車のヘッドライトに照らし出される象潟矢島線の路面には雪が積もり、進むほどに深さを増していった。
いよいよタイヤも空転し始めた為、横岡第二発電所に近いこの場所を今日の出発地点とし、道路脇に車を停めた。
辺りはまだ暗く、車中にて朝食用に持参したパンを噛りつつ夜明けを待つことにした。
簡単な朝食を終えると、辺りも明るくなり、早速山行の準備に取り掛かると、二人組のパーティが通り掛かった為、「山頂(鳥海山)までですか?」と尋ねると、行けるか分からないが、山頂を目指すとの事。
「お気をつけて…」と見送り、6時20分、身支度も整い、スノーシューを装着して先程のパーティが残したトレースを追った。
暫くして、トレースは右側の脇道へと曲がって行った為、踏み跡が無く、雪でぬかるむ象潟矢島線を一人東へと進んだ。
右手の木々の隙間からは、雪化粧をした新山と七高山が並び、双耳峰の様な美しい姿が見え隠れしている。
今日の目的地である丸森山頂からの景色も期待できそうだ。
7時、中島台レクリエーションの森駐車場へと到着。
路上に設置された鉄製のゲートの脇を通り抜け、更に進む。
これから丸森へ向かう為には、先ず道路沿いを流れる沢を渡らなくてはならない為、地形図を確認し、渡渉可能な場所を割り出す。
どうやら、あと600メートル程進んだ先に渡渉が出来そうな場所がありそうだ。
取り敢えずその場所を目指し、路上を進み、更に右手の雑木林の中に歩みを進めると、少しして沢が姿を現すが、水深が深く渡れそうもない為、更に上流へと向かうと、渡渉に適した浅瀬が見つかり、飛び石伝いに対岸へと渡った。
そして、地形図を確認しつつぬかるむ雪の中を南の方角へと歩みを進める。
どうやらこの森には、地形図には現れない沢の流れが無数にあるらしく、次から次へと現れる小さな沢の渡渉を繰り返すが、その度に濡れたスノーシューには、団子状に雪が付着し、ズッシリと重く体力を消耗する。
雑木林の中には、数メートルの高さの露岩が多く存在し、その岩から幹を伸ばした力強い木々の姿が印象的であり、その岩の間を縫うように進んで行く。
まだ山行は始まったばかりだが、ここでザックのヒップベルトにぶら下げていたグローブの片方を紛失している事に気が付いた。
厳冬期にグローブを紛失することは、致命的なミスだが、幸い予備を持参している為、復路で回収する事とし、今一度気を引き締め、インナーグローブのまま先へと進んだ。
沢を幾つ渡っただろうか…暫くして、目の前には急登が現れるが、ズルズルと滑る柔らかい雪に苦戦しつつ、息を切らしながら登って行く。
ふと足元を見ると、何やら黒い虫が歩いている事に気が付いた。
よく見ると、セッケイカワゲラだ。
一心不乱に斜面を登っていく姿を眺めていると、何もこんな真冬に山を登らなくとも…などと考えるが、傍からみれば自分も同じ事をしている事に気づき、苦笑する。
そして、小さな登山者に別れを告げ、高度を上げるべく歩みを進めるが、雪は深さを増し、スノーシューを履いた足は既に30cm程埋まっている。
体力的にも厳しく、数十メートル進んでは立ち止まる事を繰り返す。
10時20分、高度約850メートル。
一気に視界が開け、視線の先には、鳥海山、右手には稲倉岳の美しい姿が見える。
突然現れた美しい景色に、失いかけていた気力が蘇り、丸森山頂へと続く尾根を目指し、歩みを進める。
いつの間にか景色はブナの森へと変わり、中には数百年の時を経たと思われる見応えのある大きなブナも見られ、左手から差し込む陽の光が、神々しくブナの森を照らし出している。
人が殆ど訪れないと思われるこの森には、熊も多く生息しているのだろう…幹には沢山の熊の爪痕が残されいる。
11時20分、標高約1000メートル。
丸森山頂へと続く最後の尾根へと取り付いた。
尾根の両側は、深い谷へと切れ込んでおり、植生が少ない左手の谷には雪庇が張り出しており、いよいよ足元の雪は、膝丈程の深さとなり、容易に進むことを許してはくれない。
雪庇の踏み抜きに警戒しつつ登っていくと、右手の谷間には、石禿川に掛かる無名滝が現れ、静かな山域にザーッ!という音を奏でている。
あと少し…。
山頂はもう視界の先に見えており、一歩、また一歩と近付いて行く。
そして11時55分、標高1113.8メートル、風もなく穏やかな丸森山頂へと到着した。
想像以上のロケーションに、思わず歓声を上げる。
360°遮るものが無い山頂からは、目の前に新山と七高山が並んだ北壁が迫り、その両側には絵巻物屏風の様に馬蹄形を成しながら、荒々しい岩肌を見せる外輪山の岩壁が背後へと連なっている。
そして、外輪山の一部を形成する稲倉岳の断崖絶壁の岩肌には、巨大な氷柱が数本垂れ下がっているのが見える。
正に大自然が作り上げたこの天然の展望台からは、美しい鳥海山山域を一望できるのだ。
振り向けば、真っ白な尾根には一筋のトレース、その先には真っ青な日本海と男鹿半島が霞んで見える。。
初めて見る光景に、感動も一入だ。
心行くまで景色を眺めた後は、この展望台で昼食にする事とした。
薄っすらとした巻層雲が覆う空の下、柔らかな日差しが注ぐ丸森山頂の雪上に腰掛け、パンを頬張り熱い水筒のお茶で喉を潤す。
口に広がる味覚と共に、目の前に広がる絶景を、一人静かに味わう。
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