日本百名山の短歌 72 富士山��
なにはともあれ、富士山です。日本の国のシンボルですから、当然歌人にとっても、歌の対象になります。
（後日修正をいたします。）
72 富士山
正岡子規
富士を踏みて帰りて人の物語聞きつつ細き足さするわれは
服部躬治
見かへれば雲より外のものもなしいづこより来しわが身なるらむ
手をのべて取らばやとしもおもふ哉ななめになりぬ北斗七星 伊藤左千夫
すむ空ゆやがて這ひ来し白雲は人を花野にこめてつつめりひさかたの三日月の湖ゆふ暮れて富士の裾原雲しづまれり
海上胤乎
しら雪は雲より降りて白雲は雪より出づるふじの神山
阪 正臣
不ジのねの雲のひかりにすそ野ゆくくるまのうちもさゆる秋かな
落合直文
此の宿は寝ながら富士の見えにけり死なばここにて死なむとぞ思ふ
仰ぎ見て云はんすべ無し富士の嶺は大きく我や壓へたるかな
輿謝野寛
北がはの富士黒くなり三すぢほど残れる雲の光る夕暮
島木赤彦
西吹くや富士の高根にゐる雲の片寄りにつつ一日たゆたふ
夏七月皇太子殿下富士山に登らせ給ふ
青雲の八重雲の上にかしこきやわが日の御子の御馬は向ふ
あり立たす山の頂は見えねども仰ぎてぞ思ふ青雲がぺを
古泉千樫
天の原富士の高根の頂に在り立たすらむ皇子し思ほゆ
焦砂にそぼそぽとしてさ霧ふり裾野の夜らはいまだ明けずも
ともし火を消してあゆめば明け近み白く大きく霧うごく見ゆ
富士の嶺を離りしさ霧片よりに大戸をなしてそぱだてりけり
明日のぼる富士の高嶺を仰ぎつつ裾野の湖に舟こぎあそぶ
馬の上にわが見はるかす裾野原靄は晴れつつ朝日ながらふ
七合目の室のあかりを見すごしてなほのぼり行く暮れたる富士を
あかときの星かがやきてくろぐろと富士のいただき目の上に見ゆ
平福百穂
のぼりつめて汗ふきにけり峰の上冷たき風は吹きとほりつつ
ここにしておもひは清しいただぎの笹原なびけ風わたるなり 三浦守治
かしこきや富士の高嶺は久方の天と地との中つ國かも
高山の尾上にをれば向つをのむら雲飛び来風もあらなくに
若山牧水
柴山の崎うちめぐり出でて来れば海の廣きに富士の山見ゆ
まがなしき春の霞に富士が嶺の峰なる雪ぱいよよかがやく
岩谷莫哀
天霧らう空に浮みて小春日の富士にほやかにあらぱれにけり
相模のやふりさけ見れば天霧ふ真昼の空に富士浮みたり
冲つ浪凪ぎ渡りたる海のぱてになづさふ雲の富士を・隠せり
木下利元
太郎坊に霧を颪（おろ）すも昼すぎしこの大き山へ敢へてし上る
地をこめてただよひ動く霧の脚麓の傾斜の熔岩濡らす
目の前にて大霧俄かにとぎれたるにま近くなりゐつ富士の頂き面むけて上りつづけゐし富士山よりふりかへり見る裾野のひろがり
東京横浜空明りするをのぞみゐれば身慄ひつくもお山の夜冷え
七合目の夜明けの塞さ寝の足らぬ眼をしばたたき草鞋をはくも
昼の疲れいでしものから寝つかれぬ岩室の床の夜ふけて冷ゆ急になれる山に面むかひ足もとに力をいれて岩ふみのぼる
夕日洩る裾野木原に下りきたりくたびれあゆむ平たきみちを
川端千恵
霧にぬれ咲く浜梨の花白く熔岩の上に散りこぼれたり
霧こむる富士の裾野の静寂けさに昼ながら啼くふくろふの聲
佐々木信綱
天地に物音もあらず月一つ空にかかれり富士の嶺の上
天近き室の岩床夜をさむみ人の世恋し人の身われは
→１首目は遠望して、２首目は登山中？
北原白秋
大方にうれしきものを不じの山わが家のそらに見えにけるかも
不ジの山れいろうとしてひさかたの天の一方におはしけるかも
わがこころ麗らかなれば不じの山けふ朗らかに見ゆるものかも
月はやがて不二の高根にかくろひ行きいやさびしけむこの裾野原
川田順
湖の上の空塞きて立つ大き不二むらさき深し昏れ入らむとす
中空におぼろかなるは岩室の燈か仰ぎつつ吾が眼をあやしめり
不二の根をかくざふ雲の夕まけて勁く疾しも片傾斜見ゆ
岩の上に生ふる樹群はくろぐろと枝かはし乱れ傾きて生ふる
土屋文明
ふりさけて富士が嶺みれば前山の野火の煙は健日の下なる
石樽千亦
苧の草鞋めづらしみつつ暁のしめりふかき路をわれは歩めり
提灯は先だちて早し手心にいまだなじまぬ草鞋をなほす
たたなはる焼石原にはじかへて夕立の雨のたぎちふるかも
→登山詠でしょうね。
松村英一
往還に出づれば見ゆる富士の山歩みさかるに高まり来る
浅野梨邑
真夏の空はれてすがしき明けの色富士は窓より仰がれにけり
四賀光子
長洸のみ坂を越えて日のかげの傾く悲し湖なみのいろ
旅一日不二をこひ来て夕づくや山かげにして宿りもとむる
若山登志子
むらさきに裾ひきのべてかしこきろ富士の高嶺は雪かづきたり
熊谷武雄
岩室に生煮えの飯や食しながら高嶺の匂かぎてありけり
→戦前の富士登山でしょうね。
原美紗緒
海つべのともしきみ民常仰ぐ富士心山けさはあらたまり見ゆ
石井直三郎
富士を見てよろこぶ父のうしろでの今日はことさらさびしくてならず
→いやこの歌、切ないな。「うしろでの」・・後ろ姿を見る息子の気分、「ことさら」、まさにそう思う。
窪田空穂 「空穂歌集」
真白くも雪せる富士の眺めやる空に見え来て、わが船はゆく
斎藤茂吉「たかはら」（機上より詠める歌）
雪ふりて日にかがやける富士がねはうごくがごとく傾きて見ゆ
すでに雪ふりて驚くべし富士の山腹に隆起をみよ
富士がねをひだりななめに見下ろして白雲の渦の中に入りつも
＊「飛行機」昭和4年11月28日に朝日新聞の飛行機に立川飛行場より便乗した。
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