途中からぐいと掴まれる感じ。どこにでもあるコンビニとその周辺だけのお話なのに、わずかずつずれていく主人公が「コンビニ」と「日常」のリアルを踏みだして、読み手の予想と許容の範囲を越え始める。不気味だけどコントのような展開に笑う。
そして、へんてこに壊れた人間をも包んでいるコンビニ空間の無機質で明るい居心地の良さ。作中の何かに、誰かに共感するお話ではない。作家の想像力というものは、例えばこのようにフル回転しながら逸脱していくのかと、ちょっと圧倒される。傑作であり怪作。
「羊と鋼の森」「スコーレNo4」宮下奈都
「羊…」は、2016本屋大賞受賞作品。北海道の山村に生まれ、啓示のような出来事によって、ピアノ調律を職業として選んだ青年が、個性的な先輩調律師たちから学び、励まされ、考え、成長していく物語。「仕事」と「生き方」がストレートにつながっているのは、なかなか幸福なこと。いつも内省し自己を見つめる真摯な姿に、共感を覚える読者も多いと思う。
ピアノの内部で、羊の毛で作ったフェルトのハンマーが鋼を打つ音がする。と、主人公は故郷の森を想う。ピアニストの話でも音楽の話でもない。音楽の初源に大いなる階調があって、それをつかもうとするかような、静かで穏やかな小説であった。
同じ宮下奈都さんの「スコーレ…」も併せて読む。こちらの主人公は若い女性。少女期、青年期の幾つかのステージを通して、家族、恋、仕事の中で成長する女性の話。骨董店を営む父の影響を密に受け、ひとりでにモノを見る目を養ってきたヒロインが、貿易会社に入社してすぐに高級靴店に出向するあたりから、店員との絡みも含めてストーリーが「具体的」になってきて、お話はいっそう楽しくなる。
質素だがまさに「贅沢」な育ち。羨ましく思う。
ところで、主人公には二人の妹がいて、この妹たちの物語もあっていいと思うのは私だけか。
宮下さんの二作を通してうかがわれるのは、美しい物語を書きたい、という作者の強いモチーフで、なかなか心地よい小説世界。人の持つ「暗いもの」は描かれない。でもそれがマイナスというわけでもない。
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