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早朝、まだ薄暗い白神岳登山口駐車場には、既に20台程の車が停められており、数人の登山者が山行の準備を進めている。
一番奥の空きスペースに車を停め、簡単な朝食を終えたあとは、早速今日の山行の準備に取り掛かった。
今日の山行は、白神岳登山口駐車場からスタートし、先ずは2.6km離れた先の白神岳登山口駅を目指す。
そこから五能線に乗り、陸奥岩崎駅で下車、白神ライン（県道28号）を12km進み、更に途中枝分かれした林道を2km先の発電所の取水口へと進む。
取水口付近から笹内川の遡行開始し、核心地域の指定ルート�┐魴侏海靴董¬�6.6km先の白神岳山頂に登頂。
その後、蟶山コースにて6.5kmの距離を下山し、スタート地点の白神岳登山口駐車場へと戻るという笹内川の河口より源頭域の白神岳山頂までを辿る一泊二日約29.7kmを踏破する行程だ。
久しぶりの野営を伴う山行に、期待と不安を胸に、5時40分、白神岳登山口駐車場を後にした。
背の高い杉林の中をゆっくりと歩いて行くと、暫くして下り坂の先には、穏やかな日本海とオレンジ色に染まる雲が見える。
国道を横切り、その先の踏切を渡り、人気のない静かな黒崎集落の中を進むと、白神岳登山口駅へと到着した。
少しの待ち時間の後、6時36分発の列車に乗車、美しい日本海を眺めながら陸奥岩崎駅へと到着した。
そして、6時50分、誰も居ない駅を後にし、笹内川の河口付近から始まる白神ライン（県道28号）へと歩みを進めた。
正面から昇る朝日が眩しい中、先ずは予めザックをデポしてあるゲート付近を目指し、曲がりくねった道を進むと、道路脇の稲刈りが終わった田んぼからは稲わらを焼く香ばしい香りが漂い、少し懐かしい気分にさせられる。
暫くして、デポ地にて2日分の装備を詰め込んだ20kg程のザックを背負い、間もなくして、8時4分、ゲート前へと到着。
静かなゲート前では、すぐ脇を笹内川の流れが、サラサラと音を奏でながら流れている。
さて、ここから先は通信手段も無く、何があっても一切の助けは望めない。
頼りになるのは、自分自身だけだ。
気を引き締めてゲートの先へと第一歩を踏み出した。
未だ大雨による被害が生々しく残る白神ラインは、複数の場所で復旧工事が続いているが、今日は休日であり、人気は無い。
少しずつ高度を上げつつ白神ライン（県道28号）に歩みを進めると、道路脇にはやや色づき始めた木々の葉が見られ、朝日を浴びた林道には、黄色い木の葉がハラハラと舞い落ち、秋の深まりを感じさせる。
暫くして、ふと足元に視線を下ろすと、何やら道を横断している黒い虫が目に止まった。
クワガタムシだ。
手に乗せてみるが、どうやらお腹をすかせているようだ。
しかし、山の季節はもう秋間近、辺りを見回しても餌になる様な樹液を出す木も無い。
仕方なく、突然現れた腹ペコの相棒と共に先へ進むが、一向に餌は見つからず、休憩がてら、スポーツドリンクを与えてみることにした。
近くの橋の欄干にクワガタムシを置き、与えてみると、美味しそうに飲んでいる。
余程お腹をすかせていたのだろう…。
突然現れた相棒と共にスポーツドリンクで喉を潤した後は、鳥などに襲われない様に落ち葉を乗せ、名残惜しいが林道の先へと歩みを進めた。
登山では、人や動植物との一期一会の出会いが山行をより味わい深いものにしてくれ、これもまた登山の醍醐味の一つだ。
9時30分、白神ラインから枝分かれした未舗装の林道入口へと到着。
笹内川の流れは、ここから白神岳山頂付近の源頭部へと方向を変える為、白神ライン（県道28号）を離れ、この枝分かれした林道の終点となる発電所の取水口へと向かった。
右手には笹内川が流れ、左手には笹薮が生い茂るブナの森が続いている。
熊との遭遇を警戒しつつ歩みを進め、10時、取水口へと到着。
この先にある筈の道は、大雨災害により崩壊している為、笹内川の左岸から右岸へと渡渉し、巨大な堰堤の上流部へと下り立った。
木の葉が舞い降り秋の気配を感じさせるブナの森の中を流れる沢は、角が丸まった数十センチ程の石で埋め尽くされており、膝下程度の流れが蛇行しつつサラサラと流れている。
沢の水は、思っていたほどの冷たさは無いが、今日のザックの重量が災いして、歩く度に靴底を突き上げる石の感覚をやや不快に感じる。
暫く歩みを進めると、11時14分、ザーッ！と大きな音が辺りに鳴り響き、出合の左先には、この沢の代表的な滝である魚泊ノ滝が姿を現した。
20メートル弱の高さだろうか、直瀑の滝壺からは、激しい水しぶきが空中に舞い上がり、青い空の彼方へと消えて行く。
肩に食い込むザックを濡れた岩場に下ろし、滝を眺めながらスポーツドリンクで喉を潤しつつルートを探る。
滝の両岸は切り立った岩壁となっており、左岸は先程の二俣の間を仕切る細い尾根となっている。
僅かな休憩の後は二俣に戻り、右俣から滝の上流へと細い尾根を乗り越す事とした。
灌木にしがみつきながら、滝の左岸の尾根へと登るが、笹内川に下りるには傾斜がキツイ為、沢への降下ポイントを探しながら尾根上を上流側へと辿る。
しかし、深い谷間を流れる沢が木々に隠され、地形の状況を把握出来ない為、なかなか降下できずにいると、丁度お昼時となった為、取り敢えずここでお昼にする事とした。
岩に腰掛け、木々の隙間から僅かに見える数十メートル下を流れる沢を眺めつつ、おにぎりを頬張る。
昼食を済ませ、取り敢えずいつでも懸垂下降ができる様にロープを肩に回し、谷間を流れる深い沢へと藪を掻き分けつつ灌木の枝を頼りに下って行くが、以外にもあっさりと沢に着地でき、ホッとした。
少し先へと進むと、両岸の斜面は、至る箇所で崩落しており、崩れ落ちた岩が数十メートルの沢幅を埋め、横たわる大量の倒木と共に行く手を阻む。
やがてゴルジュを思わせる両岸が切り立った岩場を抜けると、モドラズノ沢との出合へと到着。
右手の笹内川本流へと進むと、目の前には、総二階の車庫程の巨大な岩が転がっている。
どうやら左岸の斜面の崩落により、転がり落ちてきた様だ。
今にも転がりそうな巨岩の脇のガレ場を恐る恐る通り抜ける。
進む程に沢を埋め尽くす岩の大きさは増し、13時40分、高度約610メートル付近で伏流水となり、沢の流れは一時完全に消滅したが、少ししてまた沢の流れは復活した。
14時25分、高度約770メートル。
出合を右手へと進むと、少しして垂直に近い二本の流れが特徴的な8メートル程の滝が現れた。
右岸側を直登できそうなのだが、…背中の20kgのザックを背負ったままでは、滑落のリスクが高い為、手前のガレ場となっているルンゼを登り、滝の右手から巻く事とした。
脆いガレ場を登ると、上部で斜度のキツイ岩場となっている為、ハーネスとザックをロープで結び、登攀後にザックを吊り上げる事とした。
崩れやすい岩場に慎重によじ登り、ロープを引き上げる。
足場の悪い岩場での吊り上げは、なかなか骨の折れる作業だが、岩場に引っ掛かりつつもなんとか成功しロープを束ねると、時刻は15時を少し回ったところだ。
そろそろ今日の野営地を探さなくては…。
滝の落口へと到着すると、適当な小高い丘を見つけたので、この場所にツェルトを張る事とした。
大きなブナの木の下に細引きで2箇所を吊るし、レジャーシートを中へ敷き込んだだけの我が家が完成し、早速夕食の準備に取り掛かる。
チタン製のカップにインスタントラーメンとアルファ米、水を入れ、ガスバーナーでグツグツと煮込み、熱々を口に運ぶ。
旨い！とは言い難いが、山奥深くに身を置き、滝を流れ落ちる水の音を聞きつつ、美しいブナ林を眺めながら食べる食事は、日々のしがらみから解放され、実に気分が良いものだ。
暫くして、食後の珈琲を飲み終える頃には、この白神山地の深い谷間は、早くも夜の帳に包まれようとしている。
後片付けを済まし、ツェルトに入ってレインウェアを着込み、インナーシュラフに潜り込んで横になった。
深夜目を覚まし、ツェルトの入口を開けて外を窺うが、月明かりもない森の中は、暗幕に包まれたかのような暗闇が広がっており、真っ暗な空間の中には、ただ滝を流れ落ちる水の音だけが響き渡っている。
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