刈山、臼杵山
となってます。この地域は明治15年から17年にかけて、一等二等などの主要な三角点が選点・設置され、十年以上経過した明治32年から37年に、今度は細部の三角点が選点・設置されて行っているのが分かります。

　明治10年代は2万分の1基本図と輯製20万分の1図が並行して進められていました。明治19年の三等三角点整備は2万分の1地図に対応するもので、甲州街道という主要街道沿いの整備が優先して進められたのではないかと思います。明治17年の二等三角点の整備は謎で、2万図全国整備の前段階だったのか、関八州大三角測量の一環だったのか。輯製20万分の1図は基本的に編集図だけれど、全体の調整を行うために三角点整備を進め、資料として活用したのかもしれません。奥多摩では明治17年に二等三角点網構築が始まっていたことになります。

　明治30年代の三角点整備は明らかに5万図の全国整備に対応するものでしょう。輯製20万分の1図をベースに、明治32年に二等三角点を追加して測量し、それを元に目ぼしい地点を洗い出して、明治37年に三等三角点を追加したという気がします。三角点の記から見ると、奥多摩の山間部では、明治37年以降に5万図作成に向けた測量が本格化したと言えそうです。ちなみに日露戦争は明治37〜38年。皇国の興廃の大変な時に、よくやっていたものだと思います。