次の沢登りは一挙にレベルを上げて1974年のセドの沢左俣であった。昔のガイドブックには中級、現代のものには2級下と出ている。モミソ沢は大棚の直登を除くと初級-1級なので、一気にレベルを上げすぎで実際苦労した。
その前に登山以外の事を少し書いておく。実はしばらく前からわかっていたのだが、我が大学に1974年度、従来はなかった数学専攻の学科、数理工学科(のちに数理科学科と改称)が新設されちょうど我々の学年が第1期生として進路に選べるようになったのである。私にとってはまさに渡りに舟でありこれ以上ない幸運であった-といってもそのためにワザと留年したわけでなく、あくまで成り行きである。
さて、首尾よく3年数理工学科に進級したものの、夏までは体調絶悪で部活にもろくに出れなかった。通学途中の電車を途中で降りてホームで嘔吐することもしばしばで、医者に行ったら十二指腸炎で胃潰瘍の跡が何箇所かあると言われた。多分その原因は留年時の科目のうち有機化学だけが合格かどうかわからず、この単位を落とすともう1年留年になるので、心配のあまり神経性胃炎を繰り返していたことであろう(まあ結局ギリギリOKであったが)。
そうではあったが3年前期のほとんどの講義内容は昨年度の自主的・趣味的勉強で大半が既知であり、授業について行くのはとても楽で成績も自分で驚くほど良かった。医者に行って体調も回復してからは生活全てが幸福でやたらにハイテンションになっていた。また、父親が単身赴任で家にいなかったため、母親には普通のハイキングと誤魔化し沢登りを再開しようと思ったのである。
(以下、日記をほぼそのまま書き写しますが、今回はわかりにくい部分は、若干省略・書き直しを行なっています)
10月15日 セドの沢遡行・表尾根縦走
戸川林道を1時間20分ほど歩いて戸沢バンガローに着く。天気はあまりよくない。水無川の入口を見つけ、少し入ったところで地下足袋とワラジに履き替えた。キャラバンシューズから急にワラジに変わったのでカンが狂いかえって安定が悪い。大きな岩がゴロゴロしている河原を行くと、水無川F1がドウドウと水を落としている。立派なものである。左の鎖のついているところを登るとすぐに右側にセドの沢入口がある。
いよいよこれからだと気を引き締めて沢に入る。沢に入るとすぐにF1、F2がある。割合簡単に越えた。そのすぐ上に右俣が流入しているがあまりに小さいので右俣とは思わなかったほどである。そこからガラガラした沢になり小滝をいくつか越えて行くとF5大滝が見えた。かなり大きい。滝下まで近づいて写真を撮り、辺りを見回してみる。巻道を登るつもり巻道であったが、一応直登ルートを探ってみた。滝の右側の壁はとうていダメ。左側にどうやら登れそうな所があったが、とても登る気はしない。ふと滝の手前の右の側壁を見ると、登れそうなバンドが落口まで続いている。巻道はもっとさらに手前であるが、ここなら登れそうに思い、さっそく取り着いた。
そのバンドまでは簡単に行けた、と言っても鼻のつかえそうなほど切り立った壁である。そしてバンドを1、2歩歩いたら足が滑った!手はしっかり握っていたので落ちなかったが…
下を見ると垂直の壁であり、スタンスは逆層気味で滑りそうな気がする。左には残置ハーケンが2本あり、手前のものは根本まで打ち込んである上テープの輪がついてしっかりしているが、もう一つの方は途中までしか打ち込んでなくしかも折れ曲がっている。私は岩に打ち込まれたハーケンを見るのは初めてであり、これはロープを使うべき直登ルートであったのかと少し怖くなった。
しかしここを越えればあとは比較的簡単そうである。そこでテープシュリンゲに掴まって何とか進もうとしてみた。しかし上部が少しハングしていて体が反ってしまいそうだし、私の今の技術ではとうていここを越えられそうにない。転落・怪我ということになれば今日はウィークデイだし助けに来てくれる者もないだろう-などと考え、引き返すことにした。
ところが引き返すに引き返せなくなってしまったのだ、というのは先に書いたようにスタンスが逆層気味なので引き返すとき体重をかけられない。そこで右足を思い切り伸ばし、下の方にあるスタンスを探し指先をかけた。そうしたら右足を伸ばした拍子に足が攣ってしまった!
これは慣れない岩登りのせいだろうが、とにかく進退極まってしまった。ここから落ちればただでは済まないだろう、遭難か!とも思った。
ところがここで急に闘志が湧き、体が熱くなるのを感じた。いわゆるアドレナリン噴出状態になったのだろう。気を落ち着け筋肉をほぐすため、スタンスに乗ったままで腰を振ったり足を屈伸したりした。そして足がどうにか動くようになるとじわじわ体重を移動させ、次の一歩を踏み出した。それから2、3度ヒヤッとするところもあったがどうにかルート入口までトラバースできた。
安全なところに辿り着いても興奮が収まらず、思わず岩を叩いたことを覚えている。
随分時間を食ってしまったが、巻道でこの滝を越えた。沢に降りるところで急な凹角のクライムダウンがありちょっと苦労はした。それからしばらく登り続けたが、水流の真中を登った滝を一つ覚えている。さらに登ると割合大きな大きな2段の滝が出てきた(注:F7、F8と思われる)。下段にはどこにも手がかりがないように見える。「丹沢の山と谷」には「右壁の豊富なホールドを使い快適に…」と書いてあるが、右壁は全体に被り気味だし、特に落口へ出るところは50センチくらい岩が突き出している。左はいくらか傾斜が緩く見えるので試してみた。上方にあるクラックに手を入れ体を伸ばしたら岩に頭がぶつかってしまった。ノーヘルだったので痛いことこの上ない。すぐ降りて痛む頭でよく考えてみたが、これでは登れないし、一段上がれたとしてもその後も大変だろう。そこで巻道を探した。最初左にそれらしき入口があったので入ってみるとすぐにスズタケの藪に突っ込んでしまい、悪戦苦闘しているうちにワラジが半分切れてしまった。そこで沢に引き返し、今度は右壁を探ってみた。
手をいっぱい伸ばして掴めるホールドがあったのでそれを握ってはみたが、この沢の岩が脆いことには気づいていたので体重を預ける気にはなれない。そこでまた左を探してみると、ようやく正しいルートを見つけることができた。この滝を越した時にはワラジは両方使用不能になっていたので脱ぎ捨てて地下足袋だけで歩くことにした。しばらく歩いてみたが不安定な気がして、一旦水が涸れたところでキャラバンシューズに履き替えた。
そこからは源頭を思わせるような急傾斜のガレが続き、非常に苦しい。しかししばらく歩いているうちに足の下はしっかりした岩盤になってきた。そこにはまた水が流れていたが、すぐ涸れそうに見えたので水筒に水を入れた。前方に涸棚が見えた。急傾斜で脆い岩だが乾いていて順層なのでホールドは小さいが快適に登れた。この上には同じような涸棚が3つ続き、楽しくはあるが少しバテ気味。その上は沢は急傾斜の岩溝状になって上に続いている。ここも快適に登れるが、疲れのせいかまた足が攣りそうになってきた。そこを抜けると急傾斜のザレ。一歩踏み出すごとにズルズル下がる。だんたん高くなるとザレは赤土となり、四つん這いになって登っているうちに右側にステップが切ってあったのでそれを使い、一気に登るといきなり表尾根縦走路に飛び出した(注:新大日と木の又大日の間)。
(終わり)
50年後のコメント
・自分の実力を越えたルートで色々必死だった。特に大滝直登を試みたのは危なかった。
・帰路なぜかより長いヤビツ峠への道を取る。多分塔ノ岳への登りが嫌だったのだろう。最初は下りで良かったが三ノ塔の登りで足が完全に攣ってしまい、写真を撮りながら休み休み歩いた。そのせいで12分差でヤビツ発最終バスを逃してしまい、蓑毛まで歩く羽目になった(あれ、去年のモミジ谷と同パターン。半世紀経っても進歩がない笑)。全行程約9時間かかっている。
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