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前回の続き
13時40分、須川温泉を出発。須川ルート(現在は火山ガスのため通行禁止)を進む。このルートは昭和湖までは高低差があまりないものの、息子の行動から確実に疲労が足に来ていたようである(写真1)。出発から1時間強。14時48分に昭和湖へ到着。途中下山者とすれ違っていたが、昭和湖1km程度手前から誰1人とも会わない状況となっていた。もちろん今から登る人間など誰もいない。
昭和湖からは天狗平まで標高差255mの本格的な登りが始まる。ここは親子で夢中になって登っていたが、普通の登山道であるにもかかわらず1時間かけて255mしか登ってないので、確実に体力は限界近くになっていたと思われる。午前中は晴れ渡っていた稜線は、すっかりガスに巻かれていて視界が悪い。暑さが苦手の息子も稜線だと、さすがに寒さを感じるようで、レインウェアーを着用。
そんなか、ヘリが稜線付近を飛び回っている。私は「誰か遭難したのかな?」とのんきに考えていた。(後になって、このヘリは、混雑時の栗駒にあって、16時頃になっても稜線近くにいる登山者をチェックしていたものと思われる)一方、いわかがみ平では、消防団や地元山岳会の方々が、駐車してある車を気にしていたと思われる。なぜなら、栗駒山は、基本的に宿泊者はいないはず(特に宮城側)なので、駐車車両の存在は、「下山遅れ」を示していると思われるからである。
稜線上には、ほかには誰1人おらず、少しずつ暗くなり始めたので、私もようやく時刻を気にし始めた。そんな心理を反映してかあまり標高差のない天狗平から栗駒山頂が異様に長く感じた。16時17分、ようやっと栗駒山頂へ到着(写真2)。午前中、あれだけ混雑していた山頂には、誰もいない。私が進む先の登山道を下山している姿も見えない。16時20分過ぎ、中央コースの下山を開始する。
この中央コースは、距離は2.8km、地面が固く、下の方は岩畳上になっているので、足に衝撃が来る。そのため急ごうにもスピードは出ない。泉ヶ岳での遭難手前の反省を活かして、ヘッドランプも持参していたし、道も明確なので、不安はなかったものの、とにかく下山の道のりが長く感じた。
日の入は17時ころ。道中、だいぶ暗くなってきたが、灌木帯であったことが幸いし、視界が確保されていたものの、17時半を過ぎるとさすがに真っ暗となり、前回の反省を活かして持参したヘッドランプを点灯させて進む。そして、登山道が残りわずかになったところで、行く先で複数の懐中電灯が照らし出されているのが見えた。地元の消防団や有志の方々だった。「無事で良かった!」と励まされた。到着は、18時近くであった。消防団の方からは、「他に誰にも会わなかったか?」と聴かれたので、山頂から私たちのだいぶ前に、3人組が東ルートを下山しているのが見えたが、あとは確認していない、と報告した。それ以外に事情聴取されることもなかった(他に戻って来ないパーティがいるらしかった)。
私たちとしては、遅くなったという自覚はあったものの、当時はあまり危機感を持っていなかったのが正直なところであった。まさに「遭難したけど、その自覚がない」状況であった。
しかし、実際には、周囲で遭難騒ぎとなっていたといっても過言ではないだろう。そして、自分の山行を省みながら、少しずつ事の重大さに気が付いていった。2回連続で子連れで日没登山となったことも、あまりにもお粗末過ぎる失態であった。
この山行の教訓もいろいろあるけど、最も大きいのは、「登山計画」の重要性である。それも単に計画を立てることではなく、その計画を予定段階でじっくりと吟味することである。そして、立てた登山計画に対して撤退やエスケープを含めた柔軟性をもつことも重要である。また、子連れ登山の際の教訓も得た。絶対にはぐれないようにすることはもとより、今回は、小学生の息子が、疲れてはいたものの、最後まで座り込んだりすることなく、写真2のように終始笑顔が見られ、足取りしっかりしていたのが、不幸中の幸いであった。
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