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久しぶりに走る未舗装路を、車に揺られながら大広手登山口を目指す。
両脇を緑に覆われたでこぼこ道は心地良く体を揺さぶり、少し下げた車のウインドウからは、涼し気な風と共に森の香りが舞い込み、日々の忙しい生活の中で忘れかけていた感覚を蘇らせ、心の中を満たしてゆく。
時折後ろから追いつく車に道を譲りつつ、ゆっくりと悪路を進むと、暫くして大広手登山口前の駐車場へと到着した。
駐車場は、既に沢山の車が停まっており、路上にも溢れている状態だが、運良く1台分の空きがあり、そこへ車を停め、早速今日の山行の準備に取り掛かった。
登山靴の紐をややキツく結び、8kg程の小さなザックを背負い、いよいよ出発だ。
6時、大広手沢と記された札が木の幹に取り付けられた山道入口から、緑に覆われた山道へと歩みを進めた。
少しして、山菜採りに来ていた地元の老夫婦に追い付き、熊の出没に関して伺ってみるが、この辺では一度も出くわした事が無く、聞いたこともないとの事だったので、少し安心して先へと進んだ。
足元はややぬかるむが、緩やかな傾斜が続く山道を軽快に進んで行くと、笹薮の中からサイレンの音や、ラジオの音、爆竹など、様々な音が鳴り響いている。
どうやら、先程の登山口に駐車されていた沢山の車の持ち主達は、タケノコ採りに来た方々のようだ。
今日は、久しぶりの心地良い登山を期待して来たのだが、絶え間なく鳴り響く熊除けの大きな音に愕然としつつ山道を登って行く。
7時、高度約900メートルを超える頃には、漸く辺りにも静けさが戻り、森の中には木の幹を叩くキツツキの音が響いている。
そして頭上には、大きなブナの木の枝が張り出し、緑の葉の隙間からはキラキラと陽の光が差し込んでおり、期待していた情景が目の前に現れホッとし、静かになった山道を一人ゆっくりと登ってゆく。
やや傾斜を増した足下は、ゴツゴツとした石が多く露出してくるが、息を切らす程では無く、難なく歩みを進める。
ふと足元を見ると、タケノコが一本生えており、ポキっと心地良く伝わる手の感触と共に収穫した。
その後も山道脇には食べ頃のタケノコが時折生えており、山の恵みを一掴み収穫して山頂を目指した。
高度約1110メートル。
視界が一気に開け、池塘が点在する高層湿原へと到着した。
青空の下、風も無く薄っすらとした霧に包まれた静かな湿原には、沢山の花が咲き乱れ、幻想的な雰囲気に包まれている。
乾いた木道にコツコツと登山靴の音を響かせながら進むと、目の前には山頂があるドーム型の地形が現れ、笹薮の中に続く山道を登ってゆく。
振り向けば、池塘が点在する感動的な美しい湿原の全景がよく見える。
山道に覆いかぶさる笹を掻き分けながら、山頂へと続く斜面を登り切ると、近年新しく建築された赤い御社が現れ、7時49分、誰もいない田代岳山頂へと到着した。
霧に包まれたウグイスの鳴き声が響き渡る静かな山頂からは、時折青空と緑に覆われた山々の美しい景色が見える。
五穀豊穣の神が祀られる御社に手を合わせ、一掴み収穫したタケノコのお礼をしてから鳥居の脇に積まれたケルンの下に腰掛け、持参したおにぎりを頬張る。
やはり山で食べるおにぎりの味は、いつもながら格別だ。
登り始めの熊除けの騒音には驚かされたが、花咲く湿原やウグイスの鳴く山頂からの景色に気を良くし、少しして下山を開始した。
暫く下山を続けると、高度約900メートルあたりからは、またサイレンやバクチク、ラジオなどの大きな音が絶え間なく鳴り響いており、往路で咲いていた山道脇の花は蹴散らされ、無惨な姿を晒している。
仕方がないとは言え、少々不快な思いをしつつ足早に山道を下るが、ふと手に持つタケノコに視線を落とし、考えを巡らす…。
これでは、山に生きる動物達が人間に食物を奪われ、生活の場を追われてしまうのではないだろうか。
山を追われた動物達は食べ物の豊富な里へと現れ、人間との様々な事故や悲劇を生む。
その事故や悲劇の原因の一つを人間自らが作り出しているとすれば、お互いに不幸な事であり、日々騒音に怯え、山の幸を満足に口にできないでいる動物達の事を気の毒に想い、また、少し申し訳なく思いつつ今日の山行を終えた。
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