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二日目、目を覚ますと、5時を少し回ったところだ。
早速まだ薄暗いツェルトの外に出て朝食の準備を始めた。
ガスバーナーに火を入れ、昨日の夕食と同じ変わり映えのしない朝食を終え、湯気が立ち昇る珈琲を飲みながら地形図を眺め、この先のルート確認を行う。
さて、今日はどんな困難が待ち受けているのだろうか…。
ツェルトを畳んで木の枝に吊るしていた装備を身につけ、6時56分、一晩世話になった宿泊地を後にした。
沢幅は昨日より狭まり、斜度も増して行き、一つ一つの大きな石や倒木を乗り越えるのに体力を要する。
息を切らしながら登っていくと、7時20分、高度約850メートル、振り向けば、深い谷間の先には、向白神岳へと通じる幾分紅葉した山の稜線が見える。
心の中に少し懐かい思い出が蘇り、一時足を止める。
向白神岳…いつの日にか又あの稜線を辿る日が来るのだろか…。
かつての思い出を背に、足元をザーッ!と音を響かせながら流れる沢の上流へとまた歩みを進める。
少しして、二俣を右へと進み、高度約1000メートル地点に差し掛かり、3メートル程の高さの垂直の岩を乗り越えると、間もなくして沢幅は一気に狭まり、薮の中へと続くヌルヌルとした急斜面の岩場を、ネマガリタケにしがみつきながら登って行く。
8時6分、高度約1080メートル、6メートル程の滝を直登すると、少しして目の前にはガレ場が現れた。
斜度は45°以上…高さは30メートルはあるだろうか…上に行く程斜度は増し、最後は垂直に近い岩場となっている様だ。
こんな所、登れるのか?
地形図と目の前に広がる地形とを照らし合わせてみるが、今一つ目的のルートかどうか判断に迷う。
現状では、左手から正面にかけて尾根の様な地形なのだが、地形図では深い谷間となっており、どうやら地形図の尺度では表現しきれないようだ。
考えた末、意を決して目の前のガレ場に取り付いた。
10メートル程登ると、一歩進むごとにガラガラと足下の石と共に滑り落ち、生きた心地がしない。
しがみつけそうな灌木も近場には無く、草の根元をホールドとし、その草に運命を預け登って行くが、絶えず崩れ落ちる足下のガレ場に、いよいよ行き詰まった。
しかし、既に下りられる状況には無く、懸垂下降するにも、支点の確保も出来そうもない。
どうするか…。
やや滑り落ちる事を覚悟の上、ガレ場に足場を踏み固め、左手で草に掴まり、右手でハーネスにぶら下げていたチェーンスパイクを沢靴に装着。
石が崩れ落ちた岩肌にスパイクを効かせ、数メートル上に生えている頼りない灌木にしがみつく事に成功した。
見上げれば、あと7〜8メートル程登れば尾根に上がれるが、早くしないと腕の力が保たない。
幸いこの場所のやや右手の上部には岩肌が露出し、灌木も疎らに生えているのが確認できる。
岩の僅かな亀裂にスパイクの爪を引っ掛け、かろうじて手に届く灌木にしがみつきつつ、ようやく岩壁に這い上がると…そこは藪化した極細の尾根となっており、たった今登り切ったガレ場と、この尾根の反対側の眼下に見える深い谷間との境になっている。
ここに来て、ルートファインディングを誤った事に気が付き、愕然とした。
目的のルートは、眼下に見える笹薮に覆われた谷底だと思われるが、いったい何処で間違えたのだろうか…腑に落ちないまま、仕方なく谷間へと続く切り立った斜面を、ネマガリタケにしがみつきながら下り、チョロチョロと流れる笹内川の本流へと下り立った。
一時はどうなることかと肝を冷やしたが、何とか本流に戻れる事ができ、安堵した。
今一度地形図を確認し、現在地を修正した後は、少し暑く感じる秋の日差しを頭上から浴びつつ、腰下程度の藪を掻き分け沢筋を登って行く。
9時14分、高度約1140メートル、沢は涸れ、いよいよ山頂手前の猛烈な薮へと突入する。
2 メートル以上の高さがあるネマガリタケを掻き分けては一歩進み、又掻き分けては一歩進み、滑り落ちては、また這い上がる。
埃っぽい藪の中は、風もなく息苦しく、体力の消耗が激しい。
暫くすると、山頂手前のトイレ棟の避雷針が見え隠れし、それを頼りに藪との格闘を続けつつ進んで行くと、視界は突然開け、猛烈な薮との格闘は終わった。
目の前には、見慣れたトイレ棟があり、その脇には山頂へと繋がる山道が続いている。
山道上にて息を整えた後は、すぐ先にある避難小屋の脇を抜け、9時58分、沢山のトンボが飛び交う白神岳山頂に到着した。
天気は、晴れ。
青い空には白い雲が浮かび、穏やかな山頂からは、360°遥か遠くの景色まで見渡せる。
もう何度も訪れた場所だが、今日の登頂は格別だ!
喜びを噛み締めつつ椅子に腰掛け、その場にいた千葉県から来たという登山者と共に山話に花を咲かせた。
暫くして、一足先に下山の途についた登山者を見送ると、山頂には自分一人となり、改めてこの山行を振り返り喜びを噛み締める。
後は下山するだけだが、2日間の山行でもう体もボロボロだ。
避難小屋前へと場所を変え、椅子に腰掛け、沢登りで濡れたウェアを乾かしつつ少し早い昼食を済ませた後は、ゆっくりと避難小屋を後にした。
月曜日の今日、白神岳は人気もなく静かだ。
沢の水の流れる音や鳥のさえずりを耳に、木漏れ日が輝くブナの森に続く山道を、カチャカチャと沢道具の音を響かせつつ一人下って行く。
明日からは10月、あともう少しでこの白神の森も美しい錦に染まる事だろう….。
2日間の思い出に浸りつつ、暫くの間ブナの森の中を心穏やかに下って行くと、14時44分、この山行の出発地となった白神岳登山口駐車場へと無事に到着。
心地よい疲れと共に、この山行を終えた。
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