地図と登山(その三)

　いよいよ地図に移ります。国土地理院ホームページから「図歴(旧版地図)」を見て、20万図、5万図の図歴を追ってみます。多摩川流域を含む地図の図歴の最も古いものを拾うと、
20万図
　甲府：明治27年修正、発行日記載なし。
　東京：明治34年修正、明治31年発行。
5万図
　上野原：明治29年修正、明治31年発行
　八王子：明治39年測図、明治43年発行
　秩父、五日市：明治40年測図、明治43年発行
　青梅：明治41年測図、発行日記載なし
　三峰、丹波：明治43年測図、大正2年発行
となっています。測図というのは測量して初めて作ったという意味。図歴の最も古いものが測図ではないものは、それ以前の図があったという事。「修正」の場合は修正の元ネタが何かあったはず。ちなみに5万図の「東京西南部」は明治45年縮図が最初の図歴。これは2万図が既にカバーしていて、2万分の1を5万分の1に縮小して作ったものなので「縮図」なんだと思います。元々2万図の整備が済んでいたので、5万図作成を急ぐ必要はなかったのでしょう。東京の5万図の図歴が意外に新しいので悩みましたが、そう考えると辻褄は合います。5万図を基本にしましょうと決めたからしょうがなく作ったと言った感じでしょうか？。

　輯製20万分の1図は図歴に”輯”がついているので判別できます。上記20万図はどちらも輯製図です。輯製図といえども修正が加わっていたのがわかります。その後の測量成果を追加して行ったのでしょう。明治10年代の三角点整備はこのためだったのかもしれません。「東京」の発行日が修正の前なのは意味不明。修正の都度、修正日は更新されたが発行日は更新されなかったとも思えますが、明治26年には初版は出ていたはずです。

　5万図の上野原は明治29年修正なので、それ以前の図面があったはず。八王子より上野原の方が先というのが解せませんが、八王子の反対隣の都留、そのまた先の甲府も明治29年修正。八王子は2万図が部分的に出来ていて、それで用は足りたから後回し。甲州街道沿いの山間部は未整備だが需要は高かったので優先したという事なのかもしれません。ちなみに中央本線の浅川(高尾)〜甲府は明治34〜36年に開業しています。八王子は2万図全国整備方針時代のラストグループ、上野原は5万図全国整備方針時代のトップグループという気がします。方針変更は明治23年なので、時間軸は大体合います。高尾周辺の甲州街道沿いの三等三角点設置が明治19年と早かったのは八王子地区の2万図の為でしょう。

　しかしながら、主要都市でも主要街道沿いでも無かった多摩川流域の山間部の2万図は作成されず、5万図のために明治37年までに三角点を整備し、明治43年までに測量を行って、大正初期に発行したと考えるのが自然でしょう。高尾辺りに明治19年に三等三角点を設置していた事を考えると、明治23年には山奥の2万図まで手が回っていなかったはずです。最も古い図歴が”測図”なので、ほぼ間違いないと思います。南アルプス北部が含まれる赤石岳、大河原、市ノ瀬も同じく明治43年測図で大正2年発行。北アルプスの含まれる上高地や槍ヶ岳、立山は大正元年測図で大正2年に発行されています。

　図歴を見ると、本州や九州、四国はこの頃までに集中して5万図が作成されたようです。遅めの部類では、屋久島が大正10年測図で大正12年発行、大雪山は大正10年測図で大正13年発行、知床岬が大正13年測図で大正14年発行。チラチラと図歴を見る限り、これらが5万図のラストグループ。明治15年の基線選定から35〜45年程かけて整備された事になります。40年がかりの大変な事業だったという事です。

　まとめると、平野部や主要街道沿いなどの5万図は、2万図全国整備の測量資産を継承して、基本図を5万図に変更した明治23年直後から整備され始め、明治30年代前半には入手できたようです。5万図がなくとも2万図があったはずです。登山に必要な山間部の整備は明治30年代後半にスタートし、5万図が入手できるようになったのは大正に入ってから。北海道や沖縄以外は大正初期に集中的に初版発行されています。大正も末の頃になれば、日本全国どこでも5万図が手に入る状態になっていました。取り敢えず、5万分の1地図の歴史はこんなもんでおしまい。