昭和天皇の山の歌（その３――郷土富士の歌）

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2011年09月09日 23:23昭和天皇の山の歌全体に公開

昭和天皇の山の歌（その３――郷土富士の歌）

昭和天皇は戦後、占領が終わってから亡くなるまでの間、山の景色をうたった短歌を多数詠まれていますが、戦前にも一首だけ、純粋に山の景色を詠んだ歌があります。それは、大正11年、香川県を訪れた際に詠まれた讃岐富士の歌です。

あかつきに駒をとどめて見わせば　讃岐の富士に雲ぞかかれる

讃岐富士は飯野山ともいい、標高は422ｍと低く、火山でもありませんが、均斉のとれた形という点では、全国の「富士」のうちでも屈指のものでしょう。大正11年の11月、摂政だった昭和天皇は、陸軍大演習を統監するため香川県を訪れ、善通寺市内にあった陸軍士官の社交場、偕行社に滞在されていますから、その時に詠まれたのでしょう。「駒をとどめて」というのですから、馬上での歌でしょうが、早朝から演習が行われていたのか、散歩に出られたのかはわかりません。善通寺市内から飯野山までは10㎞ないくらいですから、讃岐富士は刈入れを終えた田の向こうに大きく見えたに違いありません。
http://blogs.yahoo.co.jp/sanukimesatobuttestyle/10851344.html

因みに讃岐富士に関しては、平安後期の歌人、西行法師も

讃岐には　これをば富士と　いひの山　朝げの煙　たたぬ日もなし

という歌を残しています。飯野山、讃岐富士という名称が当時からあったことがわかり、日本人の山とのかかわりの歴史の深さが感じられますし、掛詞のほか、周辺の家々で米を炊く朝餉の煙を、「飯の山」の噴煙に例えたあたり、軽妙洒脱な歌風はさすがです。「飯の山」とは、山の姿を白飯を盛り付けた形に例えたものでしょうか。

昭和天皇は均斉のとれた富士山型の山を好まれたようで、このほかにも「郷土富士」に関する歌をいくつか残されています。その代表的なものは、昭和57年の御製、

暖かき八丈島の道ゆけば　西山そびゆふじの姿して

でしょう。西山（854ｍ）は八丈富士とも呼ばれる火山で、本物の富士山に姿が似ている点では郷土富士のうちナンバーワンかもしれません。昭和天皇は昭和4年と57年の二度、八丈島を訪れていますが、二度目の訪問は昔を懐かしがられたのでしょうか。以下の文書の3－4ページ目にご訪問の記録があります。
http://www.soumu.metro.tokyo.jp/09hatijou/g/hon/16gaiyou/16-tokki.pdf

もう一つ、郷土富士の歌で印象深いのは後方羊蹄山を詠まれた歌です。

ひさかたの雲居貫く蝦夷富士の　みえてうれしき空のはつたび

沖縄と北海道は戦後の全国巡幸からもれていました。津軽海峡にまだ残っていた機雷の問題があったからです。しかし、昭和29年8月、国民体育大会の開会式に出席するため、天皇は18日間にわたって北海道各地を訪問されました。行きは洞爺丸で津軽海峡を渡りましたが、帰りは初めての空の旅。出発の朝は雨でしたが、千歳空港に着くころには夏空が広がっていたようです。初めての飛行機の旅に心躍らせ、窓から蝦夷富士を見つけて喜んでいる天皇の姿を想像すると親しみがわいてきます。http://www.geocities.jp/alfa323japan/emp06.html

昭和33年の4月、九州一周の途上鹿児島に立ち寄られた天皇は、筑紫富士といわれることもある、桜島の歌を詠まれています。

ながむれば春のゆふべの桜島　しづけき海にかげをうつせり

鹿児島市内からは桜島は東側になりますので、夕方の方が光の加減で見えやすいことになります。http://blog-imgs-38.fc2.com/c/a/m/cameraburari/DSCN0594.jpg
昭和33年といえば鹿児島市内には、中心部を除けば高い建物は少なく、黒い瓦屋根の低い家並みが続いていたでしょう。この年の九州巡幸の際の写真を見つけました。宮崎市内での写真ですが、時代を感じさせます。http://www.exblog.jp/blog_logo.asp?slt=1&imgsrc=200904/08/59/c0156359_21545652.jpg

昭和37年8月に日光男体山（下野富士）を望む奥日光小田代ヶ原で詠まれた御製、

から松の森のこずゑをぬきいでて　晴れたる空に男体そびゆ　（写真1――戦場ヶ原からの男体山、写真2――千手ヶ浜からの男体山）

も郷土富士の歌に入れてもいいかもしれません。単純な叙景の歌ですが、戦場ヶ原や小田代ヶ原から男体山を見たことのある方なら、的を得た描写にうなずかれることでしょう。男体山を詠んだ歌としては明治天皇にも明治9年の御製、

岩根ふみのぼりてみれば二荒山　舟を浮かべる湖（うみ）もありたり

があり、中禅寺湖畔に歌碑が立っていますが、中禅寺湖があまりに有名になり、湖畔の開発も進んだ今日では、明治天皇の感動を共有するのは難しくなっています。因みに昭和天皇の奥日光訪問は、戦後外地から引き揚げた元満蒙開拓団の人々が、大変な苦労を重ねて戦場ヶ原で大根を作っていたのを視察されるのが目的だったようです。大戦時の昭和天皇の役割については色々議論がありますが、天皇が苦難にさらされた国民を気にかける心をお持ちだったことはこのエピソードでも分かります。http://www.niitakaya.co.jp/history/

郷土富士の歌の最後は、南部富士として知られる岩手山の歌です。

夕空にたけだけしくもそびえたつ　岩手山には雪なほのこる

この御製は、昭和49年5月19日、全国植樹祭に参加された際、宿泊されたホテル、八幡平ハイツで詠まれたものです。岩手山は東側からは富士山型の成層火山に見えますが、「南部の片富士」ともいわれるように、西側は爆裂火口の縁がギザギザと連なり、複雑な山容を見せています。「たけだけしく」という形容はそれを詠まれたものなのでしょう。
http://youyou.main.jp/c2/iwate/images/mt-iwate/131928w.jpg

次回は本家の富士山の歌を中心にご紹介することにしましょう。

2011-09-04 昭和天皇の山の歌（その２――心

2011-09-17 昭和天皇の山の歌（その４――富

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