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2023年05月22日 16:49未分類レビュー(書籍)全体に公開

新田次郎氏の「剱岳(点の記)」

 小説では、柴崎氏は明治39年の三角点設置が終わって東京に戻って、班長の玉井要人氏に復命して、その際、来年は剱岳に登るように言われた事になってます。でも、明治39年の柴崎氏による点の記によれば、
・班長、陸軍歩兵大尉、神本澤吉
・検査掛、陸地測量師、田浦安静
 です。剱岳に登った翌明治40年の点の記では、
・班長、陸軍工兵大尉、玉井要人
・検査掛、陸地測量手、勢榮三
 ですけれどね。

 玉井氏は明治39年9月には東京にいた筈もありません。なぜなら、明治39年に、測量官として秋田県大仙市、横手市付近に赴き、二等三角点16点の選点、造標、観測、埋標をやった点の記があるからです(玉井氏の冠字は"身"です)。9月26日に"堤ケ岡"の埋標をやったのが最後の記録。なので、班長をしていた筈はなく、9月末頃まで秋田で三角点設置に従事していた筈です。

 ちなみに玉井氏の肩書きは陸軍工兵大尉ですが、氏の冠字"身"の三角点は、把握しているだけで59点あります。修技所は柴崎氏の一年先輩で、明治36年に実習で設置した6点の三等点の点の記が残ってます。修技所で教育を受け、三角点設置の実務経験も多数ある方です。三角点設置の実務を知らない軍人が班長になった訳ではありません。

 明治39年の点の記から、9月以降に柴崎氏の登場する点の記をすべてピックアップすると、12月25日まで福井で観測をしていた記録があり、ある程度まとまって記録のないのは
・09/19〜23、5日間
・09/28〜10/3、6日間
・10/21〜26、6日間
・11/16〜26、11日間
・12/06〜10、5日間
・12/16〜24、9日間
 だけです。あとは4日間空いているのが4回。実際には一二等点から、設置した三等点の観測もしたはず(上等点との位置関係を求めなければ緯度経度は求まりません)ですが、それは一二等点の点の記には記載されないので解りません。ですが、記録のない日に観測していた事もある筈です。それも含めて考えると、点の記からは、年末ギリギリまで、福井で天候を睨みながら測量に従事していた様子が窺えます。最後の方は雪との戦いだったでしょうね。

 実は、この時期、小説に登場して柴崎氏と会話する水本輝氏も福井の観測業務に従事していました。なので、水本氏と柴崎氏が東京で会話した可能性はまずありません。担当区域が近かったので、福井でなら会って会話した可能性はありますけれどね。

 小説では、測量を終えて東京に戻り、陸地測量部の入口で小島烏水氏と出会い、なぜか未来の上司で秋田にいる筈の玉井氏に復命し、来年は剱岳に登れと言われ、リタイヤした先輩測量手に立山の状況を聞きに行き、下見に立山まで行って剱岳登路の偵察をし、又東京に戻って年末には忘年会に参加した事になってますけれど、そんなヒマは無かった筈です。明治39年の点の記の記載を信じればそうなります。

 まぁ、小説「剱岳(点の記)」第一章は、実在した測量官を登場させて、それっぽく仕立てていますが、ほとんど新田次郎氏の作り話でしょうね。登場人物ご本人が読めば笑ってしまうでしょう。当時の点の記の記載を信じれば、明治39年秋には柴崎氏はほとんど福井から離れなかった筈です。秋に立山に下見に行って剱岳を偵察したなんてあり得ません。翌年にぶっつけ本番で立山に向かった筈です。第一章で小説を貫くいくつかの設定が成されていますが、それも相当眉唾物。

 新田次郎氏の作風は、事実をネタに、実話とさもありそうな作り話を織り交ぜて、ドラマティックな展開にし、まるでそれが実際にあった事のように読者に誤解を与える作風です。綿密に資料を集めて調べ上げ、知り得た事実を揺るがせにせず、その隙間を紡いだような作風ではありません。事実をネタにしながら、その事実に向き合う姿勢が実に軽い。柴崎氏の明治40年の点の記を見たのであれば、明治39年も見れたハズ。それをせずに明治39年から筆を起こしたのでしょう。だから、誰が班長だったかも間違える。

 小説というエンターテイメントと承知して読むなら問題ない作風でしょうが、書かれている内容は、一々ちゃんと考証しないとどこまで実話か解りません。多くの人が事実を誤認することは確実に害があります。「剱岳(点の記)」もそのような作品と見て間違いないでしょう。氏自身が創作の際に頼って作品にも折り込み、標題にもした点の記によってそれが説明出来てしまうのは如何にも皮肉です。
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