先日、要らなくなった小説や雑誌を買い取って貰うために、近所のBOOK OFFに行ってきました。
店員さんが査定をするのに20分程かかると言われたので、店内をブラブラしながら待っていたのですが、ふと、山に関連した小説にはどのような物があるのか気になったので、「登山」「小説」で検索してみました。
幾つかのタイトルが出てきましたが、ひときわ目を引いたのが、新田次郎著「孤高の人」でした。
早速店内を探してみましたが、残念ながら下巻しかありませんでした。取り敢えず下巻だけでも買おうか迷っていると、隣に「劔岳 点の記」があるのに気が付きました。このタイトルにも何か感じるものがあったので、こちらを購入しました。
明治30〜40年頃の話なので、読めない漢字や難しい表現はありましたが、楽しむ為に山に登る人がまだ少なかったであろう時代に、前人未到の劔岳登頂に挑む男達の物語は、読み終わった僕の心の中に不思議な余韻を残しました。
今の生活を守る為に必死で働き、この先の人生で心からワクワクする事などもう無いと思っていた僕が、これ程登山に夢中になったのは何故だろうと以前に考えた事があるのですが、明確な答えは見つかりませんでした。
しかし、この小説を読んだ後にぼんやりとですが答えが見えたような気がしました。
頼れるのは自分の身体と知識と経験しか無く、少しの油断や判断ミス、それによる怪我や体調不良が死に直結するような世界、何があっても他人のせいには出来ず、自分の持っている能力だけで挑まなければならない山と言う世界を知り、そのスタートラインに立ったばかりの自分が、この先どこまで行けるのかと言う事にワクワクしているのではないでしょうか。
山に行く為には身体を鍛えるだけでなく、技術や知識を勉強し、それを経験によって自分のものにしていき、万全の準備を整えながらも引く時は引く決断をし、時には幾日も待つ忍耐力も必用だと言う事を、この小説を読むことで、より深く理解出来たのではないかと思います。
山の中では体力、精神力、忍耐力、判断力の全てが求められるのだと教えられました。
他の事であれば、これだけの事をやれと言われたら嫌になりますが、登山の為だと思うと逆に楽しみと思っている自分に驚いています。
そして、登場する男達の、お互いを信頼し、尊重し、助け合いながら前に進んでいく姿は、とても感慨深い物がありました。
それぞれが命を掛ける覚悟を持ち、自分の身は自分で守れる実力があり、他人に依存する気持ちなど微塵も持ち合わせていないからこそ成り立つ関係なのでしょうか。
自分が初心者だからと甘えずに、早く精神的に自立する必要があると感じました。山からすれば初心者もベテランも関係無いですからね。
小説を読み終わったばかりで、かなり影響を受けている事は自覚していますので、ひと月後には全く違うことを言っている可能性があるのは否定出来ませんが、この答えは大きくは間違っていないような気がしています。
僕の人生の唯一の目標は、娘たちが結婚式を挙げるその日まで頭髪を守る事でしたが、もう一つ増えました。
確率は限りなく低いとは思いますが、いつの日か自分の力で劔岳に登って、柴崎芳太郎が見た景色を僕も見てみたいと思います。
頭髪を守りきれるかどうかは、今の所五分五分だと思っています。
しろちゃん様は自分自身が輝ける場所を見つけたのだと思います。
それは人生の喜びでもあるし張り合いでもあるのですが…ちょっと気になる事があります。
先日、しろちゃん様の山行記録を拝見して正直驚きました。
あのスピードは孤高の人、加藤文太郎並みです。
あれほどの脚力があったら剱岳はもちろん、日本の山どころかスピードを要求される海外の山だって登れます。
このままだと、しろちゃん様がどんどん山にのめり込んで行ってしまうような気がしてなりません。
もちろんそれは悪い事ではないのですが…
山の魅力の恐ろしい所は、最初は単なる遊びのつもりでも、その魅力に取り憑かれてしまうと、いつの間にか命を賭けるような登山になりかねない所なんですよね。
私も若い頃ですが、憧れていた山への想いを捨てがたく、会社を辞めてまで登りに行きました。
でも、しろちゃん様は家庭を持っていらっしゃるし、まさか私みたいな真似はしないだろうし…
そんなの余計なお世話で、単なる杞憂に終わるとは思いますが…
すみません、変な事を言いましたm(_ _)m
あっ、新田次朗さんが書いた「孤高の人」それから「栄光の岩壁」面白いですよ!
是非読んでみて下さい😉
こんにちは。
正直に言いますと、このまま山にのめり込んで行けば、ご心配頂いている通りすべてを投げ出して山に行ってしまいそうな気配はしています。
山の魅力を知ってからまだ日は浅いのですが、これまでの日常がガラリと変わってしまいました。
もしも山と出会ったのが20代であったなら、きっと僕の人生は全く違うものになっていたと思います。
しかし、今は守るべき物が沢山あり、それを見失うほど子供では無いと自覚しているつもりです。
大切な物を無くさない範囲の中で、自分に出来る事を見つけながらゆっくりと目標の劔岳に向かって前進していきたいと思います。
まさか、vt250zさんが会社をやめてまで山を選んだ時があったとは、なんと羨ましい、、、ではなく山の魅力とはなんと恐ろしいのでしょうか。
しかし、今も登山を続けていらっしゃると言う事は、全く後悔はしていないと言う解釈でよろしいのでしょうか(笑) 山の魅力と言うより、もはや魔力のような気がしてきました。
今後は「孤高の人」含め、新田次郎氏の作品を沢山読んでみたいと思います。
ご自身の貴重な経験を踏まえてのご忠告、有難うございました。
「剱岳 点の記」面白かったですネ。新田次郎氏の作品、結構読んでいます。
「孤高の人」も良い作品と思いますが、自分が一番好きな新田次郎作品は「八甲田山死の彷徨」です。山岳遭難の描写が鬼気迫る迫力です。
山岳小説、他の著者だと笹本崚平なども好きです。この方は、登場人物への視線が暖かい。
こんばんは。
山岳小説を初めての読んだのですが、とても面白かったです。
ストーリーの中に出てくる場所に自分が登った事があれば、もっと楽しいのだろうと思いましたが、地図を眺めて想像しながらでも十分楽しめました。
新田次郎氏の「八甲田山死の彷徨」、笹本稜平氏の作品も早速探してみたいと思います。
コメント有難うございました。
私がはじめて読んだのは「神々の山嶺」という作品です。
作中に登場する登山家に羽生丈二という人物をがいます。彼は実際の人物をモデルにしていて、40歳にして単独無酸素でエベレスト登頂を狙う破天荒な人物として描かれています。
山好きが極まった人は、およそ常人には理解できない領域にいるようです。
私は羽生氏とは対照的にキツい山ほど友人と励まし合いながら登りたいタチです。が、予定を合わせて山に行っても都合良く晴天であることは少なく苦労します。仰るように登山とは大変難しいスポーツだと思います。自身の時間と体力とお財布と…。上手く折り合いをつけながら続けたいものですね。
こんばんは。
実を言いますと、登山小説で検索した時に「孤高の人」の他に気になったタイトルが「神々の山嶺」「灰色の北壁」でした。
Mmor725さんに、常人には理解できない領域にいると言わせる羽生丈二にとても興味があります。是非読んでみます。
読みたい本が沢山出来たので、これから電車通勤時はスマホの数独アプリの代わりに、読書の時間になりそうです。
周りに登山をする人がいないので、まだ単独の山行しか経験はないのですが、僕にもいつか一緒に山に行って楽しめる仲間や友人が出来たら良いなと思っています。
時間と体力とお財布、どれも難しい問題だと思いますが、この問題を乗り越えた先にある山行は、より楽しいものになると思います。お互いに頑張りたいものですね(笑)
コメント有難うございました。
「聖職の碑(いしぶみ)」もいいですよ。映画にもなってます。
西駒山荘と木曽駒ヶ岳の中間に聖職の碑(石碑)が建っていて、読んでから通ったので 感慨もひときわでした。
では 良い山行を。
はじめまして。おはようございます。
新田次郎氏含め登山小説は、実在した人物や、実話をもとにした作品が多いのでしょうか。「聖職の碑」も実際に起きた遭難を題材としているのですね。
僕の「読みたい山岳小説リスト」に早速登録させて頂きます(笑)
小説を読んだ後に、作中に登場する場所を目指して山に行くのも楽しみ方のひとつですね。
また一つ山へ行く楽しみが増えました。
コメント有難うございました。
「劔岳 点の記」は映画も素晴らしいですよ。映像美も相まって劔岳に登りたい!ってなってしまうかもしれませんが。
こんにちは。
「劔岳 点の記」は日本アカデミー賞を6部門も受賞した作品のようですね。
俳優陣も豪華ですし、レビューを見てもとても面白そうで、すぐにでも見たいのですが、今見てしまうと自分を止められなくなりそうなので、もう少し落ち着いてからにしようと思います(笑)
コメント有難うございました。
「北アルプスで最後まで測量を拒み続けて来た山は剱岳だと言われているが、明治40年7月に測量官の柴崎芳太郎がようやく山頂にたどり着いてみたら、人跡未踏の筈の山の頂上で発見した物は、長年風雨にさらされた古い錫杖の頭と古刀一ふりだった」
「東京帝室博物館・高橋健博士の研究によると、その錫杖が作られた年代は奈良朝末期ないし平安初期にさかのぼる」
(喜作新道・山本茂実著より引用)
今でも登るのが容易ではない剱岳ですが、登山道や装備すらなかった千年以上も前の時代に登った人がいたとは驚きますよね。
その人が一体誰なのか、永遠の謎として語り継がれていくのでしょうね。
おはようございます。
劔岳に初登頂をした人物が誰なのか、きっとこの先も分からないのでしょうね。
この作品を読んだ後、初登頂では無かったことで測量隊の功績を認めない上層部にはモヤモヤが残りましたが、山岳会や同じ三角科の上司や同僚の暖かい言葉や気持ちに救われた気がしました。
「誰が登ったかは永遠の謎」
このミステリアスな部分も劔岳の魅力の一つになっているような気がします。
コメント有難うございました。
コメントを編集
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する