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もう良いかなと思った。なんとか百名山を目的としたピークハントはもういいと思った。始まりは、関東百名山だった。1日に3座、4座とハシゴした日もあった。関東百名山が終われば、次は山梨百名山巡りが始まった。山梨百名山巡りが終われば、次が始まる....その繰り返し。そして今回、信州百名山が終わった。
栃木百名山は(75/100座)だ。栃木百名山完登者には失礼になるかもしれないが、俺の未踏の栃木百名山で今登りたいと思う山は一つも無い。登りたいと思っていた栃百は全て登った。栃百は一つの例だ。東京都のなんとか百とか100とかも、今登りたいと思う山は殆ど無い。将来、さらに歳をとったら分らないが。もっとも、登りたいと思って登れば、それがなんとか百だったと言うことはある。なにせ、これだけヤマレコで山リストが乱立していれば、当然そうなる(特に東京都)。
栃木や東京の山など登りたくないと言ってるわけではない。ここは勘違いして欲しくない。栃木の中倉山〜庚申山の周回や東京都の八丈島の山など是非行きたいと思っている。
当初、長野県の名峰百選(94/100座)を2座位ハシゴしようと思っていた。というのは長野県の名峰百選をコンプリートするためにだ。しかし、モチベーションが枯渇してきた。これからは、素直に登りたい山を優先させようと思った。信州百名山を完登した翌日、阿弥陀の中央稜に行ったのはそんな理由からだ。
原点回帰しよう。
山を始めた14才の頃、心躍らせながら雑誌やガイドブックなどを見て、行く山を決めた。日本百名山とか山梨百名山だから選んだのでは無い。冬の穂高に行ったときも、あの稜線を冬歩きたいという気持ちからだった。
素直に、行きたい山、季節、ルートを優先して山行を決めよう。
登ろうという気持ちが湧かない山のピークハントしている時はもう終わった。
お金も時間も限りがある。そして若いときのような登山はもうできない。
今登らないと体力的に厳しい山も沢山出てきた。
残り少ない山人生、悔いの無いようにしたいものだ。
達成済みの登った山リスト、順不同。
山梨百名山、日本百高山、信州百名山、ぐんま百名山、関東百名山、藤野15名山(神奈川県)、大月市秀麗富嶽十二景(山梨県)、都留市二十一秀峰(山梨県)、甲信越百名山、日本3000m峰、関東百山、ヤマレコ30選、北信五岳、群馬県の山(分県登山ガイド)、山梨県の山(分県登山ガイド)。
なお日本百名山未踏の九州5座と屋久島は是非登りたいと思っている。
画像1は西穂山頂でのスナップ。
画像2は奥穂でのスナップ、上高地、西穂から縦走、下山日以外好天に恵まれ運良く縦走できました。ジャンの下りは懸垂下降しました。
画像3は奥穂山荘の屋根と夕日、この日は雪洞に泊まる、翌日風雪。
西穂高岳・奥穂高岳・涸沢岳西尾根から新穂高温泉に下山。
1980年12月29日(月) 〜 1981年01月01日(木)
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1682526.html
mtken様
コメント拝見し、投稿させて頂きます。
私はmkten様ほど踏破達成をしてはおりませんが、同じような考えがもったことはあります。
何か他人が決めたことをただトレースするのは疲れるし、いずれ物理的には限界が来ると思います。
山を一括りにして楽しむ始まりが、深田先生の日本百名山だったのかは分かりませんが、こんな私でもひとつ思い至ったことがあります。
それは、ヤマレコでの括りも含めて、それを考えた人(人々)にも、それぞれの山を大切に思い、多くの人に知ってもらいたいという気持ちがあったのではないか、ということです。
私も稚拙ながらヤマレコの山行記録を重ね、今では自分が登った山の数々をまとめて眺めるのも面白いと思っています。
きっとmkten様にとっても、ご自身だけの素晴らしい百名山リストが出来上がるのではないでしょうか(^-^)
これからもお気をつけて登山を楽しまれてください。
sekihiro さん。
このような考えに至った理由は、おそらくですけど、自分の登山人生が終盤にさしかかったからと思います。
14〜20歳 黎明期
21〜40歳 成長期
41〜60歳 円熟期
61〜 終盤。現在63歳です、テント泊で縦走できるのは後5年。あと5年はなんとか今の体力を維持できるのではと思ってます。しかしそれ以降は急激なエイジングでテント泊縦走などできなくなることが想定されます。
自分の登山の黎明期に見られた、ひたむきで純粋な気持ちを大事にしていきたいと思うようになりました。
また限られた時間と資金で心ウキウキするような、あるいは登頂できるかなと不安になるような山行をしていきたいと思うようになりました。なんとか里山100山とか、タイトルほしさに行っていたら、憧れの山やルートが登れない山行が多くでてきます。池平山や黒部別山などは今後数年以内に行かないと厳しいです。
自分の百名山リスト。体力が落ち、もう山に登れなくなったら、回想して作ってみたいと思います。
コメントありがとうございました。
こんばんは
私はもう行けなくなり、ここ2ヶ月近くはしょうもない、 暇潰しの過去レコばかり書いています。
ヤマレコが飛躍的に便利になる一方で、多くの項目が一方的にランキング化、他者と比較化され、山岳遭難の潜在的な副因にならなければ良いが…と思っています。
多くの○○百名山がリストアップされた頃には、関東甲信のご当地百名山は既に登頂していました。毎日新聞旅行のツアー募集が関東百、山梨百を知るきっかけでした。
分県登山ガイドの山も登れば、あとは食指の動く山はないように思います。
早いか遅いかは個人差ですが、みんな、いつかは必ず登れなくなります。
私は極めて稀な真正多血症の治療中でもあり、山では何があっても不測ではないです。
もうピタッとやめた訳ではないですがしばらくは汗びっしょりにはなりたくないです
こんばんは。
リスト化は登る山を選ぶ指標になる一方、ランキング化などは他者と比較し、ムリして山行をこなそうという側面があります。
今後数年間は急激に体力が落ちることは無い感じですが、仰る通り、早いか遅いかの違いでいつか急激に体力が落ち(あるいは病気などで)山を登れなくなります。
そうなる前に、ご当地百名山のタイトル狙いの登山はやめて、若かりし頃の気持ちに戻り、自分本来の山行をしていこうと思いました。もちろん、今は20代30代の頃の登山はできませんが気持ちだけは原点回帰して山行を続けていけたらと思います。
takayama2さんのような輝かしい山遍歴はできなくなりましたが、他者と比較すること無く、自分の山旅を続けていけたらと思いました
涼しくなったら、レコあげてください。楽しみに待ってます。
コメントありがとうございました。
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