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暗闇の中、車は右へ左へとせわしなく曲がり続ける林道を走り続け、終点となる祓川登山口駐車場へと到着した。
僅かに残った空きスペースに車を止め、フロントガラス越しに空を見上げると、沢山の車が並ぶ静かな駐車場の空には、満点の星が輝いている。
あと少しで日付が変わるが、どうやら明日の天気も期待できそうだ…。
トイレを済ませた後は、車中で一眠りする事とした。
早朝、軽く朝食を済ませ、5時10分朝焼けに染まる鳥海山を目指し、駐車場を後にした。
程なくして現れた祓川ヒュッテの脇を、すれ違う人達と挨拶を交わしながら通り抜け、雪面にポールが並ぶ一般ルートを離れ、トレースが無い右手へと進路をとった。
雪で覆われた斜面をトラバースしながら鳥海山山域を反時計回りに回り込むように進んで行くと、目の前には早速密度の濃い藪が立ちはだかった。
深い谷間へと続く灌木と笹が密集する藪は先が見通せず、ここから突破するにはリスクが高いと判断し、やや標高を上げた見通しの良い場所から藪へと入り、掻き分けながら深い谷間へと下り立つ。
足元の雪は柔らかく、踏ん張りが利かない為、目の前を横切る尾根へと登る前に、ここでアイゼンを装着した。
その後も次から次へと立ちはだかる藪を掻き分けつつ尾根と谷が交互に横切る地形をトラバースしつつ進むと、7時9分、広い草地に岩が露出した小さなピークへとたどり着いた。
そこには、80センチ程の高さのミネザクラが一本だけ立っており、真っ白い残雪で覆われた荒々しい鳥海山の北壁を背景に、数輪のピンク色の花を風に揺らしている。
思いがけずに現れた風情あるその景色を前に、藪漕ぎで疲れた心も癒やされる。
しかし、この高台から鳥海山北壁の始まりまでは、まだまだ濃い藪が迷路のように続いているのが見える。
少しの間、この無名峰に立つ一本のミネザクラと共に、鳥海山の美しい景色を楽しんだ後は、この一期一会の出会いに別れを告げ、また藪を掻き分けつつ進んで行く。
更にその後も幾度となく藪に行く手を阻まれ、進んでは戻り、時には雪面を踏み抜き胸まで落下したりと、困難な場面が続いたが、いよいよ北壁の基部が視線の先に現れた。
この場所の左手には見上げる程の高さの崖がそそり立ち、その下には数十センチ程の生々しい落石が無数に転がっている。
崖からの落石を警戒しつつ足早に通り抜け、8時12分、高度約1400メールの北壁の基部へと到着し、先ずはこの場所で休憩する事とした。
ここから始まる斜面の上にある新山(鳥海山)と七高山との間の鞍部までは、高度差約750メートル。
更に鞍部から新山(鳥海山)山頂までは、高度差約80メートル。
既に藪漕ぎで大分体力を消耗したが、ここを登り切らなければ、新山(鳥海山)への登頂は果たせない。
スポーツドリンクで喉を潤しつつ、斜面と地形図を見比べながら、今一度ルートを確認し、トレッキングポールをザックに取り付け、代わりにピッケルを手にしてスリングをハーネスへと繋いだ。
そして、8時27分、気を引き締め鳥海山北壁登攀への第一歩を踏み出した。
斜面は、ザラメ雪で覆われ、アイゼンの爪の利きが悪く、強く蹴り込まなければズルズルと滑り落ちる為、一歩進むごとに数回蹴り込みつつ登っていく。
暫くして、最初の急勾配を登り終え、少し安堵していると、斜面の右手から降りてくるスキーヤーと出会い、少しばかり言葉を交わし、また登り続ける。
10時7分、高度約1880メートル。
最初の露岩帯の上部へと到着、岩に腰掛け、眼下に広がる景色を眺めると、先程のスキーヤーが小さく見えたので、手を振ってみるが、残念ながら反応は無いようだ。
左手の青く霞んだ景色の先から始まる残雪に覆われた外輪山は、徐々に標高を上げながら稲倉岳へと繋がり、更に背後の新山から七高山へと連なり、馬蹄形を成しながら右手の霞の中へと消えている。
初めて見る美しい景色に感動しつつ、スポーツドリンクで喉を潤す。
既に高く昇った太陽から降り注ぐ日差しは強く、少し暑さを感じるが、代わりに日本海からは、体が煽られる程の強い風が吹き付けている。
短い休憩を終え、また斜面へと取り付くが、ここから先は斜度が増し、頭上へと続く雪面には、深い亀裂が幾つも横切っており、雪崩の危険も伴う。
斜度が増しザラメ雪で覆われた雪面は、いよいよアイゼンの蹴り込みだけでは容易に滑り落ちる為、歩行法をダイアゴナルへと切り替え、雪崩を警戒しつつ頭上へと続く露岩帯の左端を縫うようにして登っていく。
時折足下がズルっ!と滑り落ちヒヤリとさせられるが、雪面に突き刺した愛用のピッケルに助けられ、事なきを得る。
そして暫く登攀を続けると、驚いたことに斜面を横切る熊の足跡がある事に気付き、ゾッとした。
熊は何を求めてこんな場所に来るのだろうか…。
傾斜は登る程に増し、時折フロントポイントでの登攀も強いられるが、ザラメ雪で覆われた斜面は、相変わらずアイゼンの前爪の利きが悪く、緊張を伴う登攀が続く。
11時、高度約2000メートル。
北壁に取り付いてから二度目の休憩をとる事とした。
露岩に腰掛けると、相変わらず荒っぽい風が体を揺らす。
そして眼下には、ゾッとする様な急斜面が広がっており、すかさずピッケルを雪面に深く突き刺し、ハーネスからセルフビレイをとった。
岩場の隙間に置いたザックからおにぎりを取り出し、口に頬張りつつ頭上を見上げれば、新山(鳥海山)山頂にある岩場がもう手が届きそうな距離に迫っている。
あと少しか…心の中で呟く。
おにぎりを食べ終えた後は、また斜面へと取り付く。
もうそろそろ足の筋肉が言う事を聞かず、両足共につりそうだ。
12時、高度約2150メートル。
左手には七高山の絶壁、右手には新山(鳥海山)山頂が見える鞍部へと到着。
七高山山頂には、登山者の姿が見え、話し声が聞こえる。
ピッケルからトレッキングポールへと持ち替え、右手の新山(鳥海山)山頂へと進路を変え更に登ると、少しして沢山の人達が行き来する山頂下の岩場へと到着した。
そして、ザックをその場に下ろし、僅かな岩場をよじ登ると、12時23分、高度2236メートル、新山(鳥海山)へと遂に到着した。
残念ながら、この登頂を祝ってくれる者はいないが、青空の下、新山(鳥海山)の頂から見える美しい景色を360°ぐるりと見回し、一人静かに悦に浸る。
自分は、あの桜が咲くピークの美しい情景の中に見えた鳥海山北壁を登り切り、とうとう新山(鳥海山)の頂に到着したのだ。
果たしてあの桜の木には、山頂に立つ私の姿は見えただろうか…。
2024,08
職場が変わり、少し山から遠のいた生活を送る昨今、先日は森吉山へと足を運んだ。
夏の日差しが照りつける中、鈍った体には、なかなか堪える山行となった。
参道脇の緑に映える色とりどりの花々、目の前を飛び交う沢山のトンボ、サラサラと流れる沢の音。
そして、青い空を背景に、目の前を足早に通り過ぎる真っ白な雲を眺めながら、山頂で頬張るおにぎりの味。
束の間、日々のしがらみを忘れ、山頂の岩に腰掛けながら山の雰囲気を堪能した。
さて、残雪期に目指した鳥海山山頂と、山行中に出会った無名峰の一本桜。
岳人(2024,9)に掲載させていただきました。
編集部のS氏に感謝の意を込めてここに記します。
そして、いつも日記を読んで下さる方々に対して、この場を借りて感謝申し上げます。
最近は諸事情により、なかなか山に足を運ぶことが出来ないでおりますが、いずれまた気の赴くまま、日記を綴りたいと思っています。
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