安倍内閣の終戦70年談話の実況中継を見ていたが、正直いって何を言いたいのか分からなかった。途中で集中力が切れた。反省と謝罪は、歴代政権の談話を引き継ぐと言っているのだから単純に「先の大戦を引き起こしたことは誤りでした。誠に申し訳ありませんでした」と言えばいいものを、何を反省したのか、誰が謝罪したのか私の能力では、理解できないのだ。
安倍総理には、冒頭部分に出てくる「日露戦争は植民地支配にあった、多くのアジアやアフリカの人を勇気づけました」という一節を見ると、日本は、「理不尽な列強の一角ロシアを打ち破り、抑圧された国々の人々に勇気を与えた国だ。感謝されこそすれ非難される覚えはない」という意識が根本にあるようだ。
その後アジアへ攻め入ったのは、その当時はどこの国でもやっていたことだ、日本は何も悪いことはやっていない、と言いたいのであろう。しかし、これが通じるのは満州事変以前までだ。1928年(昭和3年)パリ不戦条約が成立し、いかなる戦争もやっちゃダメ、ということになった。だから安倍総理の諮問機関「21世紀構想委員会」も2名を除いて、先の大戦は「侵略」だった、と認めている。満州事変の発端も、関東軍の謀略からはじまった、というのは紛れもない事実である。日中戦争や太平洋戦争の起因もはっきりしていて、侵略戦争だというのもはっきりしている。しかし、認めたくない。だから主語がハッキリしない文言になるのであろう。
日露戦争は日本が勝利したということになっているが、賠償金は取れず、戦時国債などによる多額の戦費調達で経済的疲弊も生んだ。日露戦争は日本海海戦の大勝利など華々しい戦果が脚光を浴びるが、203高地などをめぐる戦闘で、数多の兵士が犠牲になった肉弾相打つ消耗戦だったのだ。爆弾三勇士や特攻作戦などの萌芽もこの時期だと思う。賠償金を取れなくても、講和の条件に不満でも、戦争をやめざるを得なかった、といってもいいだろう。しかし、当時大国と言われたロシアを破ったことで、日本が自らの力を過信する勘違いは、ここから始まったのではないか。それが日中戦争、太平洋戦争へと繋がって行き破滅へと繋がって行く。
美辞麗句を並び立てるのではなく、真摯に反省するところは反省し、謝罪すべきところは謝罪する。再出発は、そこから始まるのではないか。歴代内閣の談話を引き継ぐといいながら、微妙に責任の所在を避けるような曖昧さでは、さらに混乱を招くだけだ。日本は世界に冠たる国だ何でも出来る、と勘違いしたまま突き進むことにもなる。安倍総理の思いとは別に、次世代の国民はいつまでも重荷を背負っていくことにもなる。
安倍内閣の戦後7 0年談話は、明らかに歴代談話を後退させたといわざるを得ない。安保法案の参議院での強行採決や衆議院での再議、2/3条項適用など許されるものではありません。廃案とすべきです。
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