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「ヤマレコ感想」
ひざの痛みで心配だったが、何とか利尻岳登りました。
天気予報が見事に外れた。26日は晴れ曇り、27日が曇り雨だったので、26日に登ったのだが、写真のように何も見えません。前日はくっきり見えていたのに、夜も星空だったのですよ。まあ、頑張ったとしか言いようがありません。帰り、キャンプ場から地元の人の車で港までおくってもらいました。
港の磯辺亭で利尻ラーメン1200円おいしかった。生うに丼3200円は手が出ませんでした。
この山、もう一度登らないと気分がワリイ!ただいま名寄(旭川より北)の隣の美深の道の駅。温泉に入って、もう今日はこれでおしまいです。明日十勝岳・・・(以上当日の記)
8月25日
山を初めて以来、憧れた山には屋久島の宮之浦岳と利尻岳、そして剱の仙人池があった。
大学生時代に深田久弥の「日本百名山」の本を手にしては利尻岳に憧れたものだ。利尻岳は深田久弥の日本百名山の最初に紹介されている山である。
「礼文島のから眺めた夕方の利尻岳の美しく烈しい姿を、私は忘れることができない。海一つ距ててそれは立っていた」「こんな見事な海上の山利尻岳だけである」と評している。北の果て宗谷岬から海上に聳える山を想像した。
前日羊蹄山に登り旭川近郊の比布にいる小学校時代のKさんの家に泊めてもらい、25日の朝から車で一路輪島へ走る。比布から稚内までの国道はただただ平らな道であった。名寄、美幌、音威子府、幌延、へと走り、豊富付近から海岸沿いを走り、本来なら、左に利尻島を見るはずなのに気づかずに過ごしたのだと思う。
昼過ぎに日本最北の都市、稚内の街に入る。私は島の位置を間違えていたのだ。船は4時である。それで宗谷岬に行った。岬の半島の小高い山のかなりの台地の海沿いに台地を囲むように国道がめぐり、その最北端が宗谷岬の公園になっている。樺太への海と向かい合う台地を振り向いた時に驚いたのは、この半島の道路を除いた部分が全て自衛隊の基地なのだ。地下にすべてのレーダーサイトが隠されていて、ロシアに対する最前線ということを知るのだ。だがその広い基地内に自衛隊の影はない。きわめてのんびりとしている。でもその時にこの基地の役割を知る。北海道は昔のソビエト(今ロシア)に対する全土が要塞化されているのだと。高速道路も自衛隊の為にあり、演習のときは交通止めにもなるそうだ。そんな現実を見せつけられながら、フェリーセンターに戻り、駐車場に車を置いて、乗船券を求めて船に乗り込む。この間はせわしく思えた。
時間通りに船は出航する。まだ4時は明るい。港を出て間もなく、ノシャップ岬の先に青く大きくまさに利尻富士だ。初めて見る姿に胸がときめく。北の果てに来たのだ。
利尻の短歌と言えば石樽千亦である。
やつやつに沈み沈みて利尻嶺は頂のみぞ海に残れる 石樽千亦
利尻嶺の後ろあかるくかがやきぬかなたの空の朝はやみかも 〃
島にても見かてにしつる利尻嶺の巓(いただき)高く波の秀にみゆ 〃
ようやくに遠ざかるなり稚内の船出して見る青陸(あおくが)の山 斉藤茂吉
写真・利尻島と礼文島。
私がFAC時代、仲間が5月の利尻に登り、雪のローソク岩の写真を見せられたことがある。今から50年も前だ。それ以来行きたいと思っていたが、やっと願いがかなって、今フェリーのから憧れの利尻岳を見ている。
海の上北の果てに、聳え立つ利尻の嶺に迫りゆくいま
近づけば山襞険し利尻岳仰ぎ見あげる蒼い頂
鷲泊まりの港に着く。空は雲一つない。明日に期待できる。港からタクシーで北麓キャンプ場に行くのだが、その前に唯一のコンビニがあって、食糧の買い出しをする。北海道にしかないコンビニだ。
キャンプ場に着いた時には暗くなっている。北海度の日没は早い。テント場にテントを張って、夕食も何を食べたか忘れている。今日は移動の日であった。テント場は良く整備されていて気持ちのよい場所だ。8時には寝てしまう。
8月26日
朝三時に起きてインスタントラーメンの朝を済ませて、3時半にテント場を出る。まだ薄暗い。4合目になると明るくなる。8合目まではひたすら登り道、展望もそれほど「凄い」と言うほどでもない。朝焼けの空があって、少し期待したが、7合目を過ぎるころからガスの中になり、8合目からは雨粒もまじる。6時20分には八合目だが、天気の崩れが気になる。長官山の避難小屋の中を覗いて通過。沓掛への分岐付近で人に出会う。9合目からの上の道が滑りやすい火山の?の様なガレっぽい道なのだ。狭い回廊の様なような場所を抜けると山頂にでる。雨がまともに降りだして、風もある。8時前に山頂に着いたが長居はできない。山頂には祠があって利尻岳とある。周囲は雲の中で何も見えないので、諦めて下山することにした。天気予報は外れたのだ。
来たけれど雲に包まれ雨となる山頂踏めばあと下るべし
雲に雨ローソク岩の影もなく利尻の頂十分て去る
またおいで利尻の山が吾に言うそう思いつつ山くだる
八合目付近で半袖のままで登ってくる外国人にあった。どこの人と聞いたらスペインだと答えた。白人は皮膚感覚が我々と違って、肌のセンサーが壊れているのだ。どうも皮膚感覚は違うようだ。四合目に戻ると雲から抜けたようで、雨から解放された。名水百選の一つと言う水を飲んで一息入れて、ゆっくりキャンプ場に戻る。十一時に戻った。ここから港まで出て、そこでお昼を取ることにしてテントを撤収して、キャンプセンターにタクシーの手配を頼みに行く。たまたまその場にいた地元の中年のおばさんたちが声をかけてくれて、車で港まで乗っていきなさいと誘ってくださった。言葉に甘えて同乗させて貰う。
「利尻に暮されていて、冬は大変ではないですか?」と聞くと、
「冬は楽しいよ。山にスノーシューで歩きまわっているよ」と屈託のない返事が返ってきた。この離島に暮してもそれなりの暮らしぶりを作り出しているのだろう。おかげで二十分ほどで港に着いた。ほんとうにご厚意に甘えた。おばさんがいうには、最近は大型のクルーズ船が寄港するので、島もにぎやかなのだと言う。大型船は着岸できないので沖に停泊して小型の船でたくさんの観光客が来ると言うのだ。この日も沖に大型船が停泊していた。
私は港にある食堂に入り、メニューを見ると、生うに丼三千二百円と会った。貧乏旅行には手がでない。海鮮ラーメン千二百円にした。周囲を見ると生うに丼を食べている方もいた。
もう一度、天気のいい時に登ってみたいし、生うに丼も食べたいな。
冬の日々想像するも及ばない暮らしを笑う島のひとたち
もう一度おいでおいでと招く島うに丼食べにきてみなね
総じて、利尻岳の山としての感想を言えば、このときの登山は面白くなかった。ひたすら頂上を踏むだけの登山であったし、また天気がそのようにさせてしまった。山を味わうことがまったくなかったと言ってよい。その意味では北海道の中で、一番つまらない山になったと言える。
雌阿寒、雄阿寒岳や十勝岳も山頂は恵まれなかったが、この利尻岳は開聞岳に似ているかもしれない。開聞岳も山頂に出るまでは展望がない。今回は利尻岳に魅力が無かったのではなく、天気に恵まれなかったことで、この山の魅力を見つけられなかった、と言うべきだろう。だから、もう一度行かないといけないと言うのが結論になるし、この山のよさを私は伝えらないし、私も感じなかった、つまり感動が無かった、と言うことにつきるかもしれない。達成感と言う意味でも中途半端となったと言えるかもしれない。
天気が悪くても面白さや感動する場面が中にはあるが、この山は、ただ登っただけではだめで、それに何かを+アルファを見つけないといけない山だと言える。
8/25 稚内16:05=(フェリー)=17:45鷲泊18:00=18:20北麓キャンプ場
8/26 キャンプ場3:32〜4:08四合目〜4:43五合目4:45〜5:10六合目5:15〜七合目5:35〜6:20八合目〜6:35利尻小屋6:45〜九合目7:05〜7:54利尻岳山頂8:05〜9:40七合目9:42〜六合目9:55〜10:54キャンプ場12:00=(車)=12:20鷲泊14:05=(フェリー)15:45稚内
利尻岳を詠う はぐれ
長年の夢かなえたしデッキより間近くなれる利尻に祈る
海の上北の果てに、聳え立つ利尻の嶺に迫りゆくいま
近づけば山襞険し利尻岳仰ぎ見あげる蒼い頂
一心に晴れる天気を期待して寝袋にもぐるキャンプ場
朝焼けの空を迎えて不安よぎる雲覆いくる長官山付近
九合目雲覆う中雨吹いて灰色の中に利尻山頂を踏む
来たけれど雲に包まれ雨となる山頂踏めばあと下るべし
雲に雨ローソク岩の影もなく利尻の頂十分て去る
またおいで利尻の山が吾に言うそう思いつつ山くだる
山頂は雨風強くて堪えられず10分とどまりて来た路戻るしかなし
七合目至れば雲の外にでる島を巡れる光る海がひろがる
残念な思い出となりし利尻岳テントを撤収港へかう。
(地元の人に港まで車に乗せてもらう)
島の人、冬は冬で楽しいよ笑顔でもって送られている
うに丼が三千円とある食堂の看板眺めて船をまちます
冬の日々想像するも及ばない暮らしを笑う島のひとたち
もう一度おいでおいでと招く島うに丼食べにきてみなね
いつの日かふたたび来たし青涯の山に向いて手をふっている
さよならと言いつつ見上げる利尻嶽尖れる頂き雲に隠れて
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