暗闇に包まれた白神岳登山口駐車場には、パラパラと雨が降り続いている。
身支度を済ませると同時に雨は上がり、ヘッドライトの明かりを頼りに、5時3分、駐車場を後にした。
アスファルトが敷かれた路面にトレッキングポールのカツカツという音を響かせながら歩みを進めると、少しして記帳所へと到着し、見慣れた三角屋根の建物の中に入り、記帳を済ませ、5時20分、2024年度最初の山行を開始した。
ヘッドライトに照らし出される山道には、薄っすらとした雪が積もっているが、未だ茶色の地面が露出している部分も多く、厳冬期の白神山地の景色とは思えない様な状況が続いて行く。
間もなくして、正面に現れた大きなブナの木を左手に眺めながら通り過ぎ、暫く軽快に歩みを進めると、やがて足下は雪となり、進むほどに増していく足元の積雪は、高度300メートルを超える頃になると足首程の深さとなり、辺りには森の中を吹き抜けるビューッ!という風の音と共に、雪がヘッドライトの光にキラキラと輝きながら視界の中を流れていく。
5時40分、蟶山へと直接登り詰める冬道と山道との分岐点へと到着。
例年であれば、迷わず冬道へと進むところだが、今季はやはり積雪が浅く、藪漕ぎや踏み抜きが予想される為、山道を辿る事とした。
少し緩んだ靴紐を今一度締め直し、未だ暗闇が続く山道へと歩みを進める。
山道の雪を踏み締めながら暫く進み、ふと森の中を吹き抜ける風の音に頭上を見上げれば、雲の隙間からは明るく輝く月が顔を覗かせている。
立ち止まってヘッドライトの明かりを消せば、辺りには月明かりに照らし出された厳冬期の白神の森の姿と、その雪面に長く伸ばした木々の影が織りなす神秘的な光景が広がっている。
少しの間、目の前に広がる神秘的な光景に見入っていると、やがて月はまた雲の中へと消え、森は元の暗闇の中へと姿を隠した。
そして、またヘッドライトの明かりを灯し歩みを進めると、暫くして東の空が白み始め、やがて今年最初の夜が明けた。
明るくなった森の中は、更に積雪が増し、いよいよ足元の雪の深さも膝下程度となった6時45分、最後の水場へと到着した。
ここでスノーシューを装着し、更に先へと進むが、積雪を増した山道は、間もなくして雪の中へと消えた為、判別出来なくなった山道を離れ、地形図を頼りに大峰分岐へと続く尾根上へと森の中の急登を詰める事とした。
等高線が混んだ地形図と、目の前の斜面とを見比べながらルートを探り、目星を付けた僅かな尾根にスノーシューを蹴り込みながら登って行く。
標高差約200メートル。
滑り落ちつつも漸く尾根へと到着したが、尾根上での環境は穏やかだった今までの状況から一変し、左手からは雪を伴った強い風が吹付け、一気に体が冷やされていく。
堪らずにバラクラバを被り、更にハードシェルのフードを深く被り、風に煽られつつ尾根上を登って行く。
そして、アップダウンを繰り返しつつ標高約970メートルへと到着。
ここからは、これから辿る白神岳山頂へと続く稜線が見えるのだが、雪を伴った強い風が吹いているらしく、稜線は灰色に霞んでいる。
この先には、稜線へと続く急登があり、更に森林限界となる為、恐らくは休憩場所の確保は出来ない為、ここで休憩する事とした。
気温は、-7℃。
冷え切ったカレーパンを口に頬張り、熱い水筒のお茶で胃袋に流し込んだ。
僅かな休憩を済ませ、この先に控える急登へと向かう。
例年なら灌木の枝に悩まされる事はあまり無いのだが、今年は積雪が浅く、灌木の枝を右へ左へと大きく避け、時には四つん這いになりながらくぐり抜け、登って行く。
そして、いよいよ最後の急登へと取り付くが、雪を伴った風は、登るほどに強さを増してくる。
斜面は、非常に崩れやすい新雪に覆われている為、膝で足掛かりを形成しつつ、スノーシューを蹴り込んで登って行くが、頻繁に踏み抜きが発生し、その度にスノーシューやトレッキングポールが積雪の下の藪に絡まって抜けず、困難を極める。
漸く急登を登り終えると、頭上には今までの薄暗く雪のチラつく状況からは、想像出来ない程の透き通るような水色の空が一気に広がり、その下には、大自然が創り出した真っ白な美しい造形が広がった。
突然現れた目の前の美しい光景に感動しつつ、スマートフォンのカメラに収めるが、ふと振り向けば、日本海海上には、南北に連なる土手の様などす黒い雲が迫っている事に気が付いた。
昨年の元日にも寒冷前線の通過で、酷い目にあった…今年は天気図を見る限り、極端な擾乱は予想出来ないのだが…一抹の不安が頭をよぎる。
気を取り直し、先ずは大峰分岐を目指し歩みを進める。
9時45分大峰分岐へ到着。
遮る物が無い稜線上は、一層風が強く吹き付け、水色の空は早くも灰色の雲で覆われ、右手の日本海から直接吹き付ける氷の粒を伴った風が真横から頬を叩く。
ハードシェルのフードを飛ばされない様に、ドローコードを引き締め、稜線上を風に煽られつつ進んで行く。
行く手には、右から左へと稜線を撫でるように流れ行く雲。
足跡一つ無い稜線上の真っ白な雪面には、自分だけのトレースが続いて行く。
少しして稜線の先には雪に覆われたトイレ棟が小さく見え、その先には、雲の合間に山頂が見え隠れしている。
あと少し…。
先程の急登の踏み抜きで大分体力を消耗し、重く感じる体を今一度奮い立たせ、更に歩みを進める。
そして、トイレ棟と避難小屋の間を通り抜け、10時3分、小高い丘となっている白神岳山頂へと登頂を果たした。
流れ行く雲に覆われた山頂からの視界は、数十メートル程と景色は今一つだが、今年最初の登頂を元日に果たせた喜びは一入だ。
気温は、-8℃。
相変わらず、氷の粒を伴った風は容赦なく吹き付け、気が付けば既にトレースは消えかけており、暖冬と言えども厳冬期の山の厳しさを否応なしに実感する。
記念撮影を終え、山頂にて一人喜びを噛み締めた後は、避難小屋の裏で風を避けつつ休憩する事とした。
ザックを肩から下ろし、ペットボトルのスポーツドリンクを飲もうとしたが、残念ながら既に凍りついており、仕方なくゼリードリンクで喉を潤した。
避難小屋の陰から先程まで居た山頂を覗くと、小高い丘の左端には、白神岳山頂を示す十字架の様な形をした申し訳程度の表示板が、雪に埋もれつつ佇んでいる。
白神山地を代表する山の山頂にしては、遠慮がちな表示板だが、それもまた趣がある風景に一役買っているように思えた。
さて、毎年恒例となっている白神山地元日登山だが、一年が過ぎるのは早いもので、もうあれから一年経ったのか…などとしみじみと思う今日此頃。
昨年は、登山計画を立てる度に災害や悪天に見舞われ、ことごとく中止を余儀なくされた為、すっかり気力も削ぎ落とされてしまったが、今年は五感を満たす充実した山行ができる事を期待している。
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