短歌の詠う百名山30 谷川岳
谷川岳
みなかみの谷川岳の雪のひだ皆入る下の山のわか葉に 与謝野 寛
あしたよりしぐるる谿の空昏み谷川ヶ嶽ぱ曇りて見えず 藤川忠洽
谷あひのややに明るみ雨はやみぬ蚋（ぶよ）群がれり庭の楓（かえで）に 同
汽車おりて山の塞気の冷えしるし目に立ちせまる雪の谷川岳 須藤泰一郎
初秋の池のたかきにあざやけく耳を立てたり耳二つ岳 同
来島靖生の「歌人の山」の谷川岳の中で、松村英一の歌が引かれていて、その歌が７８歳の作�屬任△蝓■牽浦个量攸章�まで詠い続けたとある。私は急いで松村英一の全歌集を注文した。それを手にしないと谷川の項は書けない。来島の本から股引きして許されるものではない。以前から考えていたけど、松村英一はやはり山の歌を歌っていたのだ。
今、私はネットで「うたのわ」という短歌のネットにはまっていて、そこで山の歌を探していますが、山の歌を詠む作者は七人ほどで、歌会を作っていたが、今は終了してしまった。
「谷川岳」で検索したら
一本のザイルが星に伸びて行く谷川岳の屏風岩なり たんぽぽすずめ
という歌が一首あるだけだった。
松村英一の全集後の歌集「樹氷と氷壁」は昭和四十二年から四十八年までの晩年の作品を編んだものだ。その中の「谷川嶽」と題された十首は、若き日を顧みての歌かもしれない。
谷川嶽
しばしここの石に休まむ真向うに谷川嶽は霧のなかの影
立ち向かう若き命のあぐるこゑ霧きれぎれに岩壁を巻く
削ぎたてる岩壁まへをさへぎりて傾斜するどし奥谷の雪
霧おもく沈みて壁の面くらし石を踏みゆくみづからの音
落石の遠くにひびく霧の中八月をわりの雪こほる見ゆ
オキの耳かのあたりらし谷の空底明りして霧また動く
重なりあふ岩くらき一ノ倉に入りつつ人の小さく動く
マチガ澤垂直の岩に身をくくり夜明け待ちしとぞ亡き友田中
武能澤雪消のあとの紅き花なんきんこざくら一つ二つ咲く
木の葉みな雫をとめて傾く道大倉山のあらはれて来ぬ
この一連の歌は作者が登っていなければ詠めない作品であると言える。対象として見ていると言うでもない。いずれにしてもいい歌に思えるのだが。
松村英一は窪田空穂の主催した「国民文学」の編集者になった歌人。一九八一年九十一歳で亡くなった。「樹氷と氷壁」は一九七四年に出され、「樹氷と氷壁以後」が一九八一年にされている。
この歌集の最後に「妻死す」三十二首があり、今の私には強い感動を与える。いずれ取り上げたいと思う。今から四十年前に亡くなった。九十一歳．一八九〇年生まれ。明治二十二年生まれだ。
彼がこの歌のように谷川岳に入ったのはいつごろなのだろうか。とても気になる。彼の全集下巻の年譜には、彼が山に馴染んだ形跡は一切ないのだ。唯一昭和16年に木曽駒ケ岳登山と書かれている。昭和二十五年千丈沢より槍ヶ岳に登るとある。六十一歳の時で、恐らく北鎌尾根であろう。六十歳代に山に登っている。
深田の谷川岳の所で木になったのは、清水峠についてで、明治十八年（一八八五年）に平均三間幅の道路を開通させたが雪害で二年で廃道になったと言う。その旧道が素晴らしかったと言うのだ。これは歩かないといけないだろう。蓬峠には五十年前に結婚前に妻と歩いたが、清水峠へは歩いていない。ぜひ行ってみようと思う。
この山について言うならば、妻と登った時、度合いから登り、土樽に降りたのだが、その下りに閉口したこと、ＦＡＣのクラブ時代に冬の中合尾根を登ったが、途中のテント泊で持参した
等の肉を外に出しておいたら風で飛ばされてなくなったこと以外覚えていないとか、その後ジムの女性たちとユメさんと西黒を登ったら、出発してから山頂に着くまで女性たちはお喋りして登ってしまったとか、最後はユメさんとナカゴー尾根を改めて登って、その稜線のなんときついことかを知ったとか、臆病者だった私は東面の壁に踏み入ることはなかった。私の時代、年中谷川で死者が出た。記憶にあるのは滑落して宙づりになったクライマーの遺体を回収できずに自衛隊の狙撃兵によってザイルを切るという事件があった。私が二十代のころだ。今でも谷川岳を遠く見つめる場所に、千人を越える犠牲者の名前が彫られている慰霊碑がある。近年谷川岳での事故が報じられることはないが、五十年前は岩登りが一世を風靡していたときでもあり、木曽ってルートを開拓していたものだ。ＦＡＣは南面の幕岩を開拓していたクラブであった。それでいて岩は苦手であったので岩登りをしたのは数回しかなく、優しいルートだけだ。だから松村英一の一連の歌がどのように詠まれたのかが気になるのだ。クラーマーとして詠ったとしたら、短歌の世界では唯一の存在ではないかと思える。
先に挙げた「うたのわ」ネットのたんぽぽすすめさんが実際にクライミングに際して詠まれたならば素晴らしいと思うのですが。
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