先日の記録的な大雨により、土砂災害に見舞われた丸舞林道に車を走らせる。
林道は、車1台が漸く通れる程度に道が付けられており、時折車両の下から聞こえるゴツンッ!という衝撃や、ギギーッ!というボディに木の枝が擦れる音を不快に感じつつゆっくりとした速度で進んで行く。
大きく体を揺すられつつ進むと、暫くして太平山丸舞登山口駐車場へと到着した。
草地の駐車場には、車1台が停まっており、辺りに人影は無い。
早速沢装備に身を固め、6時17分、先ずは駐車場から下った先に流れる丸舞川を目指した。
川へと到着すると、対岸へと架かっている筈の橋は全壊しており、目の前をサラサラと心地良い音を奏でながら流れる沢の姿とは対象的に、大雨の度に繰り返される大自然の途方も無いスケールの営みを感じ取る事ができる。
仕方なく30cm程の深さの川を渡り、丸舞川の右岸の下流へと続く山道を進む。
少しして、また渡渉箇所が現れた為、沢を渡り、今度は北ノ又沢の右岸の上流へと続く山道を進んだ。
最近は余り訪れる者も無いのだろう…足裏には山道のフカフカとした感触が伝わってくる。
更に橋を2度渡り、暫くして鬼子沢と篭滝沢の出合より篭滝沢の上流へと山道を進んだ。
篭滝沢への降下ポイントを探りつつ歩みを進めるが、やや時間も押している為、今回は不帰沢大滝の頭からの入渓とした。
山道上の分岐点から、不帰沢大滝へと向かうと、木々の隙間から豪快な音を奏でる大滝が姿を現した。
7時49分大滝の頭へと下り立ち、「カエラズの沢」の異名を持つこの篭滝沢の遡行を開始した。
白い岩肌が特徴的な狭い沢の両岸には切り立った岩肌が続いており、逃げ場のない様相を呈した沢に、やや息苦しさを感じつつ、岩を伝い先へと進む。
先ずは、高さ7メートル程の最初の滝を難なく越えると、次に現れたV字に深く切れ込んだ細い滝は、やや頭を悩ませ時間を要した。
何度か直登しようと試みるが、水圧に押され断念。
しかし、へつるにも適当なホールドが見つからず、仕方なく岩の隙間に生える僅かな草の根元をホールドとし、危なげに右岸から巻いた。
更に10メートル程の2本の滝を巻き、続いて2段10メートル程の滝の右岸を胸まで水に浸かりながらへつって釜に到着。
そこから滝の端をよじ登りクリア。
その後も険しい沢の様相にやや手こずりつつ9時13分、高度約430メートル。
左手に聳える岩壁には、無名の大きな滝が見える。
高さ50メートル以上はあるだろうか…何段にも連なる岩壁を流れ落ちる絵になるその姿は、無名にしておくには勿体無い程の美しさだ。
少しの間美しい滝の姿を眺めた後は、巨岩を乗り越えつつ歩みを進める。
次に現れたのは、碧く大きな釜を持ち、その奥に幾重にも連なる段瀑だ。
この滝もなかなか見応えのある美しい滝だ。
左岸から大きく釜を巻いて最下段の落口へと下り立ち、ザーッ!という音を立てながら流れる段瀑の中を登って行く。
最上段は、ほぼ垂直の岩壁となっており、数メートルの高さの岩壁にある僅かな窪みにつま先を乗せつつ四肢を駆使して壁をよじ登る。
そして9時50分、高度約530メートル、三十三滝沢への出合へと到着した。
三十三滝沢へ入ると、直ぐに高さ8メートル程の樋状の滝が現れ、躊躇せず一気に直登する。
更にその先に現れた段差に取り付き、上端に手を伸ばして乗り越えようとしたその時だった…突然岩の上に居座る蛇の顔と、30センチの距離で鉢合わせした。
慌てて岩を降り、下から見上げると、蛇も上からこちらを覗き込んでおり、首をもたげてこちらを窺う蛇のとぼけた姿に、思わず顔がほころぶ。
赤と黒の縞模様が毒々しいヤマカガシだ。
どうやら道を譲ってくれる気は無いようなので、ルートを換えて岩によじ登り、思いがけずに出会った蛇との別れを惜しみつつ、手を振り先へと進んだ。
進む程に険しさは増し、やがて疲労から両足がつり、歩行が困難となったため、この辺で最初の休憩を入れる事とした。
肩に食い込むザックを下ろし、ポカポカと日の当たる岩場に腰掛け、持参したツナパンを口に頬張り、水筒のお茶で喉を潤す。
遡行を始めてからずっと張り詰めていた緊張感が解れ、気持ちが和らぐ。
誰もいない太平山の懐深く、ここは大自然の真っ只中、足元には、陽の光を浴びてキラキラと輝く沢の流れが、涼しげな音を奏でながら眼下の緑に覆われた険しい谷間へと吸い込まれて行く。
時刻は、10時32分、高度は約570メートル。
尾根上に続く高度約1000メートルの山道までは、まだまだだ。
束の間の安らぎに心が満たされ、再び残る気力を振り絞りつつ岩場を流れ落ちる沢の中を登って行く。
そして10時44分、高度約635メートル。
頭上からすだれ状に流れ落ちる高さ20メートル程の滝が現れ、右手に持つ沢バイルのピックを岩に引っ掛けつつ直登する。
進む程に沢の勾配も増し、その後も次から次へと大小様々な滝を、四肢を駆使しつつよじ登る状況が続いて行く。
正に息をつく暇も無く、沢登りと言うより、延々と滝を登っている様な状況だ。
11時48分、高度約868メートル。
左右から流れ込む小滝があり、水量が多いと思われる右側へと進むと、やがて沢はガレ場の中へと消え、暫くして遠くに聞こえる沢の音以外は何も聞こえず、辺りは静けさを増した。
沢幅は狭まり、いよいよ笹薮へと入って行く。
ガサガサと藪を掻き分けながら暫く進むと、12時8分、細く少し荒れた山道へと到着し、無事に遡行を完了した。
後はこの山道を辿り、太平山(奥岳)山頂へと向かうだけだ。
山道を少し進むと「カエラズの沢」と記された案内板が落ちており、沢が流れている。
どうやら遡行中の最後の出合を、今回は右へと進んだが、左に進めば藪漕ぎをせずにこの場所に出られるようだ。
眺望が無い山道には風もなく、ブナの葉の隙間からは木漏れ日が差し込んている。
やや荒れている山道だが、道を見失う程ではない。
暫くして急登となり、時折現れる視界が開けた場所からは、眼下に広がる周囲の山々の美しい姿が見える。
ふと見上げれば、青空の下、山頂に建つ茶色い板張りの参籠所が見える。
あと少し…頭上に見える景色に励まされ、ツリぎみの両足を庇いながら一歩、また一歩と歩みを進める。
そして、12時43分、高度1170.4メートル、奥宮が建つ太平山(奥岳)山頂へと到着した。
先日の記録的な大雨の影響により、主要な山道が使えず、今年は山頂の施設が閉鎖されたままとなっており、ここには人影も無い。
見渡せば、真っ青な空には、白い積雲がプカプカと浮かび、その下には深い緑にに包まれた周囲の山々と、白く輝く秋田市の町並みが見える。
そしてその先には、少しぼやけた水色の海が広がっている。
この場所には幾度か訪れているが、苦労の果に辿り着いた先に見える今日の景色も格別だ。
満足のいくまで景色を眺めた後は、椅子代わりの小さなコンクリートの塊に腰掛け、昼食にすることとした。
遡行で濡れたウェアでは、山頂を吹き抜ける弱い風が少し肌寒く感じるが、空からは太陽の日差しが降り注ぎ、寒さを補ってくれる。
何時もなら、この場所に来れば話相手になってくれる一人や二人の登山者に出会えるものだが…少し淋しく感じながらも静寂に包まれた山頂にて一人おにぎりを口に頬張り、至福のひと時を満喫する。
そして、そろそろ下山の時刻が迫る中、いずれこの場所にも参拝者や登山者の賑わいが戻る事を願い、山頂を後にした。
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